Episode31 不撓




「エ、フィ…ミリ、エン、お、まえ…」


 カナデの背から、短剣を刺し抜いたエフィの瞳には、イルと同様に生気がなくなっており、カナデはそれをやったであろうミリエンに、怒りの視線を向けた。


「おっと、こわいこわい…しょうがないなぁ、彼女だけは戻してあげるよ。」


 ミリエンがカナデの視線を受け、おどけた調子でそう言うと、生気の抜け落ちたようなエフィの表情が、徐々に正常に戻り始める。


「……カナデ、お兄ちゃん?」


 完全に正気へと戻ったエフィは、目の前で血塗れの状態で倒れ伏すカナデを見てとって、全身の力が抜けて思わず握っていた短剣を落とす。

 そうして、石畳に落ちた短剣の甲高い音が周囲に鳴り響き、エフィはそれに釣られて視線を下に落とした。


「ッ!」


 落としてみれば、真っ赤に染め上げた自身の手が、まず目に入ってきて、エフィは身体を震わせる。

 そして、自分は何をやってしまったのかと、理解したくない現状を徐々に把握し始める。


「なんで!私っ!」


 エフィはブルブルと震えて膝から崩れ落ち、目の前の惨状を作り上げた自分を、強く叱責した。


「…ごめんなさい、ごめんなさい、お兄ちゃん。」


 それでも、これ以上血を流せまいと、エフィは自身の外套を脱ぎ、真っ白の外套が赤く染まることも厭わずに、それでもってカナデの患部を強く縛り付け止血する。


「エ、フィ…おまえは、わるく、ない」


 そんなエフィの様相に、気丈にもカナデは微笑みかけ、血を流しすぎて冷たくなりつつある手で、そっと優しくエフィの頬を撫でた。


「おに゛い、ぢゃん」


 そんな自分の頬を優しく撫でる、冷たくなった手を、エフィはぎゅっと握って、滂沱の涙を流す。


「美しい兄妹愛だねぇ〜。ま、心臓を捉えたその刺し傷からして、君は間違いなく死んで、ここで終わりだけどね。」


 相も変わらずヘラヘラとしたミリエンが、二人のやり取りにそう言って茶々を入れる。


「おわ、らない…ここで、しんで、も、あきらめたりなんか、しない」


 カナデは、エフィの涙に濡れる顔を見つめてから、力の限りを出して上体を起こし、揺らぐ視界の中でミリエンを見つめ、その言葉を振り絞る。

 そんなカナデの声は震えていたが、その中には確固たる決意が宿っていた。


「ハハハ、面白いことを言うね…死んで呪ってやるとでも言う気かな、君は?」


 決死の様子のカナデの言葉を受けて、ミリエンは真には受けず、軽く問い返す。

 それに対してカナデは、


「ミリエン…おまえの、手の内は、読めた、次、は、お、れが勝つ…」


 今までで一番というほどの、威圧感のある瞳でもってミリエンを睨み据え、そう宣言した。


「─ッ」


 そんな凄みのあるカナデの瞳に当てられて、ミリエンは思わず息を呑む。

 しかし──、


「おに゛いぢゃんっ!」 


 カナデはそれだけの言葉を言い切ると、全てを出し切ったのか、全身からは力が抜け落ち、上体を支えられていたエフィに、体を預ける。


「ご、めん、エフィ、もう、げん、かい、みたいだ…」


 もう殆ど情報を映さない視界でもって、エフィを見つめながら、カナデは最期の時を迎える。


「や゛だよ!じなないで、おに゛いぢゃん!じなないでっ!」


 微かに聞こえるエフィのその慟哭に、カナデは、遠い、遥か昔にもこんなことがあったような、と、何故かそんなことを思って、


 そうして、ゆっくりと、ゆっくりと


 カナデの命の灯火は


 儚くも、消え


 





 ───二度目の虚構世界が終わった



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