第6話 克服

 「はぁ!はぁ!はぁ!」


 正拳突き、掌底、回し蹴りなど、一つ一つの動作をより完璧に真似る。


 「アレス、闇雲に動作を反復するだけじゃダメだ!相手を想像して鳩尾、顎、側頭部に必殺の一撃を入れることを想像イメージしてやるんだ!」


 「うん!」


 「よし!形になってきたじゃないか!後、3回だ!」


 「98!99!100!ふぅ………」


 『スキル【体術】Lv.1を習得しました』


 「よくやった!5分間休憩したら、次はナイフの捌き方を教えてやる!」


 「うん!」


 筋肉痛が治り、今日も父さんに鍛えてもらっている。戦闘奴隷は戦えなくてはいけない。


 近年は戦争が起こっていないようだが、いつ招集され、戦場に立たされるか分からない。


 この世界では何歳以上という決まりがないので、戦闘奴隷は老若男女問わず、戦場に立たされる。


 足踏みはしていられない。父さんと母さんを守るため、一つでも多くスキルを獲得し、実力を上げなければならない。


 「98!99!100!」


 『スキル【短剣術】Lv.1を習得しました』


 「アレス、戦闘系スキルはいくつ習得できている?」


 「【突撃】【闘術】【体術】【短剣術】の4つを習得できたよ」


 「ふむ…俺の子供の頃に比べれば習得速度が早い。油断しなければゴブリンも倒せるだろう」


 「本当に?」


 「本当だ。それに魔法も使えば安定して倒せるかもしれない。挑戦してみるか?」


 「…少し不安かな」


 「最初は何事も不安が付き纏うものだ。そのために備えをする必要があるが、そのための訓練だ。俺はアレスならできると信じている」


 「…うん、頑張る!」


 「俺がお前を必ず守ってやる。安心して挑戦しなさい」


 父さんに頭を優しく撫でられながら、闘志を高めるのだった。


♦︎♢♦︎♢♦︎♢


 「アレス、あそこにゴブリンがいるぞ。見えるか?」


 「うん…【魔力感知】でも目視でも確認できてるよ」


 ゴブリンが木の棍棒を一本握りしめながらホーン・ラビットを捕食していた。


 身長は1m程度で痩せ細った身体をしている。体皮は緑色で尖った耳、吊り上がった目、剥き出しのホーン・ラビット血に染まった歯。


 想像イメージでなんとなく予想はしていたが、かなり不気味で本能的に目を逸らしたくなる。


 「アレス、運が良いことに周りに他のゴブリンは居ないようだ。一人でやれるか?」


 「…やってみる」


 ナイフを右手に握りながら、慎重に一挙手一投足を注視する。


 「ゴギャ!」


 ゴブリンが俺に気付き、食べていたホーン・ラビットの死体を投げ捨て、棍棒を振り上げながらこちらに向かって走ってくる。


 (ふぅ…落ち着け…)


 ゴブリンとの距離が縮まるにつれて腰が引けそうになる。


 (くそ!動け!俺の身体!)


 「ア、アレスッ!」


 「グッ!」


 結局、俺は何もできずに棍棒で顔面を殴られてしまった。そのまま腰を地面に打ちつける。


 ゴブリンの口は耳に届くほど裂け、涎が垂れている。どうやら俺もこのまま殺して食べる気のようだ。


 俺はどうやら覚悟が足りなかったようだ。ここが異世界のような世界だから、現実を見れていなかったのかもしれない。


 自分のたった少しの甘さで命を落とすのだ。


 「アレス!諦めるな!最後の一瞬のまで状況が決することはない!相手から目を逸らすな!」


 そうだ…まだ致命傷を受けたわけじゃない。相手は油断している。まだ間に合う!


 「アレス!やれーーー!」


 俺はその場を身体を倒し、転がる。ゴブリンのとどめの棍棒の攻撃が空振る。


 俺はすぐに立ち上がり、ナイフを構える。ゴブリンは俺を仕留められなかったため、こちらを睨んでくる。


 俺は顔面の痛みを我慢しながら、必死にゴブリンを睨み返す。


 「アレス!よく立った!お前なら大丈夫だ!」


 父さんの声援を受けると心の波が落ち着いてくる。


 ゴブリンと目が合うとこちらに向かって棍棒を振り上げながら走ってくる。しっかりと棍棒の動きを見て、ナイフで棍棒の軌道をずらす。


 すれ違うようにゴブリンの首を斬ると血飛沫が舞う。しっかりととどめをさすため、ゴブリンの首にナイフを突き刺す。


 「グギャ…」


 ナイフが貫通し、首を掻きむしるように足掻いていたゴブリンが生き絶える。


 『レベルが4に上昇しました』


 『スキル【繁殖】Lv.1を獲得しました』


 「はぁ…はぁ…はぁ…」


 父さんが駆け寄ってきて俺の肩をがっしりと掴む。俺の目線に合わせて屈み、抱きしめてくる。


 「よくやった!…本当は助けに入りたかったが、それではアレスの為にならないと判断した。酷いと罵られようと構わない。それでも、敵を前に生きることを、戦うことを諦めてほしくなかった」


 「…うん」


 「今回の戦闘はアレスにとって大きな糧となるだろう。今後もその気持ちを忘れないようにな!」


 「うん!父さん、応援ありがとう」


 「ははは!気にするな!」


 「…今日は大事なものを得た気がする」


 「そうだな。顔つきや纏う雰囲気が先ほどとは違って見える。立派な戦士になれたようだな」


 「いずれ父さんを超えるような戦士になるよ!」


 「期待している!」


 父さんはゴブリンの死体を籠に入れて、俺と手を繋ぐ。


 いつのまにか額の痛みも消えていた。

 

 

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