Episode20 FIRST TIME


 



 翌日、彼らは必需品を求めて商店街へと買い物に出ていた。

 その中で、カナデは異世界の変わった露店に目を奪われながらも、今はカナデとエフィ、二人の装備を揃えるために武具店へと来ていた。



「カナデ、これなんてどうかな?」


 イルがそう言って手に取ったそれは、黒を基調として、袖口には白で雪の結晶のような、複雑で繊細な刺繍の施された、外套だった。


「シャドウアルクの革で出来ていて、物理と魔法、両方にかなりの耐性を備えてるよ。軽くて、動きをあまり阻害しない質感も、ポイント高いんだよね。」


 それの特徴を説明して、外套をカナデに手渡してくるイルであったが、それを渡された当の本人はといえば、少々の苦笑いを浮かべていた。


(高いのはポイントじゃなくて、価格だよっ。何だこれ、遠慮するなとは言われても、流石にこんな価格帯の外套ばっかりじゃ、選ぶに選べないわ…)


 イルの連れてきたその店は、一見にして他の店とは違った華やかな外観を誇っており、高級店のそれが窺えた。店内に関しても外観の印象を違える事はなく、足を踏み入れた際には、カナデの驚くようなこともあった。

 カナデを驚かせたそれは、店内の何ヶ所かに設置されていた風の出る魔導具であり、どうやらそれは地球で言うところのエアコンであるらしく、室内を快適な温度に保っていたのだ。また、店員の接客も非常に丁寧で、一組のお客に必ず一人の店員が付き添う体制だった。

 しかし、これにイルは“ありがとう、でも選定は私が出来るから大丈夫です。用があれば呼ばせてもらいます。”と感謝しつつも、そう言って店員を下がらせてしまったが。


(イルは前にレガスディアに来たときに、この店で買わせてもらったとか言ってたけど…そりゃ伯爵令嬢だし、そこまで考えてなかったが、高級店に決まってるか…)


 そうやって、悩みながらもカナデが外套を選んでいると、ふと“一人”の客が目についた。

 目を惹かれた理由は単純で、その男は他の客と違い、カナデたちと同じように店員を付き添わせていなかったから、というものと、もう一つ、少々独特な雰囲気をその男が放っていたからだった。


「…“使っておくか”。」


 その男は、魔導具から吹かれる風に漆黒の外套をなびかせて、されどもそのような微風では、その顔は窺えないほどに、深くフードを被っていた。

 なぜそのように顔を覆っているにもかかわらず、その者が“男”とわかるのかといえば、単純にその外套の上からでもわかる、男性的な骨格からだった。そんな身体を覆う黒いマントは、光に触れるたびに青銀色に輝いており、男は平均的な身長でありながら、しかし、佇まいは何処か自信に満ちているように感じられた。

 そんな独特な雰囲気を漂わせるその者は、剣の一つを片手に握りながら、鋭くそれを見つめており、商品を吟味しているようだった。


「イルお姉ちゃん、カナデお兄ちゃん!これどうですか!?」


 そこへ、“わくわく”としながら、一人で商品を見に行っていたエフィが、カナデたちのところへと駆けてきて、“じゃじゃーん”と、見せびらかすように一つの外套を両手で持って、カナデたちの前へと突き出してきた。


「うん!凄くエフィに似合いそうだね。」

「本当だ、エフィにピッタリの可愛い外套だな。」


 エフィが嬉しそうにして掲げ、カナデとイルの二人がエフィにピッタリだと、納得の表情で頷いたその外套は、白鳥のような優雅さをまとう、白い外套だった。

 その外套は、天使の羽ででも出来ているかのような、柔らかな見た目をしており、まるで感触が伝わってくるかのようだった。また、外套のいたる所には、金糸で繊細な刺繍が施されており、更には首元にふんわりとしたファーが飾られている。


「エフィ、ちょっと着て見せてよ。」


 カナデに言われるままに、その外套を羽織ったエフィはその場でくるりと1回転して見せて──、


「どう、でしょうか?」


 少し恥ずかしげにそう言った。


「「………」」


「あの、似合ってますか?」


 二人に反応がもらえず、不安げな表情を浮かべるエフィの前で、カナデとイルは二人ともに言葉を失っていた。


「…いや、びっくりした。似合うだろうなとは思ってたけど、想像以上だよ。すごい似合ってるよ、エフィ。」


「……ありがとう、ございます…カナデお兄ちゃん。」


 カナデにそうやって褒められると、エフィは少し頬をあからめてはにかんだ。

 けれども最後には、“にっ”とカナデに笑いかけて──、


「イルお姉ちゃん、私これにしますっ!」


 そう元気よく宣言して、イルにも満面の笑顔を向けた。


「うんうん、本当に似合っているし、良いものを見つけたね、エフィ。」


 イルもエフィのそんな笑顔に釣られて、表情を緩めながらそう応えた。


「……イル、ちょっといいか。」


 そこへ、幾分声を抑えたカナデが、イルの近くへと寄って、少し聞きづらそうにしながらも問いかける。


「うん、なにかな?」


「エフィがあんなに喜んでる所で言うのもあれなんだけど、あれで身を守れるものなのか?」


 エフィに幾ら似合っているとはいえども、どうしても心配になってしまった事を、カナデはイルの耳元で囁くように尋ねた。


「まあ、そう思っても無理ないよね。あんなに柔らかそうな素材だから。」


 イルも小声でカナデに応え、


「でもね、あの素材はセレスティアルディアという滅多にお目にかかれない魔物の素材で、物理攻撃に対してはそこそこといったところだけど、魔法においては、様々な素材の中でもトップクラスの耐性があるんだよ。」


 その素材の長所たる特性を教えた。


「ちなみにあのファーのところの毛は、セレスティアルディアの喉元に生える柔らかな毛だね。」


「へぇ~、本当にイルは博識だな。勉強になる。」



 そうやって、たわいないやり取りをしながら、様々な武器防具を見る一行。

 最終的には、カナデは結局、最初にイルにおすすめされた、あの黒に白の刺繍のなされた外套と短剣を買い、エフィはとても気に入ったあのセレスティアルディアの外套と、カナデと同じく短剣、そして様々なものが入るマジックバックと呼ばれる魔導具を買って──、

 そうやって買い物を終える頃には、カナデはあの独特な男の存在を忘れていた。





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