Episode27 異能力者の過去 Ⅱ




「え?」


 そこは図書館のような場所だった。

 ようなと、そんな曖昧な言葉がついた理由わけは、その場所は図書館と呼ぶことをはばかってしまうほどの無限の広さを誇っていたからだ。

 そんな場所に置かれる本たちは、カナデの知見の内にない、全く見たこともない文字で書かれており、カナデはまるで別世界に来たかのような気分だった。

 そんな図書館の中心部には、建物内なのにも拘らず、巨大な時計塔が聳えたっており、重々しく時を刻んでいる。

 そうして周囲の確認をしていると、カナデは窓を発見した。外の様子は一体どんなだろうかと、気になって覗いてみると、


「…これは」


 そこは一面、花畑の美しい庭園だった。だが、少しすると、いきなり雪が降り出し花畑を雪景色へと変えていく。


 そんな不思議な景色を眺め続けてわかったのは、外は四季が常識ではありえない速さで、ランダムに移り変わっているということであった。



「ここは私の邸宅の書庫なんです。まあ、レプリカなんですけれどね。おそらく、本物はとうの昔になくなってしまっているでしょう。」


 外の景色に興味津々のカナデを愛おしそうに見つめながらも、セレノアはそう言ってこの場所の説明を行う。


「立ち話では疲れてしまいますし…どうぞ、座ってください。」


 突然、どこからともなくカナデの後方に椅子が現れ、それを手で示したセレノアがカナデに優しく勧める。


「…あの、聞いてもいいですか?」


 セレノアから示された後方の椅子を見てとって、“さっきまで、こんな所に椅子なんてあったか?”と、不思議に思いながらも、カナデはセレノアに軽く会釈をして、椅子に腰掛けた。


「えぇどうぞ、カナデさんの質問なら何でも答えますよ。」


 嬉しそうに、カナデの質問を促すセレノアは、虚空に向かい、まるでそこに椅子があるかのように腰を降ろし始める。

 カナデが“それ以上行くと転んでしまう”と、そう思ったところで、まるで最初からそこに椅子があったかのように現れて、セレノアの体を支えていた。

 そんな、とんでもない光景を見て、カナデは一番に聞いてみたかったことを問いかける。


「………あなたはいったい何者なんですか?セレノアさんとかそういう名前の話ではなく、」


「セレノア、とお呼びください。」


「……セ、セレノア」


 終始笑顔なのに何故か、威圧感を感じるその言葉にカナデは気圧されて、言われるが儘に彼女の名前を呼んだ。


「はいっ!セレノアです!………そうですね〜、なんと言えばいいのでしょうか…」


 所望通りにカナデから呼び捨てにされ、“ご満悦”といった様子のセレノアは大きく頷く。

 そうしてから、カナデから問われたことに、どう答えようかと悩み始めて、


「わかりやすく言うのなら、立場的には神でしょうか?」


「…神?」


「自分で言うのは少々恥ずかしいですが、それが一番適切な表現かと…」


 自分で言っておいて、恥ずかしそうに少し頬を朱に染めたセレノアは、されど、やはりそれが適切な答えだと頷く。


「そうなんですね」


「納得して頂けるんですか?」


「こんなことを体験させられたら、信じる他ないですよ。」

 

 流石に、平時にこんな事をのたまわれても、到底信じられた話ではないが、ここまでの光景を見せつけられては“それもそうなのだろう”としか、カナデは思わなかった。


「それで、もう一つ聞きたいことがあるんですが、」


 そしてもう一つ、カナデはセレノアの正体が何であるかと同じくらいに、気になっていることがあった。

 それは、


「なんのようで俺の前に現れたんですか?」


 なぜ神たるセレノアがこうして、自分の前に現れて、あまつさえ親しげに接してくるのかということだ。


「そうですね、感謝の気持ちを伝えにと、あとは単純にカナデさんとお話がしたかったからでしょうか。」


「…感謝?」


 セレノアからそう言われて、全くもって身に覚えのないカナデは思わず首を傾げる。

 そんなカナデの反応に、セレノアは少し微笑んでから、



「カナデさんに身に覚えがなくても、その気がなくても、私はあなたのおかげで今こうして居られるんです。あの永遠の苦しい呪縛から……だから、カナデさん──、」





「私を救っていただき、ありがとうございます。」




 そうカナデに感謝の気持ちを伝えた。






─────────────







「……どういたしまして?」


 全く身に覚えのないことで、そんな言葉を使うのはどうかと思ったカナデではあったのだが、何も言わないのもそれはそれで、と思ってカナデはそう言葉を返した。

 そんなカナデの言葉にセレノアは満足そうに頷くと、


「本当はこうやって、あなたとたわいないお話をしていたいところなのですが、そうも言って要られません。」


 顔つきを真剣なものへと変えた。

 そうして──、


「特訓をいたしましょうか、カナデさん。」


 セレノアは優しくカナデの肩に手を置く。


「特訓、ですか?」


「えぇ、虚構を創り出す特訓を、です。」


 そんなことを言われて、“確か、ここに来るときにセレノアが虚構がなんたらと言っていたな”と、記憶を思い起こしたカナデは、


「それが、この空間ってことなんですか?」


 それに思い至って、セレノアに問いかけた。


「さすが、カナデさん察しが良いですね。そうです、この空間こそが、虚構世界です。」


 すると、やはり正解であったようで、そんな正解を言い当てたカナデの頭を、セレノアは愛おしむように優しく撫でる。


「…………」


 そうやって撫でられて、意外にも悪い気のしなかったカナデは、ちょっとだけその余韻に浸ってから、気になった問いを投げかけた。


「…………でも、そんなこと。ただの人間の俺にできる事なんですか?」


 神であるセレノアがそれを出来るのは変だとは思わないが、しかし自分なんかに出来るものなのかと。



「ふふっ、何を仰るんですか、カナデさん。」


 すると、そんな言葉の何が可笑しかったのか、セレノアは笑い、


「もはや、と、最初に付きはしますが、この力は──、」



 そこで、一拍ためて、

 カナデに軽くウィンクする茶目っ気を見せてから、






「あなたの物なんですよ?」





 予想外の発言をしたセレノアの言葉が、カナデの耳に飛び込んできた。




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