Episode25 異能力者の過去 Ⅳ
「セレノア、渡された本は全部読んだんだが、何度やっても能力を使えないんだ……何かコツとかないのか?」
「あら、そうですか…でも、心配しないでください。」
そんなカナデの言葉に、セレノアは座っていた椅子から立ち上がり、カナデの元へと近づいて、温かな笑顔を浮かべた。
「能力を扱えるようになるには、まずご自身の心と能力、そして自然とが一体となることが必要なんです。」
「心と力と自然が一つに…か、そんなの、どうやってやればいいんだ?」
セレノアはカナデに寄り添い、優しく説明を始める。
「まず、心を落ち着かせてください。そして、自分の心の中にクロノ・エーテルが存在していることを強く意識するんです。そうしてから、力を使うことが自然な流れであるかのように、カナデさんが思うクロノ・エーテルのイメージを、心の中で描いて見てください。」
「……分かった。やってみるよ。」
カナデは目を閉じ、深い呼吸を繰り返しながら、セレノアの言葉に従った。
すると、頭の中が“スーッ”とすっきりしていき、心が穏やかになる。
そうしていると、身体の奥底から湧き上がってくる感じたことのない何かが存在することに、カナデは気がついた。
「…これが、クロノ・エーテル…なのか?」
「その通りです!それが感じられたなら、あとは思い描いた通りに力を動かしてみてください。」
セレノアの励ましを受けて、カナデは新たに生まれた感覚に再び集中した。
手を前に伸ばし、目を閉じたままに心の中で時間を操るイメージを作り上げる。
その瞬間、周りの空気が僅かに震えるのを感じた。
「…できた、のか?」
カナデが目を開けると、セレノアは満面の笑みで頷いた。
「はい、できていますよ。カナデさん、初めてとは思えないほど素晴らしいコントロールでした。」
「本当か?でも、これを時間を操るほどにまで使えるようになるとは、思えないんだが……」
「それはこれから。経験を重ねて、使いこなす中で自ずと出来るようになりますよ。最初は基本的な操作から始めて、徐々に色々試していってみてください。」
カナデは少し不安そうにセレノアを見つめたが、彼女の励ましの言葉を信じて取り組むことを決めた。
───────
「セレノアッ!…大丈夫か?」
カナデがここに来て半年が経った。
セレノアが創り出したこの空間は、地球に比べると時の流れが非常に遅く、そんな特性を有効活用して、カナデはひたすらに本を読み耽ったり、異能力を試したりを繰り返していた。
「最近、こんなことばっかりじゃないか。」
この半年間の間で、随分と親しくなったセレノアへとそう声かけしたカナデは、ふらつき倒れ込んだセレノアに肩を貸していた。
「ありがとうございます……そうですね、どうやら限界が来てしまったようです。」
セレノアは俯き、憂いを帯びた、暗いトーンの声音でボソリと言う。
「え?」
「ごめんなさいカナデさん……私がこうして居られる時間が少ないことは、最初からわかっていたんです。その為にその力の制御を急いだのですから。」
そんなセレノアの言葉の理解を拒むように、カナデは頭を振って、その場から少し後退る。
「正直、まだ完璧に扱えているとは言い難いです。三次元空間への干渉などは、虚構世界で起こったことの置換くらいなのですから。」
そんなカナデの様子を見ても、セレノアは続く言葉を止めようとはせず、憂いを帯びたものから穏やかな表情へと顔色を変えて、カナデに語り続ける。
「しかしそれでも、その能力の真価である時間を操るということを、虚構世界内だけとはいえ、よくこの半年の間で成し遂げました。」
なおも、“聞きたくない”と後退るカナデの元に、セレノアは少し駆け足で追いつくと、カナデを優しく抱きしめて、
「……頑張りましたね、カナデさん。流石です。」
優しく背を左手で撫で、右手を頬にそっと添えながらカナデを讃えた。
「限界って…セレノアはどうなるんだ…」
「長い間、動けなくなってしまうだけです。時が経てばまた、こうして話し合えるようになりますよ。」
カナデの問いにセレノアはそう言って、カナデの目尻から僅かに滲んだ涙を、手で優しく拭う。
「長い間って、どれくらいなんだ。」
「それは、わからないですね。」
「わからないって…じゃあ、もう二度と会えないことだって…」
そんなカナデの声は途切れがちで、心の沈み込みようが見て取れた。セレノアと過ごした日々、この虚構世界での特訓の日々は、カナデにとっていつの間にか、かけがえのない時間になっていたのだ。
「心配しないでください。私たちは必ず再び会えます。そして、私はカナデさんなら、この力をさらに伸ばして、真の意味で時間を操る能力者となる日がくると信じています。」
セレノアは優しい声音でそう、カナデに励ましの言葉を送ったが、カナデにはそれは、同時に別れの宣言のようにも聞こえた。
「セレノア…」
カナデは言葉を失い、2人の間には長い沈黙が流れる。
そんな沈黙を破ったのは、セレノアだった。
「カナデさん、私が動けなくなってしまう前に、あなたへ最後の贈り物をしたいと思います。」
セレノアが手を振ると、空間に美しい光が満ち始めた。光は徐々に形を成していき、最終的には小さな光の玉になる。
「これは私の一部…私の力の一部です。これがあれば、虚構世界内で出来る事がもう少し増えるでしょう……‥あなたが生きるあの世界は、既に平和かもしれません。ですが、もしその力を使うときは、是非誰かの為に、人々の助けの為に使ってください……それに、恐らく……できる範囲でいいので能力の修練に励んでください、その力が役に立つ未来がきっと来ます。」
セレノアはそうやって語ってから、光の玉をカナデの胸の中へと、そっと押し入れた。
すると、胸の内に暖かな温もりを感じて、カナデは胸に手を当てた。
そうしてから、カナデは徐に胸から手を離し、顔を上げる。
そんなカナデはまだ瞳に涙を浮かべていたが、表情を毅然としたものへと変えていた。
そうして──、
「ありがとう、セレノア。必ずまた……その時はもっとこの能力を使えるように、そしてこの力は、困っている誰かの為に使うって約束するよ。」
「期待していますよ。カナデさん。あなたの成長、そして再会の日を…」
そんなカナデの宣言に、セレノアは静かに微笑んで、カナデに授けたような小さな沢山の光の粒子となり、その姿を消した。
そうやって消えていくセレノアを呆然と眺め続けたカナデは、それを最後までみとってから胸に手を当てる。そうしていると温かさを感じて、“そっか、この心の内にセレノアは居るんだ”と、そんな感慨に身を委ねた。
崩れゆく虚構の世界を見つめながら、
「セレノア、見ててくれよ…」
カナデはそうポツリと言葉を漏らし、いつか再びセレノアと再会する日が来ると信じて、一歩を踏み出した。
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