Episode32 The last time





「……虚構の扉よ──開け」


 再び武具店へと舞い戻ったカナデは、何度経験しても、慣れることのない死の感覚に蓋をするように、即座にその文言を唱えた。


「これが最後か…」


 ミリエンに対して、あのように強気な宣言をしたカナデではあったが、虚構世界において、これがラストチャンスであるという、実際には後のない現実に、カナデは険しい表情を浮かべる。


 すると横合いから、


「カナデどうしたの?そんな怖い顔して。」


 先程まで一緒に武具を選んでいた、カナデの突然の変わり様を見て、イルが不思議そうな顔をしながら、そう言って尋ねてきた。

 そんなイルを見て、カナデは心がほっとする感覚を味わいながら、


「イルに聞いて欲しい話があるんだ。」



 そうして、二度目となる自身と未来の実情の告白を始めた。






───────







「大司教が二人も…」 


 カナデの話を聞き、渋い表情を浮かべるイル。

 イルも流石に大司教二人が敵となると、そう簡単に打開案が出ないのか、思案に耽り、二人の間には暫くの沈黙が訪れる。


 そんな静寂の中で、



 ──パンッ



 カナデは覚悟を決めるかのように、自身の頬を両手で強く叩いた。

 それに驚いたイルは、何事かとカナデを見つめる。

 そんなイルの視線を受け、カナデはそれに真剣な瞳を向けて返した。


(次へなんて持ち越させない。これを現実に起きることにさせない。──絶対、絶対にここで、この虚構世界で終わらせる。)


 そうやって、己への約束とするように、カナデは自身の心に誓う。


 ──そうして、カナデは“とある賭け”に出る。



「イル、俺から提案なんだが…」







───────







 夜の闇がすべてを包み込み、静寂が君臨する中、彼の足音だけが規則的に鳴り響く。

 彼は黒い外套を羽織り、風を切って走り続ける。時折、微かな月明かりがぼんやりと彼の顔を照らし出すが、そんな彼の表情には緊張の色が浮かんでいた。

 そうして彼は、ある場所で足を止める。


「待たせたな、ミリエン…」


 彼、もといカナデは、先程まで表情に浮かべていた緊張を消して、城壁の上にて佇み、金髪を夜風に靡かせる彼に声を掛けた。


「あれ?俺達が動いてることに気づいてたのかい?」


 カナデの声掛けを受けて、城壁上から軽やかに着地したミリエンは大袈裟に驚いた表情を作った。


「しかも、大司教たる俺がここに居るのを知っていて、わざわざ単身で来たと見える。」


「お前の考え通りだよ、ミリエン。」


 カナデがそれを肯定すると、ミリエンは目の色を鋭いものへと変える。


「君一人にこの俺が倒せるとでも?」


「あぁ。だから、俺一人で来た。」


 カナデのその言葉に、ミリエンは表情をキョトンとしたものにし、そうしてから暫くすると大仰に笑いだした。


 そうして、ひとしきり笑ってから、


「ハハハッ……俺も舐められたもんだね〜。」


 そう言い、ミリエンはヘラヘラとした余裕の表情で、何故かカナデをジッと凝視しだす。

 そんな、心の内まで探られてしまいそうなミリエンの視線を、カナデは立ち向かうかのように揺るがぬ瞳で見つめ返した。


 そうしていると──、


 ミリエンは余裕の表情から、

 徐々に顔色を変えていく。

 

「何故だ……お前、ゼロなんて、この世界の生物なのか?」


 そう言って、ミリエンはまるで奇妙なものでも見るかのような、愕然とした視線をカナデに向けた。


(よかった…)


 そんなミリエンの様子を見て取って、カナデは若干表情を緩める。

 カナデは前回の虚構世界を経て、ミリエンの使う幻想誘引という魔法の欠点が、仮設に過ぎないが一つだけ浮かんでいた。


(どうやら、俺の賭けは勝ちのようだな。)


 カナデはそう内心でほくそ笑んで、



「お前は魔力を持つ相手でないと、」



 そうしてカナデは、驚愕の面持ちを向けるミリエンへと──、



「幻想誘引を使えない……なぁ、そうだろ?」




 確信を突く問いを投げかけた。






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