第9話 ジルガ爺の修行

 「まずは拳撃パンチ蹴撃キックを10回ずつやってみろ」


 「分かりました。はあ!はあ!はあ!」


 10回ずつ終えて呼吸を整える。


 「どうですか?」


 「ふむ…変な癖は無し。基本に忠実で綺麗な型だ」


 「ありがとうございます」


 「しかし、拳撃パンチ蹴撃キックに殺気が宿っていない。ある程度、実力がある者にとっては見抜かれてしまう」


 「………」


 「親に向けて殺す一撃を与えるのは難しいだろう。しかし、俺とお前の間には情も絆もない。俺に向かって殺す気でかかってこい」


 「そ、それは…」


 「何を戸惑っている。魔物であれば躊躇なく殺せるだろう」


 「しかし!魔物と人ではーーー」


 「ならば、野盗や盗賊に対しても同じ人間だからと見逃すのか?」


 「それは…命までは奪わず、降伏を進めーーー」


 「甘い!」


 ジルガ爺さんは俺の言葉に被せるように一括し、胸ぐらを掴んでくる。


 「そのような覚悟では大切な者達を守れぬぞ!この世界は覚悟なき者が生きていけるほど甘くはない。己とその家族の命を奪いにくる者に対して、言葉ではなく、その拳で立ち向かわなくてはならない」


 「し、しかし、誰にでも改心する機会はーーー」


 「人は弱き生き物なのだ。他人を思いやる気持ちは大切だが、敵に対してはそのようなものは与える必要がない。私達は神ではないのだ。万人を救えるなど思い上がるな!」


 「………」


 「まだ実感がないようだな。一つだけ万人を救える方法があるが聞きたいか?」


 「聞きたいです!」


 「それは…何ものよりも強くあることだ」


 「何ものよりも強く…」


 「そうだ。最低でも一国の軍事力を相手に余力を持って戦えること。そうすれば、相手に情けをかけられるだろう」


 「な、なら!僕は!」


 「ただし、己の愛する者の命を奪われても、その者にも改心の機会を与えるのだぞ。そうでなくては、万人を救うことにならない」


 それは…きっと無理だ。もし、この世界で俺にも家族や友人ができて、その人達の命が奪われたら、俺は…。


 「…分かりました。僕の考えは甘かったようです。万人は救えなくても、愛する者達ぐらいは救えるようになりたいです」


 「それでいい。野盗も盗賊も敵国の兵士も容赦なく屠れるようになれ!では、修行内容は実戦に基づくものにする」


 「はい!」


 「その拳や足が上がらなくなるまで俺に攻撃してみろ!俺も手加減はするがダメージが残るように攻撃はするからな」


 「はい!」


♦︎♢♦︎♢♦︎♢


 「ぐはぁ!」


 「どうした!すぐに立ち上がれ!ぐずぐずしている間にお前は死ぬぞ!」


 「はぁ…はぁ…はぁ…」


 ジルガ爺さんは容赦なく顔面にも胴体にも痛打を与えてくる。たまに、防御が間に合っても骨に罅が入ったのではと錯覚するほど重い衝撃がくる。


 「まだまだ、殺気も威力も足りていない。ふむ…想像イメージが足りていないようだな。お前が非力なせいでアレンは四肢を斬り落とされ、マリアは犯されるのだぞ。それでもお前はそこで泣いて蹲っているのか!?」


 ジルガ爺さんに告げられたこの世界の現実がはっきりと頭に刻み込まれる。そんな場面を想像しただけで動悸と吐き気が止まらなくなる。


 「俺をお前の両親を傷つける者だと思って殺せ!それがお前とお前の周りの奴ら守る!拳で殴らないなら蹴りつけろ!足が上がらないなら噛みちぎれ!噛みつけないなら吠えて威嚇しろ!決して、最後まで諦めるな!」


 俺は足りない力をかき集め、必死に拳を握る。拳を掴まれても蹴りつける。時には暴言を乗せて攻撃を続ける。


 「ははは!そうだ言葉には魂がのる!俺を殺すんだと気持ちと言葉をのせて俺に打ち込んでこい!」


 もうジルガ爺さんの声は届かない。それほど、俺は集中していた。限界を超えて殺気を放ち、何度痛打を与えられようとやり返す。


 「ははは!良い拳だ!重く魂に響いてくるぞ!」


 「はあ!はあ!はあ!」


 『スキル【殺気】Lv.1を習得しました』


 『スキル【剛拳】Lv.1を習得しました』


 『スキル【剛蹴】Lv.1を習得しました』


 『職業ジョブスキル【拳闘士】を獲得しました』


 『職業ジョブスキル【蹴闘士】を獲得しました』


 「む!さらに打撃の威力が上がったか。お!スキルを習得していたか!よし、そろそろいいだろう」


 いきなりジルガ爺さんが俺を抱きしめてきた。これも何かの攻撃かと力を入れて解こうとする。


 「アレス!もう良い!其方の覚悟は伝わった!次の訓練に移る」


 鼓膜が破けそうなほど大きい声で怒鳴るジルガ爺さん。俺はその声に我に帰り、一気に疲労が押し寄せてきて、その場に座り込んでしまった。


 「ははは!すまなかったな。アレスの戦意を高めるために少し厳しく当たった。しかし、この世界は弱肉強食が顕著で、覚悟がなければ自滅するのみだ。先ほどの気持ちを忘れないようにな」


 「はぁ…はぁ…分かりました」


♦︎♢♦︎♢♦︎♢


 「アレス!殺気と気配がダダ漏れだ!呼吸も乱れてるぞ!」


 ジルガ爺さんは布で目隠しをしており、俺はナイフで攻撃している。ジルガ爺さんは容易く同じナイフで捌いている。


 くそ!身体が重いせいで足がもたつく。息も乱れるし…。


 「アレス!つま先から足を落とせ!踵から足を運から重く感じる!」


 「はい!」


 「返事をするとは馬鹿者か!」


 「痛!」


 落ち着け!呼吸を深く一定にし、足を素早く地面を弾くように走り抜ける。


 「お!いいぞ!その調子だ!少し格上の相手には、いかに意表を不意をつくかだ!馬鹿正直に真正面からやり合おうとするな!まずは勝つことだけを考えろ!」


 そうだ。まずは勝つこと。それからどのようにするか考えればいい。


 「む!」


 よし!少し防御するのが遅れた!着実に成長している!


 『スキル【抜き足】Lv.1を習得しました』


 『スキル【差し足】Lv.1を習得しました』


 『スキル【忍び足】Lv.1を習得しました』


 『スキル【隠蔽】Lv.1を習得しました』


 『職業ジョブスキル【隠者】を獲得しました』


 「よし!今日はここまでだ!」


 「はぁ…はぁ…はぁ…ありがとうございました」


 「明日、婆さんに修行をつけてもらえ。それからは午前中に狩りをして、午後は俺と婆さんの修行だ」


 「分かりました」


 「では、しっかり休め。また明日な」


 「明日もお願いします」


 俺は疲労が蓄積した身体に鞭を打ち、両親が待つテントに戻るのだった。

 


 

 

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