孤高の勇者のプロデュース

湯切りライス

序章

第1話 怪物と呼ばれた男 

 前書き

 本作が処女作となります。拙い部分もあるかと思いますが、少しでもお楽しみいただければ幸いです。

 何卒応援のほどよろしくお願い致します。


+++


 ーー俺は産まれる世界を間違えた。


 この俺、高宮 怪斗たかみや かいとがこの世に生を受け、物心ついてから幾度となく頭に浮かんだ言葉だ。


 会社員の父と専業主婦の母という一般家庭に産まれた初めての子供は、普通ではなかった。産まれた瞬間には既に埒外らちがい膂力りょりょくを持っており、この世に産まれ落ち、結果として実の母親を殺めてしまった。


 もちろん、赤子故にまだ自我なんてかけらも存在しないわけだが、あまりにも凄惨かつ常識外、平成の世でこんな与太話が信じられる筈もなく、産後の不慮の事故という形でこの件は隠蔽された。


 事実を知る父親がこんな異常な子供を放っておくはずもなく、あらゆる病院で検査したが身体は全く異常がなく、健康そのもの。ならば物の怪でも憑いているのかと高名な神社や寺を回りお祓いを頼むもやはり効果なし。


 そんな中でもこの異常な赤子はキャッキャと無邪気に笑いながらおもちゃ代わりに握らせた。果てに赤子に付けられた名前は怪斗。父が釣りが趣味であったことから、当初は男の子であれば海斗と名付ける予定だったが、海の文字を怪物の怪に父親が変えたそうだ。

 妻を殺したまだ生後1か月にも満たない、血を分けた息子に”怪物”と名付けざるを得なかった父の心境はいかばかりであっただろうか。


 怪斗と名付けられて間もなく、俺は父方の祖父母に預けられた。妻を殺し石を簡単に握り潰すような赤子だ、とてもではないが育てる事は出来なかったのだろう。幸いなことに、じいちゃんとばあちゃんは非常に懐の広い人たちで、曲がりなりにも俺が人間として育てたのはこの二人のお陰なのは間違いない。


 物心ついてからは力を制御しようとしたが上手くいかず、よく物を壊してしまっていたが、いつも二人は笑って許してくれた。手を繋いだ時に少し強く握りすぎてばあちゃんの手の骨を折ってしまったこともあったが、ばあちゃんは「仕方ねぇ、仕方ねぇ」とやはり怒ることはなかった。


 小学校に通う頃には力の制御も熟達し、無暗に物を壊したり人を傷つけたりすることは無くなったが、やはりふとした時に力の制御を誤り傷付けるのが怖い。自然と俺は友達を作ることを避け、一人で本を読んで過ごす物静かな少年を演じることになった。


 祖父母の家はそこそこの田舎にあり、噂なんてものはすぐに回る。教室の隅で大人しくしていようが、俺の話も当然のように噂になった。

 1学年上のガキ大将が噂を聞いて俺に喧嘩を売ってきたが、けがをしない程度にほんの軽く小突いただけで泣いて帰ってしまった。以降、俺は"怪物"と呼ばれ生徒からも先生からも嫌厭けんえんされるようになったが、俺にとってはどうでもいいことだった。むしろ無駄な気を遣わずに読書の邪魔をされなくなって快適になったとさえ言えた。


 当時の俺のお気に入りはファンタジーの小説だった。そこでは様々な魔法や特殊な力が飛び交い、力の強さがほまれとなる。まさに夢のような世界だと思った。そんな世界なら、物や人を壊さぬよう常に気を張り、力を制限して過ごす窮屈な思いをせず、自由に生きられるのではないかと心が躍った。


 しかし、そんな淡い期待が崩れ去るのにはそう時間は掛からなかった。あくまでそれは創作物であり、どこまで言ってもフィクションであったからだ。現実を知ったとも言える。どんなに願ったところでフィクションの世界には行けないのだから。


(俺は産まれる世界を間違えた)


 とはいえ、やはり読書は当時の俺の退屈を紛らわせるには十分なものであり、小学生時代の俺は物語の中の英雄や怪物に対して自分ならどう戦うか、どう立ち回るかを妄想しながら過ごしていった。


ーーー


 中学に入学早々、俺の噂を聞きつけたらしい学校の頭だか番長だかを名乗る男が訪ねてきた。


「お前が"怪物"なんて言われて調子に乗ってる1年坊か」


 調子に乗った記憶は無いんだが、と思いつつ見上げるような大男ーー番長を名乗る男は中学生にしては恵まれた体格をしており、当時俺は小さい方だったーーの傍らには、どこかで見覚えのある風貌の少年の姿が。


(さて、どこで見たんだったか……)


 朧げな記憶を辿ったところ、その少年は小学生の頃に自分に喧嘩を売ってきたガキ大将であったことを思いだした。なるほど、自分が敵わぬからもっと強い人間を連れてきたというわけだ。情けないが道理には適っている。


「生意気な1年坊には現実ってやつを見せてやんねぇとな!」


 そう言ってあくびが出るような速度で殴りかかって来た番長とやらに落胆しつつ、軽く小突いてやれば、それだけで番長は吹き飛び気絶してしまった。


 俺の中学生活は番長騒動を皮切りに、些か騒々しいものになった。噂を聞きつけた他校の番長やら喧嘩自慢やらが挑んでくるようになったからだ。そいつらを蹴散らせば蹴散らすほど、"怪物"の名は広まっていく。


「あんまり危ないことはしないようにねぇ」


 ばあちゃんはいつも俺の身を案じてくれた。実際のところ、一体どんな事態に陥れば俺の身に危険が及ぶのかはわからなかった。一度信号無視して突っ込んできたトラックに引かれたことがあったが、服が破れたくらいで俺は全くの無傷だった。むしろ、相手のトラックの運転手が重傷を負っていたくらいだ。

 それでも、心配してくれるのは素直に嬉しかった。


「あまりやりすぎないようにねぇ」


 俺の力はその気になれば簡単に人を殺せる力だ。だからこそ、ばあちゃんは俺に自制を求めた。当然のことだと思った。


「筋の通らねぇことだけはするな」


「女と子供は守れ」


 じいちゃんは俺のやることに口出しすることは無かったが、これだけは何度も何度も俺に言い聞かせた。


 じいちゃんの言いつけを守り、目についた不条理な目に遭う女を助けている内に、いつしか女が侍るようになったが、大体月1くらいで顔ぶれが変わっていたような気がする。性欲は一時こそ無聊ぶりょうを慰めてくれたが、すぐに渇くばかりで退屈凌ぎにしかならなかった。


 中学も後半になるといよいよ学生レベルは品切れとなり、半グレやらヤクザやらが俺を襲ってきた。最初こそ多数で囲む程度であったが、それを蹴散らす内に遂にはガキ相手に刃物や銃で応戦してくるようになった。

 しかし、刃物も銃も俺の肌に弾かれる様を見て、遂に俺は地元で不可侵の存在となったらしい。それ以降襲撃は一切無くなった。


 プロスポーツも格闘技も、選手には申し訳ないが俺にとってはお遊戯にしか見えなかった。何をやっても大体のことはすぐにできたから、酷く退屈だった。


 人間社会は多数派マジョリティの規格に合わせて作られている。多数派である右利きに合わせて社会が設計され、少数派マイノリティである左利きが不便するように。スポーツの世界で不世出の天才が現れれば、多数派マジョリティに合わせてルールが改正されるように。


 不世出の天才どころか人間の枠から大きく逸脱した俺のような存在に、適合する規格はこの世界には存在しない。


(俺は産まれる世界を間違えた)


 いかに退屈であろうが、大恩あるじいちゃんばあちゃんに報いる必要はある。それがこんな化け物の俺を育ててくれた二人へ通すべき筋というもの。


 俺は特に興味もなかったが、一般的に学歴は高ければ高いほど世間から評価されるものだ。

 中学では喧嘩に明け暮れていた俺は少しでも二人への恩返しになればと、地域最難関の高校を目指すことにした。

 物覚えも異様に良い俺は生まれてこの方勉強に苦労した経験がなく、無事第一志望に主席合格することができた。

 じいちゃんとばあちゃんはその結果に、大層喜んでくれた。


「怪斗、誰が何と言おうが、お前さんは俺たちの誇りだ」


ーーー


 1999年3月。俺にとっては4月から新たに高校に入学する年くらいの認識であったが、世にとっては特別な年であった。

 世間一般で言えば記念すべき2000年、つまりはミレニアムを目前に控えた特別な年。その中でもとりわけオカルト好きの人間からすると、1999年とは違う意味で特別な年であった。


 ーーノストラダムスの大予言。

 端的に言えば、1999年7の月に恐怖の大王が世界に滅びを齎すという予言のこと。大多数の人間からすればただの与太話であったが、オカルト好きからすれば垂涎すいぜんものである。

 街頭のテレビでは恐怖の大王の候補について、未曽有の震災や隕石の落下、世界的な感染症など、自称オカルト専門家達が訳知り顔で自説を高らかに語っていた。


 その日、俺は高校の入学準備のために都市部での買い物の必要があり、家を空けていた。最寄りのバス停に着いた時、すっかり夕暮れになった空は血のような赤と夜の暗闇が、キャンパスに無造作に落とした絵の具が入り混じったような複雑な模様を描いていて、どこか不吉に思えたのを覚えている。


 虫の知らせとでもいうか、嫌な予感が背筋を走り、急いで家に戻る。掛けたはずのカギは空いており、リビングは真っ赤な血の海。そして、その中心で、じいちゃんがばあちゃんを庇うように覆いかぶさって倒れていた。


 部屋は荒らされておらず、金目の物も一切奪われていないことから、強盗目的ではなかった。となると恨み目的の犯行が疑われるが、二人は人から恨みを買うような人間ではなかった。


 二人の身体に銃痕がいくつも見受けられることから、死因は銃殺。現代日本で銃を所持できる人間は少ない。こんな片田舎に限れば、ほぼ絞れたと言ってよかった。

 俺への襲撃が途絶えたことで諦めたのかと安易に考えていたが、ヤクザという人種は面子を何よりも重視する。どうやら本人を狙うことは諦めて俺の周囲の人間を狙う事にしたらしい。


 ーープツンと何かが切れる音がして、目の前が真っ赤になった。


 次に気付いた時には、全身血だらけのヤクザの若頭の首を掴んで持ち上げていた。

 噎せ返るような血の匂いを感じて周囲を見回すと、組員達の物と思われるが山のように積んであり、目の前の若頭以外に生きている者がいない。どうもブチ切れて理性を飛ばしている間にヤクザの本拠地を襲撃していたらしい。

 全員殺していたら証言が得られないため、目の前の若頭を残していただけでも御の字。とはいえ虫の息だが。


 若頭を尋問すると、観念したのか素直に犯行を認めた。俺に対する意趣返しだったと。本当にくだらない。


「……怪物が」


 心底理解できないものを見る目で俺を睨みつける若頭の最期の言葉を聞き、俺は掴んでいた首を握り潰した。


 ーーー


 街灯のない夜道を歩く。全身の返り血は夜の帳が覆い隠してくれた。

 俺はこれまで喧嘩の数こそ多くこなしてきたが、それは降りかかる火の粉を払ったに過ぎない。


「筋の通らねぇことだけはするな」


 強い者が理由もなく他者を害するのは筋が通らない。じいちゃんとの約束を守ってきた。


「あまりやりすぎないようにねぇ」


 なるべく相手に酷いけがをさせないように細心の注意を払って、手加減に手加減を重ねて追い払ってきた。ばあちゃんとの約束だからだ。今回のヤクザにだって今まではそうしてきた。


 俺は二人との約束を今日この時まで守ってきた。その結果がこれだ。じいちゃんとばあちゃんの教えに間違いはない。それだけは認めない。


 ならば、悪いのは面子にこだわって俺という化け物に手を出したヤクザか?もちろん悪い。悪いのは間違いない。しかし、いくら面子にこだわるといえ、普通ヤクザが堅気の人間に手を出すだろうか。


 いや、そうか。この俺が。

 その大事なの面子を中坊のガキにとことん潰され、無関係の堅気の祖父母に手を出さざるを得ないまでに追い詰めてしまったのだ。


「怪物か……」


 死ぬ間際の若頭の、理解できないものを見る眼差しを思い出す。その通りだと、心から思った。数えてこそいないが、先ほどのの量から相当数の人間を殺しているはずなのに、なんとも思っていない自分がいる。

 今心に残るのは、祖父母を亡くした喪失感のみだった。


 いかに相手がヤクザで、いかに復讐と言えど現代社会において殺人は殺人。すぐに警察に捕まるだろう。


「嗚呼……」


 ーー俺は産まれる世界を間違えた。


 次の瞬間、俺の足元に金色に光り輝く魔法陣が現れて。

 高宮 怪斗たかみや かいとはこの世界から姿を消した。

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