エピローグ【好き、なのかな】
隆太からメッセージが来た。内容は隆太が入院している病院、病室などに関してだった。僕は迷う。隆太に会いに行くべきか、それとも行かないべきか。
何故そんなことを悩んでいるのか、それは僕が好意を寄せていた恵茉を取ったから。そんな子供染みたしょうもない理由だけで悩んでいる。いや、隆太は取ってなんかない、僕が恵茉の事を諦めたのだ。隆太になら僕より恵茉を幸せにできるはずだから。そして、恵茉に対する好意も切り捨てようって思っていたのに。
「断ち切ることができない、ね……」
そんなことを学校からの帰り道で夕陽に照らされながら呟く。
それから数日が経過した。隆太のメッセージ通りなら明日、手術が行われるらしい。だけど、僕はまだ結論を出せずにいた。ましてやどう断ろうか何てことを考えていた。だけど、考えが行き詰まり、気持ちもモヤッとしてきたから気分転換に家を出て、近くにある小高い丘へと足を運んだ。
そこには街を見渡せる開けた場所にポツンと一つベンチがあり、その周りに丘からの転落防止用らしき柵があるだけだった。
そんな所だけど、昔から喧嘩した時とか、気分転換に使ったりと、まるで僕だけが知っているみたいな癒しスポットだった。
僕はベンチに腰を下ろして、街を見渡す。夏間近ということで太陽の光は暑いけど、それを補うように風が吹き抜け、心地よい。
やっぱり、ここにいると心が落ち着く。ずっとここに居たい。そんなことを思っていると、後ろから聞き覚えのある声が聞こえて来る。
「お隣、いいかな?」
「え?」
ここを訪れてから早十三年。ここに誰かが来たことなんてなかった。だけど今日、僕の安寧の地に誰かが訪れた。
僕は驚きのあまり素っ頓狂な声を漏らし、声の聞こえた方へ振り返る。
「……小敷先輩?」
「そうだよー、副会長の小敷ですよーっと、それで? こんなところで何をしてたの?」
「……ただ気分転換したかっただけですよ」
この安寧の地に他人と一緒にしたことなかったのでなんだか変な気分だけど、何故かこの人からは安らぎのような、安心できるようなそんな感じがした。ただの思い違いかもしれないけど。
「小敷先輩こそ、こんなところにいるんですか?」
「ん~? 私も気分転換かな? それと、君のお悩み相談?」
「お悩み相談って、僕に悩みがあるように見えますか?」
「悩みないの? 私から見たら友達の面会に行くか行かないかで悩んでるって思ったんだけど」
なんで分かるんだこの人。本当に心を見透かしたように僕の悩みを大まかに当てて来る小敷。僕は別に話さなくてもいいと思ったのだけど、何故か無意識に小敷へ悩みを吐露していた。
「僕どうしたら、いいのか分からなくて。僕は恵茉の事が好きなんです。だけど断ち切らないといけなく。でもその原因には隆太が絡んできて、こんな今の状態で隆太に会いに行っていいのかなって」
「……そっか、伊月くんは隆太くんのことは好きなの?」
「そりゃあ勿論好きですよ。昔から仲良く、喧嘩なんて滅多にしなかったんですから……だからこういうときにどうしたらいいのか分からなくって」
全く以てその通りだ。僕は今思っていること、言えなかったことが小敷になら話せた。それはなんでなのか全く分からない。だけど、話しているうちに心が軽くなっていくような気がした。
そんな弱弱しいところを見せている僕に、優しい声で、語り掛けるように言葉を掛ける。
「好きなんだったら、行きなよ。後悔するかもしれないんだよ? 恵茉ちゃんのことはさそれが終わってからでもいいじゃん。それにもし、一人で行くのが怖いんだったら、私も一緒に行ってあげるからさ」
そんな甘く、優しい言葉を掛けられては、今の僕に否定することなんてできず、僕は小敷に甘えてしまう。
コクリと何も言わないで頷いた僕に「そっか」とだけ言い残してこの安寧の地から姿を消していった。
本当に何だったのか、いきなり現れ、僕の本心を引き出し去っていく。その行動に僕は家に帰ってからも考えていた。
「……そういや、隆太に行くって伝えないと」
そう独り言を呟きながらスマホのメッセージアプリを起動し、隆太へ明日向かう旨を報告した。小敷も共に向かう旨も付け足して報告する。
既読が付くかなんて気にせず、そのまますぐに電源を落とし、ベッドへ倒れ込んだ。そして明日、どんな風に隆太と話し合えばいいか、そんなことを考えているといつの間にか眠りに落ちていた。
そして気が付くと朝になっていた。僕はあのまま寝てしまったのかと少し反省をしながらも寝間着から着替え、今日の支度をする。妹が用意してくれたパンを食べ、歯磨きを終えたところで家のチャイムが鳴る。
玄関に一番近かったことから俺が訪問者と対面する。ドアを開けると、いつもは制服でしか見てなかった小敷の姿が、休日で出かけるからなのか純白のワンピースに革製の肩掛けバックを手にしていた。
そんな小敷の姿に一瞬目が捕らわれたけど、何とか目を逸らし、家族へ出かけることを通達してから家を出る。
歩道を歩いていると小敷の方へ男女問わず視線が向かっていることに気付く。やはりそれほどの美人だということなのだろう。
なんやかんやで病院の敷地内へ辿り着いた。そして今から病院の受付カウンターがある建物に入ろうとしたところで、俺は進める歩みを止めた。
本当に小敷と共にでいいのだろうか。そんな考えが脳裏をよぎる。
小敷と共に隆太を尋ねたところで、何か解決するのか。無責任にもそんなことを考えてしまう。そして一度考え始めてしまった脳は止まることを知らず。
僕は無責任に、そして無礼にも小敷へ口を開き、告げる。
「すみません。やっぱり今日はやめにします」
「そう、ならいつ行くの?」
「明日、僕一人で行くことにします」
「……そっか、分かったよ。じゃあ今日はここでお別れだね。じゃあ明日、頑張ってね」
「………はい」
病院の敷地内で一人佇む。そして、必ず明日、一人で訪れることを心に決めるのだった。
どれほどの時間が経ったのか、手術は無事に成功したのだろうか、そんな疑問や不安が頭に浮かんだ時、意識が徐々に戻ってくるような感覚がして、思わず、重い瞼を開ける。
瞼を開いた先は眩しく感じるほどに光が差し込んできた。そして、何かが聞こえて来るのだが、小さくて何を言っているの分からない。
しかし少しすると聴覚も復活してきたようで、何を言っているのかが分かった。
「隆太! 隆太!」
恵茉の大きな声が耳元で聞こえて、俺は思わず体を跳ねさせる。そのおかげで意識がはっきりとし、何が起きているのか状況把握を行う。
すると入間さんたちが姿を現してきて、俺に対し診察を行う。そして問題がなかったのか、ふうと一息つき、丸椅子へ腰を落とす。
「手術は……」
「成功だよ、ちゃんと三奈の心臓を隆太君に届けることができたよ」
「そう、ですか、ありがとう、ございます」
「隆太! よかったあ! 生きてて!」
勝手に殺すな、と言いたいところだが実際俺も生きていたことに安堵していたので、俺に縋りつくように抱き着き、涙を流している恵茉の姿をただ眺めることしかできなかった。
「あ、そう、隆太君、渡したいものが」
「渡したいもの……?」
「ええ、それをどうするかは隆太君次第だけど」
入間はそう言いながら白衣のポケットから一つの封筒を取り出して俺に差し出す。
その封筒を受け取り、裏を向いた状態だったので表にひっくり返す。
その封筒の表には『隆太へ』と毛筆で書かれていた。
それを見た瞬間心がドキッと跳ねて、中身を見るのが怖くなった。だけど、見なければならない。そう感じ、俺は心臓を早く打たせながら中に入っていた紙を取り出し、広げる。
手書きで、母の字で文字が並んでいた。
——隆太へ、まず初めに今までありがとう。貴方には沢山迷惑を掛けたと思います。小さい頃はお父さんがいなくて寂しい思いをしたことがあると思います。そして私のお世話をしてくれて、辞めたいときもあったと思います。それでも私の為に尽くしてくれてありがとう。手術をする前に隆太に言ったと思うけど、これからは私の事は気にせず、たっぷりある人生を楽しんでいってください。それが隆太の母さんとしての願いです。
そして以前、隆太が私になんで弘人さんが好きなのって聞いて来た時、私は分からないと思ってたけど、改めて考えるとなんで好きなのか分かった気がするの。
それは弘人さんに心を動かされたから、弘人さんに助けられたから、弘人さんのことをずっと見てたから、弘人さんを見ると胸が締め付けられるように苦しかったから。
そしてこの人になら自分を託してもいいと思ったからだと思う。これが隆太の満足いく回答だったかは分からないけど、これが私が弘人さんが好きな理由。
最後に、隆太、母さんはね弘人さんの事も愛してるけど、隆太の事も心から愛してる。だから、自由に生きて、母さんみたいになんで好き分からなくても、心から愛してる人を見つけて幸せになってください。
水城三奈(隆太の母さん)より——。
心の奥深くに押し込んで、殺していた〝何か〟が込み上げてきて目元からポロポロと涙が溢れ出してくる。その何かは恐らく、これまで自由に色んなことができなかった悲しみ、実父がいない寂しさ、そんな母に、世間に見せていなかったものが混ざり合ったものなのだろう。
制限していた本当の自分を出していいのだと救われたような感覚だ。
そして母が伝えてくれた父を好きな理由。それはある人から見れば理由にはなっていないように見えるだろうけど、俺にとっては何故母が父を好きになったの、それが分かった。
そして好きになる理由を知ったからには自分の心に問いかける。そして今までの行動。胸の感覚。心がどんな風に動いたかを思い出す。
そして俺はある一つの結論に辿り着いた。
俺は目元を荒く拭うと、入間たちにお願いごとをする。
「すいません、少し、席を外して、くれませんか?」
そんな俺の要求を呑み込み、入間と看護師たちは病室を後にする。
窓から見える景色は夜に、新月も合わさって真っ暗闇で、見えるのはこの病室から抜けた光によって照らされる大きく育った木の葉っぱのみ。かなりの時間が経ったのだと実感する。
そして、意を決するように深く息を吐いてから大きく息を吸う。そして、俺の方に抱き着き、「よかったよかった」と泣いている恵茉へ小さく言葉を掛ける。
「なあ、恵茉。少しいいか?」
「ん、なに?」
「この前、俺に告白してくれただろ?」
「うん」
俺はなるべく冷静に、紳士的に、言葉選びを間違えないようゆっくりと言葉を紡ぐ。
「その時は、俺はまだ好きっていう感情が分からなくって、でも恵茉から告白されてすごく嬉しかった」
「今も、好きっていうことがどんなのか分からないけど、俺は恵茉の告白に応えたいって思った」
「うんっ」
怖い、断られたらどうしようという不安、恐怖に声が震えるが、それでも今さっきちゃんと伝えるって決めたから。
「だからさ、俺と、付き合って、くれませんか?」
「…………」
恵茉からの反応は無く、病室内は速いテンポでなる脈拍計以外の音が聞こえない。しかし、その沈黙を破り、俺の言葉に反応を返す。
「……よろしくお願いしますっ‼」
その言葉を恵茉から聞いた瞬間、力が抜けそうになった。ここまで緊張した状態から解放されたのだ、当たり前だろう。だが、それと同時に安心感が沸いて来た。
すると、いきなり病室の扉が開く音が聞こえたと思ったら、小さく拍手の音が聞こえて来る。
「いや~めでたいねえ、そろそろ私も作らないとね~」
「聞いてたんですか⁉」
「そりゃあ勿論。だって隆太君になにかあった時に近くにいないと」
茶化してきた入間に二人共に顔を赤く染める。
それからは俺の体の調子は良くなっていき、翌朝には朝食をちゃんと食べられるくらいには良くなった。
すると、扉が大きな音を立てて開き、そこから誰かが走って来る音がする。
誰なんだと思っていると姿を現したのは、幼馴染で親友の伊月だった。
「隆太、ごめん! 面会に行けなくて」
「いいよ別に、今日来てくれただけでも十分嬉しいし」
「そんな……そっか、ならいっか」
いや、もう少し罪悪感持ってくれないか? と思いつつも、俺の近くに来た伊月に対し、疑問符を浮かべていると、伊月が俺の耳元で囁く。
(「僕、まだ恵茉の事、諦めてないからね」)
「いや、俺と恵茉、つい昨日の夜付き合ったんだけど」
「え? 嘘おおおおおおおおおおおおおお⁉」
「嘘じゃねえって、恵茉に聞いてみても同じ答え帰って来るぞ」
全く、病室では静かにしてもらいたいものだ。だが、伊月の反応が案外面白く、少しだけ笑う。
「じゃ、じゃあ僕が奪ってやる、奪って僕の彼女にする!」
「やめろ、脳が破壊される」
「え? どういう意味?」
そんなことは置いておくとして、これからは母の願い通り、俺がしたいことをして、存分に人生を楽しんで行くことにする。この先にどんな波乱が待っていたとしても、俺と、恵茉と、伊月の三人。そして俺たちを支えてくれる誰かと共に歩んで行こうと思う。
俺はやっと本来の自分として、人生をスタートするのだった。
愛とはなんなのか 空野そら @sorasorano
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