第2話 期待外れの勇者
ーー突如魔法陣に包まれ、意識を失った俺が次に目を覚ましたのは、見たこともない西洋風の大広間だった。
(あの後、夜道を一人で歩いていたはずだったが・・)
現在置かれた状況はまさに異常の一言に尽きたが、まずは現状把握の必要がある。
自身の足元には巨大な魔法陣ーー模様こそ気を失う前に見た魔法陣と似ていたが、大きさはその比ではないーーがあり、俺はその中心に立っていた。
身に着けていた学生服は返り血に汚れていたはずだが、何故か血も汚れもなく新品同様だ。
周囲では西洋風、というよりむしろ中世ヨーロッパの聖職者のような、豪奢な衣服に身を包んだいかにも身分の高そうな人間が、総じてこちらに何やら訝しげな眼差しを向けていた。
正面にはいかにも某RPGに出てきそうな王冠を頭に乗せた髭面の男が鋭い眼光で見下ろしており、その隣ではいかにもお姫様然とした豪華な装飾の施されたドレスに着飾られた金髪の美女が、憂いを含んだ表情を浮かべていた。
「勇者よ。よくぞ参られた。どうかこの国を、そして世界を救ってほしい」
この国ーーアルカディア王国というらしいーーの王を名乗る王冠を乗せた男の説明を聞く限りでは、この世界では100年毎に強大な力を持つ魔王が現れ、世界征服を掲げて配下の魔族の軍を率いて人間の国を侵攻してくるらしい。迷惑な話だ。
今がちょうどその100年の周期にあたり、現れた魔王が魔族の軍を率いて次々と人間の国を滅ぼしているとか。現存の人類では魔王には敵わないが、人類もただ手をこまねいて待っているだけではない。
100年毎の魔王の出現に呼応するように、唯一神の声を聞き届ける聖女に、神より託宣が届く。
ーー異界より勇者を召喚せよ。その者こそ、人類に光を齎すものなり。
聖女を中心にこの国は勇者召喚の儀を執り行い、現れたのがこの俺という訳であった。
わざわざ異世界から勇者を呼びだすってのは初耳だったが、それでも勇者が魔王を討伐するという展開はまさに王道のRPGそのもの。
詰まる話、この俺が幼少の頃より憧れ願った物語の世界に他ならない。
この世界が一体どんな世界で、魔王がどれほどの強さを持っているかなど、この時の俺が知る由もないが。
規格外の力を持って生まれたのは。
この世界を救うためだったのかもしれないと、ただ漠然とそう思った。
「魔王とやら、この俺が倒してやるよ」
断る理由などなかった。
こうして、勇者カイト・タカミヤが生まれた。
ーーー
晴れて正式に勇者となった俺であったが、すぐに魔王討伐の旅に出るわけではなかった。俺は異世界出身で当然この世界の常識に疎く、まずは王城でその辺りを一通り学ぶことになった。
右も左もわからぬ俺に甲斐甲斐しく世話を焼いてくれたのは、俺を召喚した聖女であり、俺を召喚したアルカディア王国の第三王女でもあるテレサ・ル・アルカディアであった。
心根の清らかなテレサとしては、いかに切迫した状況にあろうと、無関係の人間を身勝手な都合で召喚した事に負い目があったのだろう。
とはいえ、俺としては日本で唯一肉親と自覚していた祖父母を亡くしたばかりで友人もおらず、何より規格外の力から社会の異物であったので、特に思うところはない。
強いて心残りを挙げるとすれば、大恩ある祖父母の亡骸をしっかり弔いたかったということだが、二人の仇にはしっかり報いを与えたので、きっと許してくれるだろう。
むしろ規格外の俺を認めてくれる可能性のある世界に来れたことを、二人は喜んでくれるんじゃなかろうか。
ーーー
この世界に召喚されて数日。慣れぬ世界に気疲れもあろうというテレサの心遣いにより、ゆっくりとこの世界の常識を学んでいた俺は午前中の講義を終え、休憩がてら王城の庭園にてテレサと二人でお昼のティータイムと洒落込んでいた。
テレサと二人、と言ってもそこは王女で聖女様である。周囲には世話役のメイドやら護衛役の騎士やらが遠巻きに囲んでいるわけだが。
さて、テレサ先生の講義によれば、RPGの王道よろしくこの世界は中世ヨーロッパ程度の文明度であり、科学の代わりに剣と魔法が発達した世界であるという。
世界には"マナ"と呼ばれる不思議な物質が満ちており、人々はこのマナを用いて魔法を使ったり、身体や武器を強化して戦うそうだ。
マナは戦うばかりでなく、生活の様々な道具の動力としても使われているとか。ざっくりだが、マナは地球で言うところの電気に近い存在であると連想した。
まあ、電気で魔法なんて出せないが、きっとこの世界の人間から見たら日本の家電なんて魔法みたいなもんだろう。
実際にマナを使って戦う様子も見せてもらったが、騎士はマナで強化した鋼鉄の剣で大岩をバターのように切り裂いたし、魔法使いは杖から大きな炎を射出していた。
大岩を砕くこと自体は俺にとって容易な事ではあるが、それでも魔法には心が躍った。
大気中に満ちるマナは、呼吸を通して生物に宿るそうだ。魔法使いも騎士も体内のマナを使って魔法などの超常を起こすわけだが、常識的に考えて人間の体積には限界がある。人間の体積なんて多少の対格差はあれど、そうは変わらないものだ。
しかし、騎士や魔法使いには扱えるマナの量に大きな個人差が存在した。
これは一体どういうことかと疑問に思い、すっかり俺の世話役に就任していたテレサに尋ねたところ。
「マナは、圧縮することができるのです」
マナを取り込んだ傍から「ギュギュっと」圧縮することで、より多くのマナを取り込むのだそうだ。
マナの扱いに熟達した人間ほど、より高密度にマナを圧縮することが可能であり、より多くのマナを扱うことができる。魔法にしろ騎士の使う強化にしろ、全てマナを使うわけで、扱えるマナの量は強さに直結する。
つまりはマナの"圧縮度"を見ることで、その者の保有マナ量と凡その強さを測ることができるのだ。
「というわけで、カイト様の保有マナ量を測ってみましょう」
テレサは少し弾んだ声で、側仕えのメイドから何やら水晶のような球体を受け取った。その顔には期待の色が浮かんでいた。
テレサによれば、この世界では過去100年前後の周期で魔王が現れる。魔王が出現すると、必ず神の託宣により勇者が召喚されてきたそうだ。
魔王はいつの時代も勇者に滅ぼされてきたが、それでも100年経つと新たな魔王が必ず現れる。そして、勇者が召喚される。これの繰り返し。
正直意味がわからんが、俺にとっては異世界のことだ。そういうものだと言われれば、そういうものかと納得する他ない。
付け加えると、勇者はなぜか俺と同じ日本出身の学生だったそうだが、戦闘経験こそない代わりに召喚された際に女神と出会い、特別な能力を授けられていたとか。
それは例えば、類稀なる魔法の才能であったり。異常なまでの剣の才能であったり。中にはドラゴンでも何でも従えられるテイマーの才能であったりとか。
様々な能力を与えられた歴代の勇者だが、全てに共通していたのは"強大なマナ保有量"であった。
テレサが受け取った水晶は用途そのまま"マナ調べのオーブ"と言って、手を翳すだけで体表から漏れ出るマナの圧縮度に応じて色を変えて光るため、マナ保有量を測定できるという便利な道具だ。
オーブの評価は7段階。下から赤→黄→黄緑→緑→青→藍と続き、最上位は紫。要は虹の光の順番だ。
このマナ調べのオーブの評価。歴代の勇者は例外なく全員が最上位評価の紫であったそうだ。
(しかし、どうにも違和感があるな)
記憶を失っているだけの可能性もあるが、少なくとも俺はこの世界に召喚される際に女神サマとやらに会った記憶はないし、特別な力とやらが与えられた実感も現状ない。
そして、召喚された際の、周囲の聖職者たちの訝しげな視線の意味。
(ま、現状わからんことを考えても意味はないか)
浮かんだ疑問を頭の片隅に追いやり、テレサに差し出されたオーブにゆっくり右の掌を乗せるが。
「え……?」
テレサの困惑する声が響く。周囲に居たメイドや騎士たちもざわめき始めた。
「お、おかしいですね?故障でしょうか?」
焦った様子のテレサが代わりに自身の手をオーブに乗せると、オーブは藍色の光を灯した。藍色は上から2番目の評価と聞いたばかりだ。
テレサはその場に居た騎士達にも試させるが、いずれもオーブは青色の光を灯す。青は上から3番目の評価。ここに居るのは優秀さを認められた近衛騎士達ばかりのはずで、聖女であるテレサと合わせてざっくりとだがマナ量の評価の立ち位置が掴めた。
(近衛で青色ならば、青は国の精鋭クラス。藍色の王女サマは聖女。英雄クラスってわけだ)
上から2番目で英雄クラスなら歴代全員が最上位の紫を叩き出した勇者サマとやらは、一体どれほどのものだったのか。
「どうやら故障ではなさそうです……カイト様。お手数をお掛けしますが、もう一度お試しいただけますでしょうか?」
先程とは打って変わって、顔色を青くしたテレサにおずおずと差し出されたオーブに改めて掌を乗せた。
「ああ……なんてこと」
元々青かったテレサの顔色がいよいよ真っ白に変わり、絶望の表情を浮かべた。
オーブは、何色にも光らなかった。
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