Episode16 エフィの決意
「ハッ!」
飛び散る鮮血、イルの鋭い剣閃が、数十もの醜い矮躯の魔物を、呆気なく物言わぬ肉塊へと変えていく。
「ふぅー」
危なげもなくそれらの魔物を一網打尽にすると、イルはひと呼吸ついて、後方に下がらせていたカナデたちの元へと戻った。
あれからカナデたち一行は、度々遭遇する魔物をイルが率先して掃討しながらも歩を進め、レガスディアまでの旅程の半分ほどを終えていた。
「やっぱり、イルは凄いな。今のゴブリンの数、今までとは比較にならないくらいだったけど、それをこんなにあっさりと片付けちゃうんだからさ。」
カナデが興奮混じりに、イルのその類稀なる剣技を賞賛した。
(これじゃ、俺の異能の出番は当分の間ないだろうな。……にしても、グロい。ここまでで少し慣れたけど、この数の魔物の死体は流石に…)
旅程の半分ほどを消化した今でこそ、イルのその剣技を称えるまでの余裕を持つまでになったが、旅を始めたばかりの頃といえば、カナデはその戦いを見ることさえも憚っていたのだ。
(でも、この世界に来てしまった以上、こういう場面には度々遭遇するだろうし、自分で戦う時も絶対に来るだろうから慣れていかないとなぁ。)
「ありがとう、カナデ。でもまあ、これくらいはね。幾ら数が居るとは言えど、ゴブリンは最下級の魔物だから、負けちゃったら、元王国騎士の名折れってやつだよ。」
「魔石取ってきますっ!」
そう言って二人の後ろから、ゴブリンの躯が数十と重なる悲惨な現場へと、短刀を持って駆けていったのはエフィであった。
「何回見ても、根性逞しいばかりだよなぁ。」
「本当だよね……でも、こう何回も見ていると、やっぱり…魔石剥ぎなんて作業大変だし、私がやるからいいのに…」
「まあ、ああ言われちゃあな……それにあの手際、エフィの言う通り結構慣れてるっぽいし。エフィは俺よりよっぽどイルの役に立ってるよなぁ。」
エフィは自ら率先して、魔物の魔石剥ぎという大変な役目を買って出ていた。
魔石というものは、魔力を内在する石のようなものの事で、多くの場合魔物の心臓部に存在しているものである。見た目は宝石のようなものであり、魔物によって形、大きさ、色、など千差万別で、それによって売買される価格も大きく変わってくる。
使われ方も様々で、一般的には、魔導具に使用されることが多く、今回イルが討伐したゴブリンにおいても、最下級魔物といえども、そこそこの価格で売買されているのだ。
それはそうとして、イルやカナデは魔石剥ぎなどという作業を、エフィにさせる訳にはいかないと考えていたのだが…
「私ではこれくらいの事でしか、お役に立てません。ですから、私にやらせて欲しいんですっ!」
エフィは、ふんすふんすと可愛らしく鼻息を荒くし、張り切ってイルたちにそう願い出ていた。
「でも魔石を取り出す作業は、そんなに簡単じゃないし、何よりも、子供がやるような事じゃないよ、エフィ。私に任せておいて。」
魔石の剥ぎ取りというものは、それなりの知識がなければ、取り出すことさえ難易度が高く、また時間もかかってしまう為、イルの言は尤もなことだった。
「……でも、これでも魔石剥ぎは意外と慣れているんです!……村の人たちが偶に倒してくる下級の魔物たちの魔石を剥ぐ役目は、私に割り振られていましたので、多少拙くはあるかもしれませんができます!」
「……それなら余計にだよ。子供のうちからこんな、魔石剥ぎなんて大変な作業をさせるなんて、あの村の人たちと同じことはできないよ。」
子供には精神的にも肉体的にも重労働な、魔物の魔石を剥ぎ取るという作業を、村の者たちがエフィにやらせていた事実に、イルは心底憤慨していた。
「大変だなんて思ってません!…確かに、村の人たちにさせられていた時は嫌でした。けど、今こうやって、今までやってきた事が活きて、お役に立つことができるのなら、やらせて欲しいんです!」
イルの否の声を聞いても、それでもエフィはめげずに頼み込んだ。
イルはエフィに対して、一緒に連れ出してあげることしかできない、まだ私はエフィに何も出来てない、と、そう思っているが。
エフィは、イルの自分にしてくれた事を決して小さな事だなどと思っていなかった。
あの辛く、未来の見えない村から連れ出してくれたこと、同じ眼を持つ私でも大丈夫なのだから、あなたもきっと幸せになれると言ってくれたこと、そしてこんな眼でも、胸を張って生きていける世界に変えてあげると言ってくれたこと。
それらの言葉をくれたから、そんなイルが行こうと言ってくれたから、今こうしてエフィは旅の仲間になったのだ。
そして、エフィはそんなイルの助けになるのならば、
“私はこの人の為に何かしたいと、私も変わりたい”とそう思った。
「…………駄目、でしょうか?」
「うっ!……わかった、じゃあエフィに頼むね。でも!大変だったらすぐ言うんだよ?すぐに代わるからね。」
エフィの涙ぐんで、上目遣いでこちらを覗き見る視線に耐え切れずに、イルはそう了承した。
「ありがとうございますっ!」
エフィは弾けんばかりの笑顔でそう言うと、早速と言わんばかりに、イルから短刀を受け取り、魔石の剥ぎ取りへと向かった。
「…はぁ、どうにも私は子供の涙に弱いみたい。」
「あはは、でも俺もあれには耐え切れそうにないな…」
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