Episode18 “あぁ、やっぱりここは…”
「城郭都市だったのか、レガスディアって。」
(確かに、元の世界においての城壁の利点を考えれば、魔物の跋扈するこちらの世界においては、より理に適った都市形成ではあるか。)
カナデは心の内で考えながら、二人と共にレガスディアの入り口へと近づいて行った。
近づいてみれば、城門は所々に何かしらの戦闘痕らしきものが窺え、来るものに威圧感のある荒々しい印象を与えている。そんな城門に石畳の道が続き、そしてその終点には、検問を行う衛兵たちの姿が見えていた。
カナデのうちで緊張が高まる。検問を行う武装した衛兵たちが、不審な者を見逃さんとするように、厳しい目を周囲へと向けていたからだ。
「大丈夫だよ、カナデ。そんな不安な顔しなくても。」
そんな緊張感を表情に出してしまっていたカナデに、イルが優しく肩を叩き、微笑みながら囁いた。
「さっき言った通り、検問の手続きは私がするから、心配する必要なんて何もないよ。」
カナデはそんなイルの優しい言葉に、少し安心した表情を浮かべると、頷いた。そんな二人の様子に、エフィも微笑みながら、カナデの手を握りしめる。
「行こっ、カナデお兄ちゃん!」
二人の支えに背中を押されながらも、カナデは心を落ち着かせ前を向いた。
その心のざわめきは、何も不安のみから来るものではなかった。異世界の都市に初めて足を踏み入れるという、興奮や期待感から来るものでもあったのだ。
そんなカナデの、少々堅い足音は石畳に響いて、不安と期待に満ちた空気と混ざり合った。
──────
検問所は列をなしており、そこには冒険者や商人と思われる者たちが談笑などをしながら、都市内への入場を待っていた。
カナデたちが列に並ぶと、検問を行う衛兵たちがこちらを軽く一瞥してくる。鉄の鎧を身に纏い、長剣を帯剣する衛兵たちは、少し冷徹に見える眼差しで人々を見定めていた。
そんな視線を受け、カナデは再びの緊張を隠せずにいたが、イルの確かな歩みに続くことで、なんとか冷静さを保っていた。
列の先に進むにつれ、カナデは周りの人々のさまざまな話題に耳を傾ける。中には遠くの国から貴重な品を求めてレガスディアを訪れる商人、冒険者たちが次なるクエストの噂を交わす声もあった。
そんな会話の断片から、カナデはこの街がどれほど重要な交易の地であるか、そして冒険者にとって欠かせない拠点であるかを感じ取る。
そうこうして暫く待ち、三人の番が来た。
「身分証の提示、名前、年齢、出身地、そして通行の目的を述べなさい。」
検問官の声は、いかにも慣れたもので、一切の感情を排除したような事務的な声色だった。
最初にイルが前に出て、エヴァレット伯爵家の一族であること、また、自身が元騎士であることを明らかにした。彼女の身分証明書には、紋章がしっかりと印されており、検問官の表情がわずかに和らいだのが見て取れた。
それと同時に、驚愕の表情をイルに向けるのはカナデとエフィだった。
「…イルが、元騎士ってだけじゃなく、伯爵令嬢でもあったなんて。」カナデは目を丸くして言った。
「お貴族様だったんですね。」そんなエフィの声にも驚きが滲む。
(この世界に来て驚かされたのは一体何度目だろ、でもまあ、イルはあんなに強いんだし、元大佐だし、そういうこともあるか。)
カナデはこの世界に来てからというもの、驚愕させられる事象ばかりだった為に、少々感覚が麻痺し始めてきていた。
そうやって思考していると、カナデに小さな疑問が浮かんでくる。
(いや……でもイルから聞いた過去の話だと確か、普通の村出身だったはずじゃ…)
「まあ、色々と経緯があってね。」
まるでカナデの思考に気付いたかのように、イルは苦笑を浮かべながら軽く応え、二人の驚きを優しく受け止める。
カナデはイルのそんな反応から、きっとイルの過去には、自分の聞いた話ではない、他の壮絶な何かがまだあるのだろうと、そう予想した。
伯爵令嬢である、と知らされ、青天の霹靂といった様子のエフィとカナデの二人の入場は、身分証を所持していない点、エフィの複雑な事情、カナデの聞いたこともない日本出身という背景から、少々手こずるものかと思われた。
しかしイルのその身分の為か、エフィに関してはイルが彼女の保護者であることを説明し、カナデについても、イルが保証人になることを伝えると、一応ながら許可がくだされた。
しかし身分証を所持していない場合には、例外なく、一人あたり銀貨1枚を保証金として提出しなければならない取り決めが存在するようで、イルが二人の代わりに銀貨2枚を検問官へと差し出す形となった。
「イルお姉ちゃんありがとうっ!」
「ごめん、イル。本当にお世話になってばっかりで」
「もうカナデってば、毎回そうだよね。エフィみたいに、ありがとうって言ってもらった方が嬉しいものなんだよ?したくてやってることなんだから。」
エフィの頭を優しく撫でながら、イルはそうカナデに諭した。
──────
差し出された銀貨2枚を見て、検問官は少々の思案ののち、イルの手からその保証金を受け取った。
「事情につきましては、承知しました。再度の確認となりますが、問題が起きた場合は、貴方が責任を負う形になりますが、構いませんか?」
イルが伯爵令嬢であると知った検問官は、先程より口調を幾分和らげ、イルに問うた。それに対してイルは頷き、
「はい、問題ありません。」
と自信をもって応答した。
検問官はそれに対して頷きを持って応えると、ざっと一行を見回して──、
「ようこそ、レガスディアへ。」
と、形式的ではあるが、どこか温かみのある声音で彼らを迎え入れた。
三人は無事に門を通り、レガスディアの内部へと足を踏み入れる。入ってみれば、先程まで威圧感を与えていた城壁が、都市を包み込むように防守する様相に、逆に心強さを感じた。
そんな城壁から都市内へと目を向ければ──、
カナデは目の前に広がる光景に息を呑んだ。
夕暮れ時を迎えるその街並みは、絵画のような美しい光景を見せていたのだ。
城壁に囲まれたこの荘厳な城郭都市では、石畳の道が迷路のように都市を繋いでおり。家々の壁面には、時の経過を物語るかのように苔や蔦が這い、それがまた独特の風情を演出している。太陽がゆっくりと地平線に沈み掛けるこの時間帯では、夕紅が石造りの建物に柔らかな赤色を射し、一層の幻想的な雰囲気を醸し出していた。
家々からは、夕餉の準備をする匂いが漂い始めており、煙突からは薄い煙が立ち上っている。駆け回る子どもたちは外での遊びの最後を楽しみ、やがて母親の呼び声に応えて家へと帰った。
そんな、夜の街へと移り変わろうとする中でも、未だに街路に居並ぶ、魅惑的な香りを漂わせる露店からは、客引きの声が絶えず、そんな街路を多くの人々が行き交っていた。
また、奥の方には聖堂の尖塔のような物が見え、夕日に照らされて黄金色の輝きを放っている。その壮大な姿は街のどこからでも一際目立ち、天に向かって伸びるその外観は、都市住民に対する神の守護を象徴しているかのようだった。
「……凄い」
カナデは感無量といった様子で一言だけ、ポツリとそう漏らした。
そうやって、茫然とその美しき光景を眺めていると、カナデはふつふつと湧き上がってくる思いがあった。魔物、騎士、オッドアイに対する実情など、今まで幾度となく、非現実的な光景を見せつけられてきたが、非現実的過ぎたからこそ、カナデにはそれがなかったのだ。
それは──、
“あぁ、やっぱりここは異世界なんだ” という、猛烈なまでの実感だった。
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