第一話【家庭】
騒がしい昼休みが終わり、残りの授業を受け終わって二人は部活に行き、帰宅部の俺は特に用事もないので帰路についていたところ、梅雨に入り掛けている春の風が頬を撫でるかのように吹き通り、なんとまあ、少し時期遅れの桜の花びらが舞う。
桜の花びらが目に入りそうで少しの間瞼を閉じて、再度瞼を空けると、視線の先に見知った顔がぼーっと橋の縁に立ち、下に流れる川を眺めていた。
なぜそこにいるのかあまり理解ができなかったが、ここで話しかけなければ相手が気づいた際に少し気まずくなるだろう、そう思い、少し足早にその見知った人物に声を掛ける。
「母さん? なんでここに?」
「あぁ
「でもなんでまたこんなとこに? 気分転換するにうってつけな場所があるだろうに」
「ここは少し思い入れがあってね」
「そう、まあ別にいいけど」
母に付き添うように橋の柵に手を置いて一緒に黄昏る。すると母は「そろそろ」と言って俺に背を向けて一歩二歩と足を動かすと、足を止めてまたもや川に視線を向ける。
しかし、その視線は、その表情はさっきまでのただ自然を見て楽しんでいる表情ではなく、どこか慈愛に満ち、寂しそうな表情だった。
だがそんな様子は数秒ほどで、すぐに歩みを進める。
いつもと様子が違う母親に疑問を抱くが、まあ大丈夫だろうと勝手に思い込み、歩を進める母の後を追う。
やがて、一軒のアパートが視界に入ってくる。そのアパートは小さい頃から幾度となく見てきた建物だった。
それは俺と母、水城家の家でもあるところだった。アパートに着くと、母は真っ先に郵便受けを確認し、チラシ数枚を手に取って、そのまま階段を上って部屋に入っていってしまう。それに続くように俺も部屋に入る。
靴を脱ぎ、ちゃぶ台一台、座布団二枚のリビングにちょこんと座る母にただいまと一言告げ、自室へと入る。
「はぁ~~~~~~~つっっっかれた~~~~」
大きな溜息を吐き、ベッドに倒れ、瞼を閉じる。
「あの二人と居るときは楽しいけど、後からドッと疲れが……ていうか母さん、やっぱまだ忘れられないのか」
俺の父は俺が物心つく前に何かしらの病気で亡くなってしまったらしい。そして母と父は付き合い始めた当初から周りにバカップルと揶揄されるほどにラブラブだったらしい。
しかし、父が亡くなってから母は時折放心状態となり、心ここにあらず状態になってしまう時がった。そしてそれが今もなお治っていない。
医者によると一気にストレスが掛かり、大切な人を失ったという喪失感や悲愴感などによって引き起こされたとのこと。
時間が解決してくれると医者は言っていたものの、最近は以前より酷くなってきている気がする。
ただ俺の勘違い、という可能性も無きにしも非ず、だが前まではもう少し元気で、時折笑顔を見せていたはずなのに、最近はあまり見せなくなった。
ますます状態が悪くなっていく母に心配を抱きつつ、疲れが溜まりに溜まっているせいか、眠気が襲撃してくる。
そしてさすがに寝ようと思い、頭の中を空っぽにしようとすると。
ブブブ—ブブブ—と小刻みに振動音が耳に届く。それはスマホに着信を伝えるためのもので、振動と共に少しポップな着信音も聞こえてくる。
最初は無視しようとしたものの、相手は切ることを知らないのか、ず~っと掛け続けてくるので、仕方なく出ることにする。
そして、スマホの画面を見て俺は一瞬で出る気を失った。スマホの画面に映し出されていたのは、一応俺の``義父``である男からだった、
★ ★ ★ ★ ★
授業が終わり、教室の清掃を済ませた私は部活動があるため、そそくさと校舎から離れ、部室棟へ向かう。
すると、昔からの付き合いでもあり、犬猿の仲でもある
なぜいるのか、理解ができず混乱しながら歩を進めていると、私の足音で気が付いたのか、伊月がこちらに振り向いて少ししてから近づいてくる。
「どうかした?」
「いや~まあ、``例の事``についてまた話したいなって」
「ん~、おけ分かった。私も少し相談したいことがあったから」
「どうする? 部活終わった後でもいいけど」
「いや、部活は休む」
「でもいいの? お前今度全国に出るんでしょ?」
「まあ一日ぐらいなら問題ないよ」
「そ、じゃあ取り敢えず駅前のファミレス行く~?」
そんな普通の友達のような会話を交わすと、伊月は私の横を歩いていく。その後を続くように私は体を翻す。
「ん? どうかした?」
「いや、未だにこのいつもとのギャップに慣れないな~と……」
「ま、僕もだよ。もうあっちが当たり前みたいになってるもんね」
後を付いてこない私に疑問を抱いたのか、伺ってくる。いつもとの切り替えにギャップを覚えたことを素直に伝えると、それは伊月も同じだったらしい。
こんなしょうもないことで時間を使うのが勿体なく感じ、少し足早に伊月のもとまで歩いて、そのまま駅前のそこそこ有名なファミレスへ足を運ぶ。
夕方だからか、高校の制服を纏った男女が多々見られる。そんな生徒たちに紛れ込むようにテーブル席へ腰を下ろしてメニューを手に取る。
「何か食べたいものとかある?」
「ん~じゃあ照り焼きチキンのバーベキューソース煮込み、それとこのボルシチ食べよっかな」
「晩御飯でもないのに結構食べるんだ」
「まあお腹空いたし……伊月は?」
昼時からまだ二~三時間ほどしか経っておらず、晩御飯の時間にしてはまだ早い時間にガッツリとしたご飯に伊月は少し驚いたような表情をするも、すぐに微笑を浮かべる。
「僕は~コーヒーにしよっかな、そう長く居座るつもりもないし」
「ん………」
「…………」
謎の沈黙が流れる。このファミレスには店員の呼び出しボタンはなく、近くに来た店員を呼び止めて注文をするという方式らしい。
特に今は話す話題もなく、ただ外の景色を見つめたり、店内を見渡したり、そわそわとしてなんだか落ち着かない。
そこにちょうど良くエプロン姿の店員が横を通ろうとしたため、すかさず声を掛ける。
「あ! すいません! 注文いいですか?」
「あっはい。お待たせしました。ご伺い致します」
「え~っと、照り焼きチキンのバーベキュー煮込みに、ボルシチ、あとコーヒー二つお願いします」
自分の注文と伊月の注文を一緒に伝え、店員が機械を見ながら注文を復唱する。
そして「お待ちください」と言いまた少し慌ただしく仕事に戻っていった。
ファミレスに来て最初にやるべきことを終えた私たちは無言のまま互いに視線を交差させる。そして話を始めるために私が疑問に思っていたことから離し始める。
「で、その話したいことって?」
「うん、僕が今話したいのは、隆太の今後と、母親に関してだよ」
「……踏み込むんだね、そのことに」
「うん、多分そうしないと、今までしてきた努力が無駄になると思うから」
「分かった……よ~し、話を聞こうじゃないか」
「ありがてぇありがてぇ」
私たちの計画で恐らく一番重要なことを解決するための会議を始める。
隆太の母、
「じゃあ僕から話そうか、隆太の母、三奈さんの真実を、僕が言える限り、全て」
★ ★ ★ ★ ★
「……どちら様ですか?」
「ハハッ酷いな~、一応隆太君の父親なんだけどな~」
耳に近づけたスマホから発せられるおじさんのような声。その声に俺は聞き覚えがあり、この声を聞くたびに心の奥底に沈ませた憎悪や、怒り、悲しみが沸き上がってくる感覚が襲ってくる。
「俺はもうあなたの助けはいらないと言ったはずですが?」
「でも、バイトだけで学費をしっかり払えるのか? それもあの母親と二人暮らしで」
「それは……」
「難しいんだろ? バイトを掛け持ちしても大抵月収六万とか九万そこらだろ? いくら
「あなたには関係ないですよね……だって俺たちは縁を切っているも同然の関係なんですから」
そうだ。俺と母、義父は縁を切っている同然。しかし、まだ母と義父が離婚手続きをしていないがために、一応まだ関係が続いているのだ。しかし、俺はもう縁を切っていると思っているため、義父に助けられる理由も、義理もない。
「そうか……分かった。でも本当に困ったら電話してくれよな、いつでも助けるから」
「…………」
義父の少し悲しそうな、寂しそうな言葉を無言で返し、即座に通話を切る。そしてベッドの上で膝を抱えて座り込んで、腕に顔を埋め込む。
「仕方が、ないじゃないですか。母さんが、そう言ったんだから」
昔、俺と母、義父がまだ一緒に暮らしていた頃。ある日突然、義父は母に聞いてはいけない、まだ触れてはいけないことについて片足を突っ込んでしまった。
それは、母の過去、それと、俺の本当の父、
今から三年前、俺が中学一年の事だった。
「三奈さん、これ洗っときますね」
「ああ、私がやるからいいのに」
「いえいえ、三奈さん今体調が優れないんですから、座って休んでてください」
「ならお言葉に甘えて……」
「
「もう少しオブラートに包んでほしかったな~、でもありがと」
俺は義父の、
万葉さんは母が駅で困っていた万葉さんを助けたことで恋に落ちたらしく、最近まで猛アタックして、やっと付き合うことになり、付き合ってソッコウで婚姻届けを役所に提出し、母と万葉さんは婚姻関係となった。
所謂スピード結婚というものなのだろう。結婚して早々、万葉さんは「夫婦なのに別の家に住んでいるのは寂しい」と言って少ない荷物を持って俺らの部屋にやって来た。
それから数ヶ月、母と俺は過去のことを隠しながら万葉さんと衣食住を共にしていた。
あと少しで食器を洗い終わるところで、いきなり万葉さんは微笑んだまま口を開く。
「……水城弘人、さんでしたっけ」
「っ⁉」
「三奈さん、夫婦になったんですから、そろそろ教えてもらえますか?」
「……その口ぶりからして、付き合い始めた時から聞いてたみたいですね」
「で、何があったんですか?」
「っ……俺の質問に答えてください」
俺の質問に答えない万葉さんにちょっぴり怒りを覚えつつ、冷静に対応する。しかし、万葉さんは眼中にも入れていないのか、無視してズボンで手を拭きながら母に詰め寄る。
母は恐怖を覚えているのか、小刻みに震え、万葉さんを化け物でも見るかのような目で見つめていた。
「ちょっ母さんが怯えてるじゃないですか!」
「隆太君、少し席を外してくれないかな。はい、これでどっか軽く遊びに行ってくれ」
懐から財布を出し、壱万円札を数枚取り出して突き出してくる。俺はそんなことには動じず、母の前に大の字に腕を伸ばして万葉さんから母を隔てる。
そして万葉さんを完全に拒絶するように、いつもより大き目な声で万葉さんに告げる。
「もうやめてください! これ以上母さんに言い寄るなら……警察に通報しますよ! 襲おうとしてるって!」
「っ……隆太君、分かっているんだろう? このままじゃダメだって、何とかしないとダメだってことを」
「それは……」
そうだ、このまま母のことを今まで通りにしていてもただ母の病気が進行するだけ、だからいつか踏み込まないと、誰かが解決してあげないとと、分かっている。
だけど、誰が、それに相応しいのか、今の今まで一切分からなかった。……いや、考えたくなかったのかもしれない。自分の母がそんなことになっていることを受け止めたくなかったから。
(でも、どうしたら……母さん、万葉さんに恐れているし)
頭の中で、どうするべきなのか思考を巡らせていると、万葉さんは軽く舌打ちをして悪態をつきながら玄関へ向かう。
「……いつまでもこのままじゃダメだよ。いつか本当にいなくなってしまうんだから……でも少し、両者頭を冷やして、冷静になってから話をしようか」
「…………」
それだけ言い残して万葉さんは扉を開けて行ってしまう。万葉さんの言うことは正論で、俺の頭の片隅にもある考えだった。そして万葉さんの言う通り頭を冷やして、冷静に話し合った方が何とか話の折り合いぐらいはつけられるだろう。
しかし熱くなり過ぎたせいか、頭で結論を出せず、無言のまま万葉さんを行かせてしまう。俺は呆然と水の雫が滴る皿を見つめて、頭がパンクするまで考えに考えまくった。
(んで、なんやかんやあって、今は別居中と……)
まだ離婚をしていないが、それは母が今、正常な判断ができないため、義父と話し合った結果、治ってから正式に離婚をしようということに落ち着いた。
「はあ~~~~~~~思い出すだけでもしんど」
「もう寝るか?」
独り言を呟きながらふと壁掛け時計に視線をやると、時の流れは速く、時計の針は九時四七分を示していた。いつもより就寝する時間まだ早いが、今日は随分疲れたため少し開けていた瞼を深く閉じる。
すると一~ニ秒ほどで意識は飛んでいき、深い眠りに落ちていた。
★ ★ ★ ★ ★
目の前に真剣な面持ちで座る少年。私はその姿に固唾を呑み込み、ゆっくりと首を縦に振る。すると、少年は深刻そうに話を始める。
「僕が知っている限り、隆太の母、三奈さんは、解離性健忘症。ストレスが原因の記憶障害らしい」
「……それは、誰からの情報かね」
「……隆太の義父、
「万葉……」
目の前の少年。伊月は表情を変えないまま隆太の母が患っているものを簡潔な説明付きで告げ、情報源は南万葉という人物からだという。
私はその南万葉……というか『万葉』という名前の人物に覚えがあり、まさかと思って過去のことを振り返る。
「ねえ伊月、その南万葉さんって、三奈さんと少しの間結婚してた人?」
「そのよう、だね。万葉さん、この話をしている時、寂しそうな、悔しそうな表情で話してたから。それに、言葉の端々にちょっとだけど、愛がある感じがしたんだ」
「……そう」
伊月から告げられた更なる情報を頭の中で整理しながら色々な仮説を立てては違うと言ってまた別の仮説を立てていく。
その時の私の表情がどんなだったのか分からないが、伊月が不安そうな顔をして私に問いかけてくる。
「ねえ恵茉。恵茉も何か話したいことがあって付いて来たんでしょ?」
「え? あっうん」
そうだった、私も伊月に相談事があったから付いて来たんだった。しかし、このことを言っていいものか、言ったところで信じてくれるのか、分からない。だけど話さないとこの状況は変わらないと思って私は伊月に向けて口を開く。
「伊月……私と……パフェ食べに行かない?」
「…………は?」
「いやだから、パフェ食べに行かないかって」
「いやいや、なんでそんなことになるんだよ」
「だってここ最近気疲れすることが多かったし、真面目な話も多かったし? 少しくらい休憩したっていいじゃんってことで」
「えぇ……まあ、いいけどさ」
若干困惑をしていた気もするが、まあ了承がもらえるということは問題がないということなのだろう、うん。
しかし、重い話が続きそうな気がして、今そんな話を聞く気分ではない私にとってはきっとその話をきちんと聞くことはできないだろうと思って急な話題転換したわけだが……
どうしよう、近くにパフェを販売している場所なんて知らない。大抵ファミレスにはデザートとしてパフェを売ってそうだが、このファミレスは運悪く売ってなかった。
ちくしょう。
心の中で愚痴を零したとて今から販売される訳でもない。ならばどうするか、もうあれしかない。
マップアプリで探すしかない。マップアプリと言ってもこの世の中は色々な需要に応える世界でもある。なのでパフェを売っているお店が表示されるマップアプリもあるわけで、私は即座にそのアプリをインストールし、スマホのホーム画面に表示されたパフェの絵と共に小さいマップがくっついているアプリをタップする。
……何故か現在地情報取得の許可をしていないのに今私たちが居座っているファミレスに三角形の現在地を表すマークが映し出されていた。
謎の現象に疑問を抱きつつ、「気にしないでおこう」と考えることを放棄して近くにないか画面をスワイプし、マップを動かして血眼でパフェ取扱店を捜索する。
すると、ここから徒歩五分圏内で、駅を跨いだ先にパフェ専門店があることを示すマークが表示されていた。そのマークをタップしてみると、画像と共にお店の紹介と、五個の星マーク、そして口コミが現れる。
そのお店の名前は『メチャウマパーフェ』という如何にも提出期限直前のプリントの内容並みに適当な名前。
正直名前からして行きたくはないが、近くにここしかなく、口コミや評価を示す星マークも四.五★で恐らく、美味しいのだろう。ただ店名がちょっと、いや大分変なだけで。
「え、え~とぉ……ここなんかどう? 徒歩五分で駅を跨いだ先にあるパフェ専門店」
「ん? ……ま、まあいいけど、何その店名。『メチャウマパーフェ』って」
「うん、それは私も同意見。同意見なんだけど、評価は高いから、多分大丈夫。多分」
「ネット評価の信用のし過ぎは危ないんだけど……確かに近くにはそこしかないね」
「うし、じゃあそこで決まり! じゃあ早く行こっか!」
「早く行くのはいいけど、まだ頼んだの来てないって話する?」
「あっ……………………」
「いや、黙ってないで早く座りなさい。もう店員さん来て困っちゃってるでしょ」
伊月の言う通り、私が女性ものの肩掛けポーチを手に取って固まっている隣に、「めんどくさい状況に遭遇した」とでも言うかのような表情を繕った無理のある笑みを作っている女性店員と目が合う。
女性店員と同じ表情に即座に顔が変形して、「あはっははっは……」という何とも悲しい枯れた笑いを口から漏らす。同じく女性店員も枯れた笑いを飛ばし、なんとまあカオスという言葉が似合う状況が作り出される。
(いっっっっっっっっや……気まずううううううう‼‼‼ 今すぐにもこの状況から逃げたい! それか、桜の下に埋めてほしい! いや、ほんとに!)
これがよく? 言う穴があったら入りたいという時の感情なのだろうか、そんなことよりも早くこの状況を切り抜けたい。そのためにはいかに早く女性店員から注文の品を受け取れるかによる。だが、それに関しては手元にある女性店員のペースに委ねるしかない。
「こ、こちらの照り焼きチキンの——」
「それ全部私のです!」
「は、はい、お熱くなっておりますので、火傷にご注意ください」
「こら恵茉、店員さんの話を遮らない。それにまた困惑してるんだから、一回落ち着きなはれ」
「あ、す、すいません、あとコーヒーの一つはあっちにオネガイシマス。スイマセン」
最後の方何故かカタコトになっていた気がするが、まあ言葉が伝われば何も問題ないかと勝手に結論付ける。
しかしまあ、今からパフェを食べるというのにランチ(恵茉基準)ほどの量を食べるとなると、さすがにパフェを二個は食べられないかと内心少し肩を落とす。
以前も同じようなことがあって伊月と隆太に自然と「これじゃパンケーキ十枚食べれなくなるじゃん」と零したら、何故か引かれた。そんな経験からか、今回は何とか寸前で出かけた言葉を止める。
私の様子がおかしかったからか、伊月は怪奇の目を私に向けてくる。その痛々しい視線に気づかないフリを貫き通して目の前に湯気を出す料理に手を付ける。
うん、伊月よ、その視線を止めて頂戴。せっかくの料理の味が感じなくなってくるじゃない。
コーヒーのみで他にやることもないのか、ずっと、ジーーーーーーっと見つめて、結局私が食べ終わるまで怪奇の目を向けてくるのだった。
食べ終わってすぐ伊月と割り勘で会計を済ませ、マップを見ながら『メチャウマパーフェ』に向かって歩を進める。しかし、もう既に腹八分目まで達していてパフェ二個はさすがにキツイ。私はなぜランチ並みの量を頼んでしまったのか後悔に押しつぶされそうになる。
さらに、歩を進めるたびに横腹を突かれるかのような痛みが襲い、げっそりとした表情になってしまう。そんな私を伊月は心配に満ちた顔を覗き込ませる。
「あんな量を食べたらそりゃそうなるよ。でも前より結構食べれる量減った気がするんだけど……?」
「え? ああ、うん。最近親になんでか分からないけどご飯の量減らされてるんだよね、ほんとなんでなんだろう」
(「絶対食べる量が多すぎて食費がかさんだのか……ご両親大変だなー」)
「ん? 何か言った?」
「いや、なんでもない、恵茉。これからは食べる量控えなさい。ご両親可哀そうだから」
「え~~~~なんでよ~~~~、お母さんだって『たくさん食べるのはいいことよ?』って言ってたし」
私は以前、もっと食べれたのだが、なぜだか家で出される料理の量を減らされてしまい胃が縮んでしまったらしい。そのために食べる量が減ってしまったのだ。
そして、何故か伊月に説教に近いことを言われてなぜ怒られなければならないのか分からず、駄々をこねる子供かの様に愚痴を吐露する。
そんな私の姿に呆れたのか、伊月は深い溜息を吐いて正面に顔を戻す。
ただ、私が少し大き目に騒いでしまったからなのか、周りから「何してんだこいつら」「カップル…..?」「兄妹……?」などと冷たい視線を飛ばしながら私たちの隣を過ぎて行く。
そんな視線に少しながら羞恥心を覚え、肩を竦めてしまう。伊月は肩を竦める私を庇うように私の前を歩く。その背中はとても頼もしく、安心できる感じがする。
そんなこんなで私たちがバカみたいなことをしているうちにもう『メチャウマパーフェ』の看板が見える距離にまで来ていた。そして急激に心を躍らせる私を天国から地獄へ落とすかのように長い長い行列が目に入る。
まさか、と思いつつその行列が行きつく先はどこなのか目を凝らして見ると、そこは例のパフェ専門店『メチャウマパーフェ』だった。
人間共はパフェ専門店だからか女が明らかに多かったが、カップルやグループもいるのか、少々男も混じっているようだった。
(なんだよ人間共。私は食べたいんだよ、パフェを! あの甘さを求めてきたんだぞ!)
何か、当初の目的から外れている気がするが、まあ大丈夫だろう。結局は食べるのだからその過程や目的が途中で変わったとてそう問題はないだろう。
「なあ恵茉。なんだかすごい形相になってるけど……」
「えっ? あっいやなんでもない! ちょっとこの行列の先が気になって」
「ああそうなの、この行列。そこのパフェ専門店の行列みたいだね」
「そうみたい、どうする?」
自分でも気づかないうちにすごい形相になっていたみたいだ。そこを伊月に指摘され、私は結構無理な言い訳を口にする。しかし、伊月はバレていないのか、それとも知らないフリをしているのか、私の言い訳を肯定する。
「どうするって、恵茉が言い出したんだから恵茉が決めなさいよ」
「…………ごめん、駅のコンビニでアイス買お」
「うん、分かった」
最初は私が重い話を聞く気分じゃないからという私情でパフェ専門店に行くことになってしまったが、この行列を見て私は正直に言って待つことができない。
そして伊月にはどうするのか自分で決めろとこの後の行動を委ねてくる。私は少しの間考え込んで、結局駅に併設されているコンビニで何かパフェの代替品となるものを買うことにした。
この決断に伊月は、昔からの付き合いで私が長時間経って待つことができないことを知っているためか、快く了承してくれた。
正直伊月には申し訳ないと思っているし、この決断が正しかったのかは分からない。だけど、伊月ならと親友だからか信頼し切って大丈夫だろうと思える。
(……ただ長い行列があるって話から少し重い感じで、ものすごくラノベ的な感じになってきていると感じる……この脳内再生もラノベっぽいなあ)
自分の脳内再生や展開にラノベっぽさを覚えつつも、伊月と共に駅に併設されているコンビニへ向かうために踵を返す。
なんだか気まずい雰囲気が漂うが、それを飛ばすように駅の騒音が鼓膜を揺らす。
コンビニの目の前に着くと駅に併設されているからか、コンビニを出入りする人数は学校や家の近場のコンビニより断然多い。
その多さに少し驚きながらも伊月と何を買うか話しながら入店する。入店を知らせるチャイムが騒々しいコンビニでも店員に聞こえていたらしく、少し気怠そうな「…っさっせ~」という声が聞こえてる。
もう少し元気な声でハッキリ言った方がお給料上がりそうなのに。
店員の挨拶に内心少しケチをつけつつ、迷いなしにアイスコーナーへ足を運ぶ。そこには蓋つきのアイスクリーム用冷凍庫にびっしりと敷き詰められたラインナップ豊富なアイスたち。
どれにしようかアイスのパッケージを見ながら悩んでいると、一つの商品が目に留まった。
「ねえ伊月。これ買ってさ、二人で分けっこしない?」
「ん~? ってこれ、二つ入りの奴じゃん。すぐ無くなるけど、それでもいいなら僕は別にいいけど」
「なんか今日はそこまで食べたい気分じゃない、それにこれだけじゃないし、買うの」
「う~ん、そこまでとはどこまでなのかな?」
「まあ別にい~じゃん、ほら早く選んで、あ、もちろん割り勘だかんね」
「うっ、いいけどさあ、いくつ買うつもり?」
「う~~ん、これ含めて三個?」
「ぜんっぜんそこまでじゃない! でも僕金欠だから割り勘って言っても少ししか出せないよ?」
「別にそれでいいよ~」
少し冗談を交わし、伊月を急かして買いたいものを選ばせると、私はいつもやってることかのように割り勘発言をする。
割り勘という単語に伊月が少し狼狽えてしまうが、何事もなかったかのように了承してくれる。そして、私が買う予定のアイスの個数を口にすると、少し声を大きくして今さっき多分狼狽えていた理由を述べる。
その理由に私は伊月の事情を知っているためなんの迷いなく承諾して、レジへと向かう。
レジには先ほど私たちに気怠そうに挨拶を飛ばしてきた大学生くらいであろう男性しかおらず、予想はしていたがレジも「はあめんどくさ、空から百万位降ってこねえかな~」というアテレコが相応しい動作で私たちの会計を済ませる。
商品を受け取ろうとすると、「チッ…あ~した~」と接客点数最低点を叩き出すかのような謝辞を口からボソッと飛ばしてくる。
うん。絶対駅の、というか都会のコンビニ使わない。
そんな決意を心の奥底で固める。しかし、もう少し改善できないのだろうか、こんな接客ばっかりだったら即潰れそうな気もするが……。
そこはまあ都会で、近所にあるから仕方なく使っているのだろう。そのため何とか利益を出し、潰れないで済んでいる。大体こういうことなのだろう。
そんなことはどうでもいいので思考から除外し、伊月とどこで食べるか相談する。
その結果近くのベンチがある小さくも大きくもない公園で食べようということとなり、私たちはその公園に向かって歩き出す。
「さっきの店員さん接客悪かったね~」
「ほんとそれ、もう少し愛想よくできるよねって感じ」
「もしかしたら友達と喧嘩しちゃったとか?」
「いやそんな小学生じゃあるまいし」
「あっ知ってる? よくコンビニとかでいらっしゃいませーって言ってるの防犯対策なんだって」
「へ~、私たちが居ますよ~的な?」
「まあそんな感じ、誰から監視されているっていうのを植え付けて犯罪をしないようにしてるっていう心理効果を使ってるんだって~」
さっきのお世辞込みで接客点二点の店員の話題となり、伊月と共感しながら話を進める。すると、伊月は話をしたら効果が無くなりそうな豆知識を披露する。
へ~っと感心しながら聞いていると、いつの間にか目的地の公園に付いていた。その公園の脇に板の看板のようなものが立てれていて、そこにはうっすらと黒い文字で『子供ふれあい公園』と書かれていた。
子供ふれあいって……こんな草が生い茂ってて、遊具の一つもない所って……。
その公園はお世辞にも綺麗とは言えない。雑草が生い茂り、遊具は前まではあったのだろう。しかし今はなく、あるとすれば少しカラフルな丈の低い柵とベンチが数個あるだけだった。だが休憩する分には申し分ないぐらいだった。
私たちはその公園で一番表面が綺麗に見えるベンチに腰を下ろして、コンビニのビニール袋から購入したアイスを取り出す。
私の隣に腰を下ろした伊月は何もない自然に覆われた公園内を見渡していた。そんな伊月の横顔を見つめる。
「…………っ冷たっ⁉」
「ひっひっひ、どう? 冷たい? 冷たいんだろう?」
「もう! おっら!」
「ひっ⁉ や、やめ! 冷たいんじゃ~~~~‼」
「冷っ! もう~早く食べるよ!」
まだ冷たさを保っているアイスを伊月の白い頬につける。その反応に私は面白がり、伊月を煽る。
煽られた伊月は反撃をするべく私の膝の上にある袋からアイスを取り出し、私の頬につけてくる。思わず小さい悲鳴を上げると、また反撃するかのようにアイスを伊月の頬に着ける。
また面白い反応するが、さすがにそろそろ食べたかったのか、伊月はちょっとした兄弟喧嘩を静めるお母さん感を出しながらビニール袋を手に取る。
そして、二人で一緒に食べる予定のアイスを取り出すと、手慣れてた手付きで蓋を開けて付属のプラスチックフォークの袋を切り口から上手に開ける。
……ここで私は気付いてしまった。このアイスは二人で一個を食べることを想定していないのか、付属のプラスチックフォークは一個しか付いていなかった。
それの何が問題なのかって? だってこれ、伊月と二人で食べる予定で、伊月は異性なんだよ、これはさすがに……
羞恥心で体と顔が熱くなるのを確実に感じつつ、間接キスするしかないのかと腹を括って伊月に視線を飛ばす。
「ん? どうかした?」
「い、いや、別に何でもない、ただフォークが一個しかないんだな~って」
「ああそのこと、別に問題ないでしょ、昔からお互い食べさせ合ってたじゃん、今になって気にする?」
「いや、だって、間接キスだべ? 確かにファーストじゃあないけど! さすがに高校生にもなれば羞恥心が芽生えるんじゃよ」
自分の口からその単語を口にした恥ずかしさで語尾が変になってしまうが、今は気に掛けるほどの余裕はない。
ファースト間接キスは確かに伊月か、隆太のどちらかに奪われてるけど、それはちっちゃい頃じゃん。
伊月の言っていることは強ち間違ってはいない。だけど、高校生にもなってそんな気軽に間接キスをするというのはどうなのだろうか。それに、私たちは超が付くほどの鬼畜名門校の生徒でもある。
これをもし誰かに見られていて、学校か生徒会か、風紀委員などに告発されれば一発停学の直行便に乗ることになるだろう。
もし仮に、通りすがりの近所の人に発見され、それを拡散されると八柳高校のイメージダウンに直結してしまい、停学。行くところをまで行けば退学もあり得るだろう。
しかし、こんな自然が生い茂った遊具も何もない公園にまで来て遊ぶという奴はそうそういないだろうと思って私は「まあいいか」と思う。
……いやいやよくないでしょ、さっきまでの羞恥心はどこにいったの
無意識に自己完結していたことに気付き、内心少し焦るももう時すでに遅しのようだった。
「ん~美味しい。ほら恵茉も食べてみて、めっちゃ美味しいから」
「う、うん……どうやって食べれば?」
「ん? あ、ごめん、はいフォーク」
「あ、ありがと……っ……あ、美味しい」
「でしょ? 恵茉ってやっぱ食のセンスあるよね」
「ふふん……ってちっが~~~~う! 伊月! あんたは羞恥心とかないの⁉」
「だからさっきも言ったじゃん、昔から食べさせ合ってたんだから別にそんなのないって」
「いや、まあそうだけどもさ、ちょっとくらいあってもいいんじゃない?」
固唾を呑み込んで迷いが頭を支配したものの、ここで食べなければ逆に変だと思われてしまう可能性が高いため、私は思い切って伊月の口から出され、私に向けて差し出されたアイス付きのフォークを口に入れる。
口に入れた瞬間ほのかに甘味とバニラの風味が口に広がり、アイスであろう物体は口に入ってすぐ溶けるようになくなり、後味として甘いバニラの味がほんのり残る。
思わず間接キスなんてことが頭から抜け、素朴な感想を零す。先にアイスを食べた伊月から食のセンスを褒められドヤ顔を披露するが、瞬時に間接キスのことを思い出して顔を真っ赤にする。
そして伊月に羞恥心はないのか問うも、昔からやってきたという何ともまあ親友兼幼馴染として十分な返しをする。
いやまあ合ってるよ? あってるけどさ、思春期真っ盛りの男子だよ? もう少し羞恥心というのを抱いて頂きたいよまったく。
「まあそんなの別にいいじゃん、アイスだって美味しかったでしょ? だから問題は何にもない!」
「……そういうものなの……?」
「ほらほらそんなボケーっとしてないで早く食べないと溶けちゃうよ」
「あ、うん……ん~~~?」
「はい、口開けて……ほら、あ~ん」
「……あ~ん…………ってやっぱおかしいでしょ! しかもあ~んって何⁉」
「あ~んはあ~んでしょ、何か違う箇所でもあった?」
「いや、そういうことじゃない! なんでしれっとあ~んまでしてんの!」
「別に減るもんじゃないんだし、いいでしょ」
「減るよ! 私の心の防壁が! 崩れるんだよ!」
何故か納得してしまい、無意識の間に伊月にあ~んまでさせられる始末。大声で反論してなんとか伊月にやめて貰おうとするのだが、伊月は棒アイスを手に持って、空いている片方の手を手皿にしてさらにあ~んをしてこようとする。
私は顔の目の前に手をやって伊月が持っているアイス(私のアイス)を口から遮る。
しかし、強引にも食べさせようとしてくるので、それを遮るべく伊月の手首をがっちりと掴んで開いている片手でアイスを強奪して口に咥える。
そして安堵したようにホッと胸を撫でおろすと、私はしたり顔を作り出す。
「あっそれ、僕少し齧ったけど大丈夫?」
「…………そういう大事なことは先に言いなさい。そして、自分が齧ったやつを無断で人に食べさせようとしないの!」
「はいは~い、で? それはどうするの? 捨てる訳にもイケないでしょ?」
「これは……私が食べるよ、責任もって」
「なら別にいいじゃん、結果論だよ結果論」
これに関して結果論は果たしていいのだろうか、いや考えても無駄だろう。そう考え、もうこのことについては極力考えないようにして、私は口に咥えた間接キス(?)になるアイスを食べきるのだった。
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