Episode26 異能力者の過去 Ⅰ




 ───中学2年の春休みのことだった。


 桜の花びらが風に吹かれ、“ひらりひらり”と春の陽光を受けて舞い降りる。


 その様子はまるで、優美な舞踏に見えるほどに美しい光景だった。そんな春の訪れを告げる、桜の木の上からは、鳥たちの気持ち良さげな囁きが、辺りを漂う桜の香りと伴に、周囲を穏やかな空間にしている。

 そこは満開の花を咲かせる桜の木々が、延々と続く桜並木の生える公園。



 そんな思わず足を止めて、見入ってしまいそうになる光景の中に、一人の美しい女性が佇んでいた。

 彼女の美しい黒髪はやわらかな春風になびき、そしてそんな黒髪に映える彼女の瞳は、まるで春の陽光を受けた桜のような色合いだった。

 彼女の存在はまるで、この美しい春の光景の中心にあるかのように感じられて、カナデはひと目でその女性に魅入られる。



「……やっと、会えました。」


 彼女はそう“万感の思い”と、いった様子でカナデに微笑む。その笑顔はまるで、カナデの心を包むかのような温かさを感じさせ、不思議な安らぎをもたらした。


「あなたはいったい?」


「そうですね、まずは自己紹介からさせていただきましょうか。」


 カナデのその問いに、彼女は変わらずの笑顔を向けながら、そう言って、


「私の名前は“セレノア”といいます。よろしくお願いしますね!カナデさん。」


 彼女は嬉しそうに満面の笑顔で、カナデに自己紹介する。

 そうしてから、徐に両腕を広げて、


「うわぁっ!」


 ──いきなりカナデを抱き寄せた。


「…えっと……え?」


「あ、ごめんなさい」


 “綺麗だな”、と思った女性に、突然に笑顔を向けられ自己紹介され、更には抱きしめるまでされて、カナデは思考が完全にショートする。

 そんな様子を見て取って、セレノアと名乗った女性はカナデから“ほんの少しだけ”離れて謝った。


「………」


「つい、心の赴くままに動いてしまいました…」


 そう言って恥ずかしそうに、朱色に染まった頬に手を添えたセレノアは、暫くして神妙なものへと顔色を変えると、


「やはり……ここはとても薄いですね。」


 独り言のように、ポツリとそう漏らす。


 そうして、彼女は───、





「場所を変えましょうか、『虚構の扉よ──開け』」






 その文言を唱えた。




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