第3話 召喚した英霊が何故か瀕死な件について
*
賀茂宗家次男である賀茂 弓弦は、今日という日を心待ちにしていた。
この国の実質的支配者たる五公の一角、賀茂家。そんな高貴な血筋という環境は、幼き弓弦の自尊心を満たしてくれたが、その環境はすぐに大きなコンプレックスを弓弦の心に産み落とした。
側室の第二子である弓弦と同年に生まれた、正妻の双子。
共に4つの異能を持って産まれたその双子の姉妹は"神の双子"と称され、同年に産まれたそこそこの才能の弓弦は、常に双子と比べられて育った。
自分なりに努力していたつもりだ。実際、学園での成績だって、いつだって圧倒的に上から数えた方が早い程度には良かったのだ。
しかし、決まって実母の紫から言われる言葉は「もっとあの姉妹を見習って頑張りなさい」だった。
弓弦が屈折するには、十分すぎる環境だった。
成長するにつれ、弓弦を取り巻く環境は、彼にとっていい方向に少しずつ変化していった。
実母にとって目の上のたん瘤であった正妻が亡くなり、賀茂家内での実母の権勢が強まっていく。
"神の双子"の妹の方はその才を周囲の期待以上に伸ばし、伸ばしすぎたが故に、結果として賀茂から離れることになり、弓弦の嫉妬の対象から外れることとなった。
逆に姉の方は周囲の期待とは裏腹に大きく伸び悩み、やがて周囲から密かに"落ちこぼれ"と囁かれるようになった。
弓弦はいい気味だと、陰ながら転落していく元"神童"を嘲笑った。
決定的となった出来事は、15の歳の≪英霊召喚≫の儀。
弓弦は無事英霊の召喚に成功し、双子の姉である雛菊は失敗した。
弓弦の英霊は決して優れたものとは言えなかったが、重要なのは、自分は成功し、目障りだった雛菊は失敗したという事実のみ。
今まで賀茂家内で日陰者であった弓弦に、公然と自分が見下しても許される存在が生まれた瞬間であった。
雛菊が"賀茂の汚点"であるという悪評を流し、それが浸透していく様は痛快だった。
この頃には弓弦と雛菊の実力は完全に逆転しており、稽古と称して痛めつけ、雛菊の美しい顔が苦痛に歪むのには心が躍った。
学園でも"賀茂の汚点"という悪評は浸透しており、それを煽ることで雛菊を孤立させてやる事に成功した。
実母の働きかけにより、雛菊を本邸から追い出し、離れに隔離できたのも良かったが、不満があるとすれば、2度も≪英霊召喚≫の儀を失敗し、賀茂宗家の資格を剥奪すべきという周囲の声を、厳格で身内にも厳しいことで知られる父が、何故か認めなかったことだ。
それでも、護国の剣たる賀茂に落第者を認められないという賀茂一族内の強い情勢に押され、ついに3度目の≪英霊召喚≫の儀に失敗すれば、雛菊は賀茂宗家の資格を失うことが正式に決まった。
雛菊が惨めに足掻いているのは知っていたが、それでも一向に成長した様子もなく。
いよいよ、雛菊が追放される瞬間をこの目で見られる。そのはずだったのに。
弓弦の期待は、大きく裏切られる事となる。
雛菊の詠唱の結びの言葉が紡がれた瞬間、マナが爆発するかのように一気に膨張し、濃密な極光の柱が天高く立ち昇った。
あまりの光量とマナの勢いに押され、とてもではないが眼を開けていられない。
「ば、馬鹿な……まさか、こんな……!」
弓弦が驚きと嫉妬に満ちた表情で言った。
≪英霊召喚≫における召喚光の大きさとマナの量は、そのまま喚ばれた英霊の格に比例すると言われている。
弓弦自身の≪英霊召喚≫の儀はおろか、あの忌まわしき麒麟児の時でさえ、ここまでのマナの奔流と召喚光ではなかったというのに。
「こ、これでは……」
自身の立場が、脅かされる可能性がある。戻るというのか。あの日陰の日々に。
「認めぬ……」
弓弦の瞳に、昏い光が宿った。
*
(一体ナニが現れるっていうのよ)
周囲からは濃密な極光の柱の奔流にしか見えなかったが、中心に立つ雛菊には極光の中央にわずかに揺らめく漆黒の光が見えた。
溢れる力と聖なる光を連想させる極光に対して、闇を連想させるその漆黒に、なぜか雛菊は弱々しく、今にも消えてしまいそうな印象を覚えた。
(なんて、寂しそうな光・・)
そして、極光の柱が少しずつ姿を消していき。
そこに残ったのは、一人の偉丈夫であった。
身長は180cmを優に超えているだろう、下手すれば2m近いかもしれない。
身体も非常に筋肉質で均整が取れており、立ち姿にも一見して隙が無く、戦人であることは容易に見て取れた。
日本人らしい黒髪は短く切り揃えられ、意志の強そうな鋭い眼元に反して、その黒い瞳は光を映さず、どこか虚ろであり、身じろぎ一つしない。
そして、何よりも。
(どうしてそんなに傷だらけなの・・?)
現れたその男のあまり見慣れない衣裳はボロボロで、全身の至る所が裂けており、そこから見える凄惨な傷口からは血が流れ、衣服を赤く染めていた。
ーー満身創痍。
それが、≪英霊召喚≫の儀によって現れたこの大男を表現するに一番適した言葉であった。
英霊、つまりは過去に死んだ英雄の霊。英雄の魂を霊界より喚び出し、マナによって創り出した仮初の肉体を依り代に英雄を顕現させるのが、異能≪英霊召喚≫の力だ。
その特性故に、英霊はそもそも肉体が物理的に傷付くということはない。
英霊の肉体はマナによって構成され、傷を受けても肉体を構成するマナが散るだけであり、現実の人のように血が出たりすることがない。
霊体という表現が一番わかりやすいだろうか。
そのため、そもそも召喚した英霊が物理的に瀕死に陥っているこの状況は、過去に例を見ないものであった。
さらに加えて。
(この人、全くマナを感じない)
目の前のこの男からは、一切マナを感じ取れなかった。
召喚時、あれほどの極光とマナの奔流を感じたというのに。
明らかな異常。イレギュラー。
しかし、ここまでに至って、召喚主の雛菊も、当主の
マナは、感じない。強者たる資格を有する者は、例外なく濃密なマナを身に纏うものだ。それは人間でも、英霊でも、そして怪異でも変わらない。
しかし、目の前のこの男。いまどき赤子ですら有するはずのマナを一切感じない。
常識に当て嵌めて言うならば、取るに足らぬ凡俗であるはずなのに。
男から発せられる引力とも言うべき重圧に、場のすべての人間は吞まれ、この男から一切目を離すことができなかった。
まさに今この場は、この得体の知れない男に支配されていると言えた。
誰かの唾を飲み込む音すら響く緊張の中、虚ろだった男の瞳に、ゆっくりと意志の光が灯っていく。
そして緩慢な動きで顔を上げると、周囲をゆっくりと見渡し、やがてその視線が目の前の雛菊のところで止まった。
「なぁ。そこのお嬢さん」
びくり。
下腹に重く響く、低く通りの良い声で問いかけた男に、雛菊は思わず肩を震わせた。
「な、なにかしら」
内心の動揺を悟られぬように澄ました様子で雛菊は応じるが、その声が震えていることに本人は気が付いていない。
「ここは、日本か?」
「え、ええ。そうだけど・・」
「そうか・・・」
雛菊の答えに、男は何やら噛み締めるように俯き、眉間に皺を寄せて目を瞑った。
ぼそりと、至近の雛菊の耳にのみ「戻ってきちまったか・・」と呟くのが聞こえた。
「色々と疑問は多いのだけれど。まずは一つ、聞いてもいいかしら」
「なんだ?」
じろり、と雛菊の至近に顔を向ける男。その鋭い眼光が真っ直ぐ雛菊を射抜く。
(くっ、この男。近くで見ると、顔がいい・・)
男性経験に乏しい雛菊は頬が仄かに赤らむのを自覚したが、今はそれどころではないと「こほん」と咳ばらいをして、問いかけた。
「貴方、全身傷だらけで、いかにも満身創痍って様子だけど。平気なの?」
雛菊の問いかけに、男は直前までの剣呑な様相とは打って変わってきょとんとした表情をしたのち、自身の身体を両手を使って見分し、やがて納得の表情を浮かべた。
「あぁ、そういや。あの戦いからずっと治療すんの、忘れてたわ」
「・・え?」
男の表情が徐々に青褪めていき、口元はヒクヒクと引き攣っているのが見えた。
「あかん、死ぬ」
それだけ言い残すと、男は雛菊の目の前で大きな音を立ててぶっ倒れた。
地面にはゆっくりと血だまりが広がっていく。
「ちょっとぉぉぉぉぉ!?!?」
私の召喚した英霊が何故か瀕死な件について。
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