Episode19 星座の形

 




「うわぁ!」


 そうやって何度目かの感嘆の声を漏らすエフィは、活気ある市場を見渡し、目を輝かせていた。


 新鮮な果物や野菜が並ぶ店。魅惑的な香りを漂わせる料理を出す店。手作りの陶器が美しく並ぶ店。色とりどりの服飾が風に吹かれる店。夕焼けに照らされ、眩しく輝く様々な宝石を置く店。


 そんな魅力的な店たちが、この市場を行き交う者たちに、まるで心躍らせる魔法をかけているかのようだった。


「本当に賑やかだね。」


 ふと漏れたイルの声には、少々の驚きが滲んでいた。


「イルは前にレガスティアに来たことがあるのか?」


「うん、一度だけ来たことがあるよ。でも、流石にここまでの活気には満ちてなかったんだよね〜。」


 カナデのその問いかけに、イルは微笑みながら、少し息を呑んでいた理由を答える。


「…何か特別なイベントでもあるのかな?」


 そう言ったイルの声音には、好奇の色が混じっていた。



 そんな会話をしながら、興奮を隠しきれないエフィを先頭にして、露店が立ち並ぶ市場を歩く三人。


「あれ、凄く美味しそうです…」


 とうとう我慢できなくなったのか、エフィが誘惑されるように一つの露店を指さして、物欲しそうな目で食べ物を見つめながらそう言った。


 すると、イルがその露店へと歩いていき──、


「その串肉、3本ください。」


 人数分の串肉を注文した。


「お腹も空いてきたし、夕飯まではまだ時間はあるけど、少し食べよっか。」


 イルは店主から三本の串肉を受け取ると、エフィとカナデに手渡した。


「イルお姉ちゃんありがとうっ!」

「本当に色々とごめ──いたっ」


 カナデは背中を叩かれた痛みに、思わずそう声を出して、その痛みを与えた主へと顔を向ける。


「カナデお兄ちゃんっ!」


 すると、“ぷんぷん”といった様子でふくれっ面を向けてくるエフィの顔があった。

 そんな顔を向けられて、そしてカナデは“はっ”と、した。


「いや……色々と、本当にありがとう、串肉ありがたくいただくよ。」



 イルは、エフィとカナデのそんな言葉に、

 “どういたしまして”と、そう言って破顔した。






───────






「美味しいぃ。」


 エフィが幸せそうに、“ぱぁっ”と花の咲くような満面の笑みを浮かべた。


「そうだろう?なんたってこの味には、30年の技と情熱が込められているから、当然よ。」


 店主は己の腕を叩いて見せながら、自信たっぷりにそう言い、満足そうな表情を浮かべている。

 それに対してニコニコとした様子のエフィは、串肉を頬張りながら、“うんうん”と頷いていた。


「確かにとても美味しい……あ、そういえば、ひとつ聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」


 そこへ、イルの声が軽やかに舞い込む。


「おっ?いいぜ、何でも聞いてくれ。答えられることなら何でも答えるぜ。」


 そんなイルの頼みに、店主も快く了承した。


「以前、この街に来たことがあったんですけど、幾らレガスディアといっても、ここまで賑やかじゃなかったんです。今日は何か特別なイベントがあるんですか?」


 イルのその問いに、カナデとエフィも串肉を食べる手を止めて、興味津々の様子で聞き入っていた。


「なるほどな、まっ、その理由は単純さ。今この街には、陛下即ち──、」


 「“剣聖様”が滞在されているのさ。」


 露店の主が答えると、3人の表情には強弱の差はあれど、同様に驚きの色が浮かんでいた。



「剣聖様が!?」


 そんなイルの声が心からの驚きを表していた。






──────






「ここが“風蘭の宿”か…」


 彼らは漸くといった様子で、その宿を見つめていた。



「宿か。うーん、あぁ!それなら、あそこに見える路地を少し奥に進んだところに “風蘭の宿” という場所がある。そこは、清潔で、接客も丁寧、料金も手頃だと冒険者の奴らが言っていたな。そこに行ってみたらどうだ。」そう串肉屋の店主が教えてくれたのだ。



 風蘭の宿に着く頃には、既に夜の帳が下りていた。古風ながらも手入れが行き届いた外観の宿は、商人の言葉通り清潔感があり、温かみのある雰囲気を放っていた。


「3人分の部屋をお願いできますか?」イルが受付で尋ねると、


「もちろんです、お客様。本日は幸いにも空室がございます。こちらへどうぞ」と、宿の仲居はやさしい笑顔で応えた。


 宿の部屋に荷物を置いた後、三人は夕食を取りに再び街へと出た。


 月と星の光で照らされるレガスディアの夜の市場は、変わらずの様相で活気に満ちており、多くの人々が楽しそうに過ごしていた。

 三人は露店で売られているさまざまな料理を試しながら、カナデはこの新しい世界の味を堪能しながら、舌鼓を打った。






──────







 夜が更けるにつれ、三人は宿へ戻ることにした。部屋に戻ってベッドへと横になると、一日の疲れがじわりと彼らの体を包んだ。

 けれどもカナデは、“疲れた”という、一辺倒な心境で体をベッドに預けるばかりではなかった。その疲れさえも新しい発見と経験で、興奮と共に心地良いものだったからだ。


 そんな興奮から、少々寝付けずにいるカナデと対象的に、部屋の一つ一つが徐々に静かに眠りについて、月明かりだけが優しく夜の静けさを照らし始める。


 そんな夜が更けた中で、カナデは窓から見える星空に目を向けた。地球とは異なる、この世界独自の星座を彼の目が捉える。


 その星座の形は彼にとって、この異世界へ来たことの証であり、同時にこれから始まる無限の可能性を秘めた冒険の象徴のように見えた。




「明日はどんな一日になるんだろうか?」


 カナデはそっと独りごとを漏らす。



 そこには不安よりも、期待に満ちた思いが乗っていた。

 彼がこれから遭遇するであろう困難、発見、そして新しい出会い。それら全てがカナデを待っている冒険の一部だ。


 静かに目を閉じたカナデは、旅の続きを夢見ながら眠りに落ちていった。これからの冒険が、カナデにとってどんな意味を持つのか、それを知るのはまだ先のことである。






 カナデが深い眠りに包まれると、地球とは異なる星座の輝く星々が、静かにその姿を見守っていた。





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