Episode30 真価
「お前の魔法は、相手の動きを、停止させるだけじゃ…」
カナデは言葉を発することも煩わしく感じる中で、そう言って、手のひらから眩い輝きを放つ光球を浮かせたハイヴォスを、鋭く睨み据える。
(動きを止めただけじゃ、慣性の法則で俺はあのままミリエンを殺れていたはず。これじゃ、まるで…)
問いを受けて、光球を手のひらを握り締めるようにして消してから、ゆっくりとカナデの方へと近づくハイヴォスは、
「おや、私の固有魔法のことをご存知でしたか。にしても、良くその状態で喋ることが出来ますね。」
そう言って、カナデとの距離を1mほどの所まで詰めて、顎に手を置き、物珍しいものでも見たかのような視線を向けた。
「魔力もないようですし、ミリエンが苦戦するわけですね……と、あなたの問いに答えましょうか。そうですね……あなたがこれを聞いて理解できるかはわかりませんが、学者どもの言葉を借りるのならば、私の魔導封印は、」
そこで一拍おいて、ハイヴォスはカナデの瞳を覗き込み。
「“発動させた瞬間に、力学的エネルギーをゼロにできる魔法”らしいですよ?」
「──ッ!」
ハイヴォスの答えを聞いて、カナデは息を詰まらせる。
そうしてわかった、あのとき慣性の法則すら働く余地がなかったのは、自身の運動エネルギーが失われてしまったからだったのだと。
(なんだよそれ、めちゃくちゃ過ぎるだろ…)
「その顔はどうやら理解できたようですね…」
カナデの浮かべた驚愕の表情を見て取ると、視線をカナデから外し、ハイヴォスはミリエンの元へと近づいた。
「私がこのまま殺ってしまってもいいのですが、それではあなたの面子が丸潰れといった所でしょう。私は戻らせてもらいますよ。」
ハイヴォスがミリエンの肩へと手を置いてそう言うと、カナデの体に掛かっていた、全身を押さえつけられるような感覚が少しずつなくなっていく。
「ハイヴォス……調子に乗るなよ。」
それを受けてミリエンは、煩わしげな表情で肩に置かれた手を払い、ハイヴォスに強い眼差しを向けてから、不機嫌そうに再びイルの横へと立って、カナデと相対する形をとった。
「では、私はこれにて失礼します。」
ハイヴォスがそう言って、暗闇が覆う路地へと姿を消すと、カナデの体を押さえつけていた魔法が完全に掻き消える。
「クッ…」
再び自由を手に入れたカナデは、うめき声を上げて膝をついた。
(これはキツいな…)
セレノアの力を借りて、自身に見合わぬスペックの向上を行った身体は、その時点でボロボロ、その上にハイヴォスの魔法によって無理やり押さえつけられたことで、カナデは満身創痍だった。
「でも…」
カナデは、少し離れた後方に視線を向ける。
そこには瞳に涙を湛えながらも、毅然と自分を見つめ続けるエフィの姿があった。
そうしてから再び、カナデは前を見据える。
そこには、変わらずに生気のない瞳で、こちらへと剣を構えたイルの姿があった。
(俺を信じてくれる人がここに居る。俺が救いたい人がここに居る。そんな人たちが居る限り──、)
「俺は諦めたりなんかしないッ!」
そんなカナデの宣言を受けて、ミリエンは──、
「フッ……ハハハッ!」
「気でも狂ったのか、ミリエン」
カナデから、最初の邂逅時と同じような言葉を告げられたミリエンは、それに対して意気揚々と言い返すかと思いきや、突然に哄笑をあげた。
「あぁ、もういいや茶番はお終いにしようか。」
そう言って、不敵な笑顔をカナデへと向ける。
そんな突然のミリエンの変わりように、カナデが訝しむ視線を送る中。
「なぁ、お前の考えの内にはなかったようだが、教えてくれよ、」
ミリエンは、変わらずの不敵な笑顔を浮かべて──、
「だれが、俺の幻想誘引が一人にしか使えないなんて言ったんだ?」
ハイヴォスがそう言い終わると同時に、カナデは何者かに押されるように、前方へと倒れ込んだ。
「なにが──ッ!」
カナデはそんな状況に受け身を取ろうと、腕を前へと出そうとして──、
そして数巡遅れてやって来た、全身を駆け巡る猛烈なまでの“激しい痛み”に、カナデは受け身も取れずに石畳へとぶつかってのたうち回った。
カナデはそれを起こした原因をなんとかしようと、必死に痛みを感じる背中へと手を動かす。
そうしてそこにあったものは、カナデの背を深々と突き刺した、一つの短剣だった。
「ガッ」
突然にその短剣が勢い良く刺しぬかれ、カナデはうめき声を上げる。カナデは苦しみながらも、それをやった人物を捉えようと視線を背後へとやって──、
「なん、で、こん、な」
そうしてカナデの瞳に映った人物こそは、
カナデの返り値を浴びて全身を真っ赤に染めた、カナデの可愛い妹分たる──、“エフィ”だった。
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