第2話 ラストチャンス

 ≪英霊召喚≫の儀が行われる本邸の屋外訓練場に向かうため、私は普段生活している別邸の離れの玄関に居た。


 ーーもうすぐ、私の命運が決まる。


 沢山の努力をして、今日この日を迎えるために覚悟をしてきたはずだ。

 それなのに、どうしても脳裏に過去の≪英霊召喚≫の儀の光景が過る。

 

 周囲の私を嘲笑する視線、現れない英霊。

 そして、まるで興味もなさそうに私を一瞥することもなく、その場を立ち去る御父様の後ろ姿。


 緊張からばくんばくんと鼓動が高鳴り、嫌な汗が背中を伝い、濡れた服が肌に張り付くのを感じる。

 手が震えて、上手く靴ひもを結ぶことすら出来ない。

 

(心を乱して結果は付いてこない。落ち着くのよ、雛菊)


 深く深呼吸するが、それでも今日という日のを考えれば、そう簡単に心を落ち着けることは適わなかった。


「お嬢様」

「……ヒルメ」


 私を呼ぶ声に振り返ると、そこにはこちらを微笑みながら見るヒルメの姿が。


「お嬢様。≪英霊召喚≫の儀が上手くいかないのではないかと、不安ですか?」

「……当たり前じゃない。既に2度も失敗していて、もう失敗できないのだから」

「うふふ」


 ヒルメは不安を露にする私の言葉に薄く笑うと、ゆっくりと私に歩み寄り、そしてその豊かな胸に私の頭を掻き抱いた。


「お嬢様がこの日のために誰よりも努力してきたことも。誰に何と蔑まれようと、賀茂の長女として誇り高くあり続けたことも。全てこのヒルメは、お傍で見ておりました」

「違う、私は……」


 私が、今まで"落ちこぼれ"と言われようと、"賀茂の面汚し"と蔑まれようと、それでもここまで折れずに居られたのは、ヒルメが。

 いや、が居てくれたからだ。


「"三度目の正直"という諺だってあります。今日ががきっと、その三度目ですよ」


 それを言うならば、"二度ある事は三度ある"という諺もあるのだけれど。

 だけど、ヒルメは私を励まそうとしてくれているのだから、それを言うのは野暮というものでしょう。


「それに、今日はかつ丼だって食べたじゃないですか」

「それ作ったの私じゃない」


 くすくすと笑って私はヒルメに指摘した。


 この離れにおいて料理は私の担当だ。ヒルメは使用人だというのに、なぜか料理ができない。

 ヒルメがどうしてもと言うので作ったが、ゲン担ぎのかつ丼と言うなら、普通送り出す側が作ってくれそうなものだが。


 それすらもヒルメらしいというか、なんというか。

 

 ヒルメはゆっくりと私を自身の胸から離すと、私の目を真っ直ぐに見据えた。


「大丈夫です。今回は必ず成功します。この私が保証します」


 天真爛漫で太陽みたいなヒルメにしては珍しい、真剣でいて見守るような、どこか神秘的な表情。


「ふふ、今日のヒルメはなんだか神様みたいね」

「もちろん!私はお嬢様を見守る神様ですからね!」


 その大きな胸を張って鼻息荒く冗談を言うヒルメ。

 どうでも良いけれど、その豊かな胸にだけは同じ女として嫉妬の念を覚える。


「緊張は、ほぐれましたか?」


 気付けば、手の震えは止まっていた。


「ええ、お陰様でね」


 ヒルメはいつでもこうして、私の背中を押してくれるのだ。


「さ、行きましょう」


ーーー


 本邸の屋外訓練場では既に賀茂の関係者が中央を空けるように円状に集まっており、私が姿を現すとざわざわと喧騒が広がっていく。


 そのほとんどは賀茂の門弟たちで、これから起こるを今か今かと待ち構えていた。


「来るのが少し遅いのじゃないかしら。あなたとは違って、私たちは忙しいのよ?」


 扇で口元を隠しながら厭らしい視線を隠そうともせず言い放ったのは、御父様の側室である賀茂 紫かも ゆかり。旧姓は賀我かが。賀茂家分家筋の女だ。


 正室のお母様が健在の頃は家格の関係もあり大人しいものであった。

 しかし、お母様がは、大方猫を被っていたのだろう、人が変わったかのように強権を振るい始めた。

 現在では屋敷の実権は実質的にこの女が握っていると言っても過言ではない。

 

 彼女は賀茂本邸の使用人たちを一部を除いて掌握しており、私を離れに追いやったのもこの女の仕業であった。


「まあまあ母上、そう仰らずに。雛菊がこの本邸に足を踏み入れるのもこれが最後の機会になるのですから。思い出に浸る猶予を与えるのも、護国の剣たる我々の慈悲というものでしょう」


 賀茂 紫かも ゆかりの横で鼻につく喋り方をするこの男は、彼女の実子であり、賀茂家次男の賀茂 弓弦かも ゆずるだ。


 この男は私と同年の17歳であり、マナはB級で≪英霊召喚≫も15歳の初回で英霊との契約を済ませている。


 一般基準で言えばこの次男も十分に優秀な部類であるのだが、護国の剣である賀茂宗家としては不足だ。

 現在の賀茂家には優秀な長男に加えてが一人居るため、次男の弓弦の評価はいまいち高いとは言えない。


 だと言うのに目立った努力もせず、その癖プライドだけは人一倍高く、自分より明確に下だと認識している私を貶めることで溜飲を下げるような典型的な小者だ。

 

 私はそんな二人の言葉に軽く会釈だけで答えると、囲いの中央でただ一人無表情で腕を組み佇む御父様の元に歩み寄り、挨拶をした。


「御父様。雛菊、ただいま参上いたしました」


「……うむ」


 日本全国約1万人の異能士、その中でたった10人しか居ない異能士の頂点である"特級異能士"、【嵐燕らんえん】の異名を持つ、まさに護国の剣を体現する存在。


 それが、私の御父様である賀茂家四代目当主賀茂 範茂かも のりしげだ。


「覚悟はできているか?」

「できております」

「・・ならば良い」


 そう言って、御父様は何かを考えるように僅かに眉間に皺を寄せながら、私に場所を譲った。

 

 これで場の中央に残されたのは私一人。ちらりと横に目を向ければ、ヒルメが真剣な表情で両の拳を握り胸の前に構えているのが見えた。


「それでは、始めなさい」


 御父様の声に従い、両の掌を胸に当て、契約の言の葉を紡ぐ。


「常世を救いし御霊よ。霊界に住まいし英霊よ」


 私の身体を、マナが渦を巻くように取り巻き始める。1度目の時も、2度目の時も、こんな反応はなかった。

 否応にも、期待が高まる。


「我が意に応えるならば!此処に顕現せよ!」


 言の葉を紡ぐたび、周囲を取り巻くマナが力を増していき、金色に輝き始めた。

 私の力を大きく超える膨大なマナに冷や汗が滲むが、歯を食いしばり決して制御を手放さない。


(ーーっお願い!来て!!)


「"私だけの英雄メア ヘロイカ"!!」

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