上(続)

二.時は非情に進む

 片桐と状況整理のために話して以降、雰囲気は悪くなる一方。平穏のカケラも無くなってきた。というより、二人共が情緒不安定になってきた気がして……何だか冷静になってきた。

「勘解、大丈夫か?」

「……私、私が悪いんです。大親友とか言って、最悪なことをして……だから、尚ちゃんは」

「勘解が?」

 俺は勘解の言い放った言葉の意味が分からなくて、頭の中で整理し始めた時。

「勘解由小路侯爵は相変わらずですよね。相手のことはお構いなく、ただ利益になることだけを想定して走っている。あなたはその一端ですよ。何を言って変わらないです」

「それは……そうですね。でも、こんな……!」

「何ですか。こうなるとは思わなかった、とで言うのですか。良いですね。当主からほど遠いから、家だけ残ってくれていれば良いとでも思ってるのですね。良く分かりました」

「おい、片桐!やめろ、お前らしくないぞ。勘解にも何か理由があったんだろ?」

 一方的且つ理性のそれを感じさせないものを言葉の端々に感じたため片桐を咎め、自身の罪に耐えかねるような惨めな様の勘解には的確な言葉か分からないがフォローする。しかし状況の悪化に慌てる俺などお構いなしに片桐は咳払いをすると声を発する。

「……。謝罪はしません。私も直にそうなる。お代は置いておきます。では、お先に」

 片桐は代金を机上に置くと、こちらに振り返りもせずに去った。片桐の背を見送るのと同時に思った。「直に、か。直に当主になるから同じようになる、かな。嫡男だし。楽しかった子供時間は終わり、ってか?」と、自問自答をしていたら勘解が震えた声で話しかけてきた。

「……不破。不破も、ごめん。私、なんで……」

「謝んなよ。侯爵……勘解の親父がどうしようが、速水は元からこうなることを予想していたようだった。家のことは俺らには変えられない。だが、仲良くやって来れただろ?」

「それでも、状況は変わらない。尚ちゃんは戻って来ない。それに、片桐を怒らせてしまった。……今日は帰ります。また明日、尚ちゃんは居なくてもまた会いましょう。絶対に。」

 ——あれから不破は、音信不通で今や伯爵を継承。軍人となった速水に関する情報収集。そして、不仲を極め始めた勘解由小路と片桐の間を取り繕う日々を送っておりました。そんな中でも帰路の恒例であった東京駅前での集合は、不破の手腕で、速水は不在ですが継続しておりました。そんな在る日の帰路での夕刻も東京駅前で集まっておりました。

 間を取り繕う日々で、少し疲れを滲ませながらも二人の間で笑っていた。こんなことを続けていれば、確実に狂う。この集まりを取るか、自分を取るか。それを決める地点に来ているのだろう。そんなことを考えていたら辺りが騒がしくなった。周りの声は「玉響の従軍」、「軍隊と華族が居る」であった。

「軍隊と華族……。私は行きますよ」

 その声たちを聞くや否や片桐が言い残して走り出した。病弱で覚束ない足取りの後を、

「あ、待ってください!私も行きます!」

 勘解も慣れない走りのせいで覚束ない。俺は溜め息を吐く暇も無く、

「お前ら勝手に突っ走って行くな!特に片桐!アンタに倒れられでもしたら困る!」

 叫びながら自転車を漕ぐ。身体を動かすことに慣れていないが先を行く二人を追い駆けた。

 ——東京駅から北西に行きますと、帝国の重要施設が多く点在する場所に出ます。その周辺には野次馬が溢れておりました。彼彼女らは遠巻きにされている人たちを見つけました。その人物たちこそ、三家の華族たちでありました。

 勘解由小路侯爵と片桐伯爵の元に二人は帰る。それを目視確認した俺は親父の元に行く。

「親父」

「あぁ、やはり来たか」

「何がどうなってんだ?何も状況が掴めねぇんだけど?」

「爆破事件を起こしていた国賊を帝国陸軍特務部隊の玉響が割った。その影響で、国衛専門の国衛部隊は君主周りの防衛をしている。そのため、この捕縛の主戦力は玉響。こういった背景だ。現在、前方で捕縛しているのは部隊長の部隊と部隊指揮官長の部隊。その他各位だ。お前の友人、速水伯爵はこの場には居ない」

「そうか……なるほど。説明、助かる」

 速水伯爵の説明もしてくれるとは……友人だからという理由が最もだろうが、そうではない気がする。どう考えてもこの状況は出来過ぎている。俺の家である不破、片桐伯爵と速水伯爵、そして勘解由小路侯爵は目に見えない繋がりで結ばれているのは政界をも把握済み。だからこそ、ここに全家系揃っているのがおかしい。第一の目的は継承した速水伯爵、尚が信用と信頼に値するのか計るため。そして……「暗躍の主」という異名を持つ、勘解由小路侯爵。侯爵が何かを仕掛けている。その仕掛けていることが、分からない。俺はこの状況に手を出せないから、速水の無事を祈ることしか出来ない。歯痒さを覚えながら、ただ祈る。

 少しも経たずして状況が一変した。何処から溢れてきたのか分からないが、国賊が華族連中の前に迫った。「お前たちさえ居なければ苦しまずに済む」という気迫で迫ってくる国賊は、怖かった。その一言では尽きないが、怖いものを感じた。俺たち華族連中と国賊の間に、

「チェック……!」

 白銀と赤金の色味を帯びた剣が、声の主と共に国賊の持つ武器を払った。俺たち華族連中の後方から飛び出して来たその人物こそ速水だった。速水の後ろ、華族連中の合間を縫って軍人たちが出て来る。計ったかのようなタイミングでの登場に驚きつつ、速水の様子を伺う。

「部隊参謀長の部隊は華族の皆様を基点に、国賊連中の捕縛を遂行。皆さん、信じています」

 速水の言葉に軍人たちは頷き、己が仕事に移る。統率の取れた動きにも驚いたが、速水のテキパキとした無駄の無い言動に「隣に居ない」ということを諭されたような気がした。速水は二本の剣を鞘に収めると、勘解由小路侯爵を向いた。

「参上に応じました、勘解由小路侯爵。篤と見ていてくださいね、魅せて差し上げます」

「えぇ……よろしくお願いいたしますね、速水伯爵。期待しております」

 会釈で返した速水は華族連中を背にすると、背負う剣の柄を手中に収めた。軍服姿で、振る舞いで、全てが嫌なくらい差別化されて……俺自身の疎外感が酷い。独りで苦しんでいたら、速水の元にもう一人の見知った人物が駆けつけて来た。その人物は速水と同じく軍服で、銃剣を背負っている。

「尚……じゃねぇ。伯爵。駆けつけるのが遅くなりました。申し訳ありません」

「谷崎さん、ありがとうございます。そちらは?」

「大丈夫です。皆々様とても優秀ですから。さすが、エリート部隊という異名を取る部隊だな、と改めて実感しました。それで、私は伯爵の元へ駆けつけられた訳です」

「……部隊に引けを取らぬよう、今日の盟約を果たさねば……。頼みにしています」

「勿論です、全て任せてください」

 速水と谷崎さんがわざとらしく大きい声で意思疎通をした。それで思い当たった節があった。速水伯爵家は没落して日が浅く、国民からの信頼が落ちている。その速水伯爵家の権威を示し戻すために、この見せしめのような舞台が用意されたのだ、と。これは暗躍の主こと、勘解由小路侯爵が用意した。……これが、この戦闘の根幹だ。

 間も無くして、速水伯爵と側近が華族連中を狙う国賊を圧倒していた。側近は慣れているような無駄の無いしなやかな動きで、伯爵は慣れてはいないように硬い動きではあったが側近の後援に徹している。それは無二の連携だと思うほど、こちらも圧倒されていた。後々に、国賊の捕縛が終わった。伯爵も側近も、二人して涼しく顔をしていて、先程までの動きを否定しているようだった。勘解由小路侯爵が歓喜するような声で、

「速水伯爵、あなたに称賛を。またお会いしましょう」

「……はい、ありがとうございます」

 ——更に時が流れて、先の戦闘が忘れ去られて来た頃。今日も彼彼女らは東京駅前に。

 この集まりは不破と尚ちゃんが転学してから始まった。だけれど、今は尚ちゃんが居ない。その環境にいつの間にか慣れてしまって、改めて人は怖いと感じている。不破のおかげで仲が壊れないで済んでいる。だけれど、本当は尚ちゃんに会いたい。

「……ん?」

 不破が突然、明後日の方向を向いた。それに釣られて私も、そして片桐も向いた。そこには、こちらに向かって来る、軍帽を深く被る帝国軍人さんが居た。その人がふと視線を上げると、尚ちゃんの顔が見えた。

「尚ちゃん……!」

「速水!」

「……速水さん」

 皆して同じ声を上げた。込もっている感情に違いはありながらも。尚ちゃんは苦しそうだけど嬉しそうな、そんな複雑そうな顔。私たちの元に来ると軍帽を握り潰すように脱ぐ。

「その……久しぶり」

「尚ちゃん。あの、ごめんなさい。私のせいで、こんな……」

「何言ってんの。何のことかは分からないけど大丈夫。それに元々こうなることは分かってたよ。……うん。勘解、勘解は自由だ。自分を信じて、自分に貪欲に生きなよ。私も、私の自由に生きて、今ここに居る。後悔も何も無いよ」

「……」

 私は尚ちゃんの優しい言葉に包まれて、気が付いた時には涙が溢れていた。尚ちゃんの優しさに泣いているのか、自身の愚かさに泣いているのか定かではないが。尚ちゃんは優しい笑みを浮かべて、私の頭を撫でた。

「どうして泣くの?……しょうがない子だな、本当に。ほら大丈夫。大丈夫だよ」

 涙が引いて落ち着いて来た時、

「数日後、ガーデンで」

 そう言って、尚ちゃんは不敵な笑みを浮かべた。そして全て作られた流れのように、横付けになった車の助手席に乗り込んで去った。

 数日後、ガーデンで。……勘解由小路家が主催する、招待制の懇親会。通称ガーデン。毎年、私たちは四人で話して遊んで、ただ楽しんでいた。そんな状況は訪れないのだろう、という悲しさ。そして、また会えるという歓喜の矛盾する気持ちを持ち合わせていた。

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