第3話 孤高の勇者

 "マナ調べのオーブ"が一切光を灯さない。それは、俺がマナを持たないことを意味していた。

 地球の常識で考えればマナを持たないなんてのは当たり前であるが、この異世界にはマナが満ちており、呼吸するだけで生物は体内にマナを取り込む。

 何の訓練をしていない子供でも、それどころか生まれたばかりの赤子ですら、呼吸する以上はマナを保有している。


 つまり、保有マナが一切無いなんてことはあり得ない事だった。

 とりわけ、俺は世界の希望となる【勇者】だ。お披露目こそされていないが、勇者召喚の事実はこの時には既に民衆に噂として広まっていた。


 保有マナの大きさとはすなわち強さの象徴と同義。その【勇者】がマナを持っていないなどと迂闊に民衆に広がれば、どれだけの混乱が発生することか。


 施政者としての考えからテレサはこの件についてすぐに緘口令を布いたが、やはり人の口に戸を立てるのには限度があり、少なくともこの日以降、王宮内において、俺の【勇者】としての資質を疑問視する声が生まれたのだった。


ーーー


 さて、地球において規格外であった俺の身体能力であるが、こと異世界においてもそれは規格外であった。


 この異世界の人間は、体内のマナを使って様々な超常を実現する。近接職の人間であればマナを用いて肉体を≪強化≫するし、その辺の木の枝ですらマナを纏って≪強化≫すれば鋼鉄の剣にも勝る武器となる。


 国の精鋭と言える近衛騎士達の≪強化≫の倍率は凄まじいもので、まさにアニメや漫画のような動きをするのだ。


 しかしながら、俺の規格外の力は精鋭たる近衛騎士達ですら相手にならないようであった。

 座学がひと段落したことで始まった戦闘訓練では、全力で≪強化≫した近衛騎士達ですら、そこそこの力で殴れば一撃で昏倒。≪強化≫され大岩をバターのように切り裂いた剣は俺の身体に一切傷をつけるどころか、甲高い音を立てて

 あまりの衝撃的な出来事に、いつもクールで騎士然としていた近衛騎士たちがあんぐりと口を開けて驚愕していたほどだ。


 近衛騎士団長は流石に実力が頭抜けており唯一俺と戦いの形にこそなったが、全力の半分ほどの力で殴ればやはり耐えることはできなかった。


 しかし、たとえ半分の力でも、騎士団長は俺にとっては生まれて初めて戦いの形になる相手で。力こそ大きく勝っていたが、騎士団長の体の使い方や駆け引きなどの戦闘技術は目を見張るものばかりで。

 俺は嬉々として何度も何度も騎士団長と訓練を行い、その卓越した戦闘技術をスポンジのように吸収していった。

 流石にやりすぎたのか、最後にはボロボロの騎士団長に「もう勘弁してくれ」と泣きながら言われて打ち止めとなってしまったが。

 

 マナもないのに規格外の力を持つ俺に周囲の人々は大層不思議がっていたが、やがて「まあ勇者だしな」と納得していった。それで納得してしまう程度には、異世界の人々にとって【勇者】というのは埒外のものであるらしい。


 とはいえ、オーブの件で一時【勇者】としての力を不安視されていた俺であったが、近衛騎士団員たちをばったばったとなぎ倒し、嬉々として近衛騎士団長を手玉に取る様子に王宮のお偉いさんたちは安心したようだった。


 ーー【勇者】としてのお披露目の式典が行われる事となった。王より国で最上級の逸品だという宝剣を賜り、俺は魔王討伐の旅へと華々しく出発した。


 なお、最初の戦闘で本気の力で宝剣を使ってみたところ、敵の魔物は塵になったが、ため、俺は武器を使うことを諦めた。


ーーー


 RPGを語る上で、欠かせないのはやはり旅の仲間だろう。

 仲間を守る盾役の【騎士】に、回復役の【僧侶】、火力役の【魔法使い】、そして勇気と伝説の剣で未来を切り開く【勇者】。

 

 俺の【勇者】としての魔王討伐は、二人旅から始まった。

 一人目の仲間は俺を召喚したこの国の第三王女であり、【聖女】でもあるテレサ・ル・アルカディアであった。テレサは貴重な光属性の持ち主であり、国一番の回復魔法の使い手であった。


「カイト様を召喚した者の責任として、最後まで同行致します!」


 テレサは王宮内での俺の扱いがコロコロ変わる中、周囲に流されず、態度も変えずに俺の世話を焼き続けた女だ。気高く、自分の吐いた言葉を決して曲げない。

 一貫して信念を貫く様にはさすがは【聖女】だと尊敬の念を覚えたものだ。


 テレサは聖職者らしく、潔癖の気があった。俺は地球に居た頃から女に誘われたら断らないタイプだ。

 この頃の俺は成長期でガタイも良くなり、元々女ウケの良い顔つきもしていた。

 その上【勇者】とくれば女にモテるのは当たり前で、俺が宿屋から行きずりの女と出てくるたびに、テレサは顔を真っ赤にしてブチ切れた。


「もっと節度をお持ち下さい!!」


 異世界にも旅にも不慣れな俺だ。

 愛想をつかさずに甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるテレサが居なければ、旅を続けるのは困難だっただろう。まあ、テレサは絶対に手は出させてくれなかったが。


 魔王は自身の配下として魔族を産み出し、人間の国を侵略していた。俺たちはそんな魔族の脅威に晒される地域を回り、魔族をひたすら討伐していた。

 魔族は強力な魔法と生来の驚異的な身体能力を併せ持つ恐ろしい存在であったが、それでも敵は須くひと殴りで塵になった。

 

 俺が傷一つ負わないため、テレサの回復魔法はもっぱら魔族に襲われた人々に向けて使われた。

 自分の出番が無いからか毎度ワンパンで敵を倒すたび、ジトっとした目を向けられるようになったが。


ーーー


 二人目の仲間との出会いは、旅に出てから1年程経ったある日、魔族の大軍に襲われていたエルフの里に救援に向かった時だった。

 黒いローブに身を包んだエルフの女が、見たこともないような強力な魔法により魔族たちを単独で殲滅していたが、軍を率いていた魔族の将軍は恐ろしい力の持ち主で、俺とテレサとエルフの魔法使いの3人で力を合わせてやっと打ち滅ぼすことができた。


 今までろくに苦戦もせず、傷付くこともなかった俺であったが、この将軍との戦いでは油断もあり、生まれて初めて大きな怪我を負うことになった。

 俺が怪我をする姿を見たことが無かったテレサは珍しく取り乱して回復魔法を連発していたが、回復魔法では傷は治っても失った血までは戻らない。


 そのため、俺たちはしばらくエルフの里で静養する事となった。


「お主は"鬼神病"じゃな」

 

 俺達と共闘して魔族の将軍を倒したエルフの魔法使いは、名をマリウスと言った。


 永き時を生き、魔法を極めたことから【賢者】と謡われるエルフのマリウスが言うには、俺はマナを代わりに鬼神の如き肉体を得る"鬼神病"という極めて珍しい体質の持ち主らしい。


 過去に何人か同種の体質を持つ人間が居たそうだが、その中でも俺の症例は傑出しているのだとマリウスは驚いていた。


「これで"マナ調べのオーブ"に反応が無かった理由がわかりましたね」


 テレサが苦笑しながら言った。

 "マナ調べのオーブ"は掌から放出したマナの"圧縮度"を検知する魔道具だ。マナを持っていても一切放出できないのだから、反応するわけがなかった。


「マナによる≪強化≫も無しにその強さとは恐れ入る。が、マナの扱いを覚えれば今とは比較にならぬ強さを得られるはずじゃ」


 マリウスのスパルタ式な修行により、俺はマナの扱い方を覚えた。何事においても物覚えの良い俺は、いつも通り教えられたことをスポンジのように吸収していった。


 スポンジの怪斗と呼んでくれてもいいぞ。


「スポンジとはなんじゃ?」


 残念ながら俺の渾身の冗談は通じなかった。これが異世界ギャップか。


 それはさておき、マナの扱いを覚えたところでマナの放出ができない以上は、夢にまで見た"メ〇ゾーマ"を使えるようにはならず。

 

 しかし、マナを扱えることによる恩恵は大きかった。

 

 まず、マナの習熟を通してマナを知覚できるようになった。

 強い人間は濃密なマナを纏っており、これを活用して索敵であったり、敵の強さをざっくりではあるが事前に測ることができるようになった。


(召喚された時の高官たちの目線の意味もこれでわかったな)


 勇者とは召喚されたその時から最上位のマナ量を持っているはずで、それは纏う濃密なマナから一目見ればわかる。であるのに、いざ現れた男からはマナを一切感じない。

 訝しげな目を向けるのも当然である。


 次に、魔法が使えるようになった。とはいえ、マナの放出が一切できないので、使える魔法は肉体の≪強化≫のみ。

 ≪強化≫の魔法は元の肉体強度に対して、使用するマナの量に比例して肉体を≪強化≫する。

 つまり、元の肉体が強ければ強いほど、使うマナの量が多ければ多いほど、掛け算で≪強化≫されていくわけだ。


 俺はマナの扱いについてもマリウスの教えであっという間に熟達したため、マリウスが「儂が一体何百年掛けたと……」と思わず虚無顔で零す程であった。


放出系の魔法はおろか、武器の≪強化≫すら出来ないのだから許してほしい。


 マナ保有量についても、仮に"マナ調べのオーブ"で測れるとすれば間違いなく最上位評価の"紫"であろうと彼女のお墨付きを得た。


 鬼神の如き肉体と、最上位のマナ保有量による≪強化≫の掛け算。まさに"鬼に金棒"と言えた。

 残念なことに、金棒を持つよりも素手の方が強いが。


 難点は、≪強化≫の倍率があまりにも過ぎたこと。迂闊に高出力で≪強化≫を使えば、本人はともかく周囲が大惨事になる。というより、実際になった。


 そのため、なし崩し的に俺の師匠的ポジションに居座ったマリウスにより、≪強化≫の使用には幾重にもロックを掛け、必要に応じて段階的に解放していく事を義務付けられた。


 マリウスはプライドが高く、長寿特有の頑固さを持ち合わせた面倒な性格であったが、見た目は飛びぬけて美人だし、何より【賢者】たる知識の豊富さと魔法の腕は本物だ。

 その貴重な知識を惜しむことなく与え、丁寧に指導してくれるマリウスを、俺もいつしか師匠であると心から認めていた。


 マリウスの指導により≪強化≫を習熟していく過程で、一つアイディアを思いついた。


 俺は日常生活で余計に人や物を壊さないために力を意識的に制御しているが、これが中々に神経を使う。

 ≪強化≫で肉体を強化できるのならば、それを応用して力を日常生活レベルまで≪制限≫することもできるのではないか。逆転の発想だった。


 思いついてやってみれば、≪制限≫の魔法はそう時間も掛からず完成した。着想のタネは七つの玉を集める某人気漫画の重力修行だ。

 マナを使って全身に常に100倍程度の負荷を掛ける事で、おおよそ一般レベルまで力を制限することが出来た。

 元ネタとは違い重力を増やしているわけではないので、実際に体重が変わるわけではないが、常に肉体とマナ制御の修行にもなり、一石三鳥と言えた。


 これで夜にテレサを壊す心配をしなくて済む。そう言うと、テレサは顔を真っ赤にして俺の頭をスパーンと叩いた。


 この頃には、俺とテレサは男女の仲になっていた。


「諸悪の元凶を裁ちに行くのじゃ」


 結局魔王を倒さない事にはエルフ族の安寧は保障されない。そう言って、マリウスは俺たちの旅に同行を申し出た。

 敵の魔族は魔王領に近付くにつれて力も数も増している。実力者の同行は願ってもないことであった。


 こうして、俺たちのパーティーに【賢者】が加わった。


ーーー


 最後の仲間との出会いは、魔族領と隣り合う対魔王軍の最前線である帝国であった。

 俺が異世界に召喚されてから2年程の時間が経過しており、俺たち勇者パーティーは魔王軍に対して快進撃を続けていた。


 エルフの里で≪強化≫を覚えてから俺の戦闘力は飛躍的に向上し、かつて大怪我を負わされた魔族の将軍クラスでもワンパンで塵にした。

 さらに、魔王軍でも最高幹部と呼ばれる【四天王】のうち既に3体を打倒しており、残る最高幹部は【四天王】でも最強と呼ばれる魔族と、姿を見せた事のない【参謀】を残すばかりであった。


 しかし、この頃の戦いは基本的に敵が軍団規模であり、後衛となる【賢者】のマリウスと【聖女】のテレサの守りに不安を抱えていた。

 魔王軍側も学習し、前衛で鬼神の如く暴れ回る【勇者】よりも、肉体的に脆い後衛の2名を集中的に狙うようになっていたからだ。


 帝国は対魔族の砦であることもあり、強者が多く集まっていた。それ故に、俺達は後衛を守れる優秀な【盾】を探しに来たのだ。


 帝国の皇帝に謁見し、仲間探しの旨を伝えた俺たちに紹介されたのは、白銀の鎧に身を包み身長ほどの白銀の大盾を持つ金髪の偉丈夫であった。


 【聖騎士】ユークリアス・フォン・リベルタ。

 

 帝国において、最も高潔な騎士に送られる【聖騎士】の称号を持つ男であった。


 ユークリアスは帝国のリベルタ伯爵家の次期当主であり、テレサと同じ光属性を持つ防御に長けた騎士だ。


 ユークリアスは悪と不条理を決して許さぬ男だったが、酒好きで俺とは意外なほどウマが合った。愛妻家で、酒に酔うといかに妻がいい女か、馴れ初めから何から飽きるほど聞くこととなった。

 

 この頃は女遊びを一切止めてテレサを恋人としていたため、酔いに任せてテレサが如何に良い女かを代わりにユークリアスに聞かせることで俺たちは仲を深めた。


 ユークリアスは鉄壁の守りを誇り、魔族の大軍を前にしても後衛に一切攻撃を通さなかった。

 彼の加入により俺は後衛の守りに気を配る必要がなくなり、マリウスも安心して魔法に集中ができるし、テレサは守りに割いていた魔法を支援に回すことができる。


 俺達勇者パーティーはユークリアスの加入を持って、完成したのだ。


 僧侶系最高職の【聖女】に、魔法使い系最高職の【賢者】、騎士系最高職の【聖騎士】。【勇者】が剣士ではなくステゴロなのはご愛敬だが、自信をもって最高のパーティーだと言えた。


 その後、俺たちは【四天王】最強の魔族を見事打倒し、帝都に凱旋した。

 これで残す最高幹部は未だ姿を見せない【参謀】のみだが、魔王軍の最高戦力は【四天王】であり、【参謀】とやらは名前通り魔王の横で指揮でもしていたのだろう。

  

 帝都は勝利に沸き、いよいよ魔王との最終決戦。

 皇帝は【勇者】の支援のため帝国軍全軍の出撃を決定し、士気高揚のため、帝都民すべてに酒を振舞った。


 夜の帝都では人々が笑いながら酒を酌み交わしている。

 少し前の帝都の人々は常に下を向き、魔族の脅威に怯え、明日の我が身を憂いていた。


 この光景を作ったのは、俺達だ。

 同じテーブルでは、俺の友人がいつものように愛妻の惚気話を声高々にしており、それを俺の師匠が迷惑そうに聞いている。

 そんな様子を、俺の最愛の恋人が嬉しそうに微笑みながら眺めている。


 どれも、地球で"怪物"と呼ばれ恐れられた自分が決して得られなかったものだ。

 

 ここに居る誰も、俺のことを"怪物"と呼んで恐れることはない。

 

 街で酒を酌み交わす顔も知らない人々が皆、俺を【勇者】と呼び讃えてくれる。


(嗚呼……俺の居場所は此処だったんだな)


ーーー


 最終決戦出陣の日。

 帝都からほど近く、出陣予定の魔王領とは真逆に位置する森に、魔族の軍勢が確認された。

 出陣後の戦力不在の帝都を襲われる訳にもいかず、俺が単独で先に殲滅してくることになった。

 残りのメンバーを連れて行けば機動力が著しく落ちるため、3人は帝国軍に同行し、俺は殲滅後に合流する運びとなった。


 森に居た魔族の軍は、将軍クラスのような実力のある魔族こそ居なかったが、数が多く、しかも広域に散らばるように潜伏していたため、殲滅するのに少し時間を要してしまった。

 

(違和感がある)


 まるで見つけてくれと言わんばかりの、お粗末な潜伏。

 まるで時間をかけてくれと言わんばかりの、広域に散らばった魔族たち。


 嫌な予感。虫の知らせ。


 それは、血のような赤と暗闇が入り混じったの時と同じで。


 それは、この世界に来る直前の、と同じで。


 ≪強化≫をすぐさま発動し、駆ける。

 まずは帝都を遠目に見るが、平穏な様子。此処じゃない。

 帝国軍との合流予定地まで、駆ける。


 ーーそして。


「ああ、遅かったですね。随分と待ちましたよ」


 帝国軍数万が展開する合流予定地。

 その隣には、魔族軍が同じく数万、展開していた。

 

 俺を見て声を上げた男を見る。

 帝都での皇帝との謁見の際、皇帝のすぐ横に居た白髪の老人ーー確か宰相と名乗っていたーーが、両軍の中央の最前からニタニタと厭らしい視線でこちらを見ていた。


「この光景が疑問ですか?疑問でしょうねぇ。それでは種明かしをしましょう」


 目の前の老人の姿が溶けるように変わっていき、やがてそれは魔族の姿に変わった。


「私は魔王軍【参謀】ヴィデル。帝国と魔王軍は同盟を結びました」


 ヴィデルと名乗った魔族がその後も何やら自慢げに語っていくが、全く頭に入ってこない。

 

 虫の知らせが。嫌な予感が、消えない。

 3人は、帝国軍と共に居たはずだ。どこにいる?


「ああ、そうそう。これを見せないとねぇ」


 そう言って、【参謀】ヴィデルは何か丸い物を3つ。こちらに無造作に投げた。

 べちゃりと、音を立てて、足元に転がってきたのは。


「人間は愚かですねぇ。仲間の父親というだけで、簡単に信用するのですから」

 

 いつも、見ていた、友人の、師匠の、恋人の。


「リベルタ伯爵には感謝しませんと。お陰で、勇者から厄介な仲間を切り離せました」


 【聖女】テレサ。【賢者】マリウス。【聖騎士】ユークリアス。


「ご気分はいかがですか?【勇者】カイト・タカミヤ」


 3人の、生首であった。


 魔族は、両手を広げて高々に語る。


「これまでの戦いで私達は学びました。特級戦力である【勇者】には、いくら強力であろうと、単独戦力では敵いません」


 俺は、いつもそうだ。


「とはいえ軍勢をぶつけたところで【賢者】に殲滅される。持久戦に持ち込もうにも【聖女】に回復されては意味がない。そしてその二人を【聖騎士】が守る。いやぁ、完璧な布陣ですね。付け入る隙がない」


 いつも、取りこぼす。


「戦っては勝てません。ですので、戦う前にお仲間を崩させていただきました」


 いつも、大事な時に、俺は間に合わない。


「勇者パーティーの対軍戦闘の肝は潰しました。これであなたはたった一人。あとはひたすら両軍で貴方を休む間もなく攻めて、疲弊させて、殺します」


 どうして、俺はーー


「加えて、私は≪空間魔法≫の使い手。あなたとは直接戦いません。襲ってくれば転移で逃げます。軍勢が尽きれば、転移で新しい軍勢を連れてきます。何度でも。何度でも。あなたが死ぬまでね」


 目の前が、真っ赤に染まる。

 プツンと、何かが切れる音がした。


「さて、最期に何か言い残すことは?」


「死ね」


ーーー


 俺は、【参謀】を殺した。

 帝国の皇帝も、裏切った全ての貴族も、その家族も殺した。

 魔王も殺した。


 そして、気付けばアルカディア王国の謁見の間に居た。

 召喚された時と同じように、アルカディア王が、俺を見ていた。

 王の隣にいたテレサは、もう居ない。


「【勇者】カイト・タカミヤよ……この度の魔王討伐の任、大儀であった……」


 怯えた表情で、震える声音を取り繕うように言うアルカディア王。

 周囲の高官たちも俺から距離を取るために壁際ぎりぎりまで下がっている。

 王も、高官たちも、どう考えても魔王を討伐した英雄に向ける目ではなかった。


「ほ、褒美として、貴公を、元の世界へと送還することとする……」


 送還は当たり前のことで、全く褒美とは言えない。しかし、それすらも最早どうでも良かった。


 足元で見覚えのある魔法陣が輝き始める。召喚された時にはわからなかったが、凄まじい量のマナが迸るのが見えた。


 周囲の俺を見る目は、地球では慣れたものだった。

 勇者だなんだと持て囃されて、勘違いしていたのだ、俺は。


「さらばだ、"孤高の勇者"よ……」


 俺は、"怪物"だ。


ーーこうして、魔王を討伐し、世界を救い、"孤高の勇者"と呼ばれた男は、この世界から姿を消した。


 


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