上(続)

三.ガーデン

 ——数日後、宵の口。勘解由小路侯爵家の中庭。家具や装飾、そして料理や給仕など設備等が丁寧に整えられて、勘解由小路侯爵家が主催する招待制の懇親会、通称ガーデンが開催されておりました。武官の人間は軍服でありますが、その他の人間はフォーマルな服装をしております。

 毎年とは違うのが、速水さんが伯爵位を継いだため四人では無く、三人で和になっていることだった。それ以外の違いは、私なんかでは感じ取れなかった。

「あの、大きな声では話せないのですが、聞いてくれますか?昨日の尚ちゃんの件で。……尚ちゃんはどうして私を恨んだりしないのでしょう。家が仕組んでその場に追いやったのに。私もそれに関わっているのに、あのような優しい言葉を……」

「……あぁ、あれな。ただ単に出来ないんだろうよ。あんなだから勘違いされやすいが、アイツは人を敵に回すことや戦うことは好まない」

「……だからこそ、あの時に来てくれたのではないかと思います。私たちのことが心配だったから、私たちを心配させたくなかったから」

「確かに、そうですね。私は、私の知っている尚ちゃんを信じます」

 その後、不破君がご姉妹に連れられ、勘解さんもご兄弟姉妹に連れられて、私は独り。隅で上部の社交辞令が続く華族の権力者たちの様子を観察。そして、コミュニケーション能力の高さから色々な人と話す末の弟を見守っていた。そしてもう一人。華族の権力者に囲まれて、慣れない社交辞令を続ける速水伯爵こと速水さんを訳あって見ていた。社交が一段落した速水さんは、側近と共に和を抜けて隅に。

「……」

 私は……気が付いた時には、側近に威嚇するような視線を送っていた。そのような態度を取っていた自分にも驚いた。そして、いつの日か不破君に「速水と似てる」、「俺らとは違って速水と片桐は長い付き合いだろ?だからこそ妹みたいな認識になっちゃってるんじゃないのか」と言われた理由が分かった気がした。そんなことを考えている内に、側近が速水さんに目配せして……「あの、晶さん。私に何か?」

話したいなとは思っていたけれど、いざ目の前にすると言葉が出て来なくなる。取り敢えず、華族の方々からの視線があっても話しづらい。だから、「少し速水さんをお借りしても?」と言う自分でも理解出来ない言葉を発して、勘解由小路侯爵家の広い中庭で人が居ない場所を並んで歩き出した。

 隣には軍服姿の速水さん。未だに見慣れないし、そんな服は着なくても良いようにしてあげたい。そう思うのが本音のところ。だけど、今はそうではない。

「社交辞令の挨拶として、速水伯爵の継承おめでとうございます。私の方が先だと、ずっと信じていたのに越されてしまいました。……本音は、怒っているんですよ。」

「……えぇっと、ありがとうございます?それと、何か晶さんにしちゃいました?」

 速水さんは顔を強張らせた。その顔のせいで思うように言えない気がしてきた。だが言え。

「私は頼りない人間です。病弱体質も災いして、思うようになれない。ですが、頼るなと言った覚えはありません。どうして何も言ってくれないのですか。侯爵の勘解由小路より、子爵の不破より、両家は色々な繋がりで近しい筈。……私は、速水さんにこんな風になる前に言って貰えなかったことが悔しいのです。独り善がりばかりですが、本当に苦しい思いをさせて何も出来なかった自分に怒っています。ごめんなさい、苦しい思いをさせて。近いうちに、貴女を助けると約束します」

「……あの、私に怒っているのではなくて、自分に怒っているんですね。それで懺悔した、みたいな認識で良いですか?」

「……あ、はい。言葉が足りていなかったですか?」

「足りてなかったです。……ふ、ふふ。大丈夫ですよ、晶さん。私自身が苦しんで視野が狭くなっていただけです。私の両親が、私たち速水家がそちらに匿ってもらっている。その事実だけでも、私には充分過ぎます。晶さん、晶さんのことは信頼も信用もしてます。多分、晶さんが思ってくれているのと同じくらい。だから自責とかしないでください。ありがとうございます、晶さん。汝に赦しを与える……ふっ、なんてね」

「私と違って、やはりかっこいい人ですね。忘れないで、私が隣に居ることを。私も忘れないから」

「……はい」

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