Episode8 目標、そしてそれぞれのその差異は






「あっ、見えてきたね!」


 イルの朗らかに発されたそんな言葉に動かされて、カナデは前方に向けて目を凝らした。


「本当だ!」


 カナデは感動の余りに語気を強くし返答する。

 カナデ達のその前方には、柵に囲まれた小さな村が存在していた。


「はぁ。な、長かったぁ。」


 カナデは少々息を荒げながらも、安堵の吐息を漏らす。

 カナデ達が最寄りの村を目指し歩き始めてから、既に三時間程が経過していた。あの鬱蒼とした森を掻き分けながら村を目指したその時間は、戦闘でボロボロのカナデには心底きついものとなったのだ。


「凄いな。イルは」


「?」


 隣を歩いているイルからは、疲労の色一つ見られない為、思わずカナデは感嘆の声を漏らした。


「さすが、元騎士ってだけあるよ。」 


「あ、うん!まぁそうだね。体力とかはちょっと自信あるかな〜。」


 そこで、話の論点に気がついたイルは、少し嬉しそうにそう返す。


「そういえば、何でイルは騎士を辞めたんだ?」


 騎士の話題になり、“そういえば”と、少し気になっていたことをカナデはイルに尋ねてみる。


「あー、うん。まあ色々と事情があってね。一区切り付いてから村で話そっか。ほらっ、もう着くよ!」


 それに対して、曖昧に返して話題を後回しにしたイルは、カナデにそうやって前を見るよう促した。

 促されて、カナデが再び前方へと視線を動かすと、村にもうすぐそこまで近づいていた。




  

_________







 村の入り口、そこには暗い表情を浮かべたエフィの姿があった。

 それを見てとったカナデは、疲れも忘れてエフィの元へと駆け出す。


「エフィ!」


 カナデの呼び声に動かされ、顔を上げたエフィ。

 そうして、カナデの無事を確認したエフィは、


「カナデお兄ちゃんっ!」


 暗い表情から一変、満面の笑顔を浮かべてカナデの元へと駆け寄り、カナデを抱きしめた。


「よがっだ、よがったです」


 無事だったという事実を、涙を流しながら、カナデを強く抱きしめることで確認するかのようなエフィの様子に、カナデはそっと優しくエフィの頭を撫でて応える。

 

「…あの、カナデ。この子がこの村に来たかった理由?」


 そこへ少し入りづらそうにやって来て、カナデに小声で問いかけたのはイルであった。


「あぁ、そうなんだ。イルと会う前にあの森で、この子、エフィとあってさ。あれ、そういえばなんでエフィはあんな森に居たんだ?」


 カナデのそんな疑問を聞いて、エフィがそれに答えようとカナデの胸元に埋めていた顔を上げた、

 その時──、



「え、あなた、その眼…」



 イルがそう言って、驚愕の表情を浮かべた。

 するとカナデが、



「あぁ〜、エフィのこの“オッドアイ”か。綺麗だよな。」



 エフィの頭を撫でながら、そう言う。

 そう、エフィの瞳は、月のように輝く白銀色の眼と、吸い込まれるような漆黒の眼をしたオッドアイであった。

 カナデのそんな言葉に、イルは驚愕の表情を強めて、エフィは恥ずかしそうに頬を赤らめて、再びカナデの胸元へと顔を埋めてしまう。

 そんな二人の様子にカナデが首を傾げていると、



「そう、そっか。カナデってそういう人だったんだね。」



 言葉だけを見れば、冷たそうな表現ではあったが、イルが言ったその言葉には、強い喜色が込められていた。





───────







 仕事があるので、といってエフィと別れたカナデ達は、村人たちに自分達の事情を話した。だが、流石にこんな寒村には宿舎は存在しないのだそうなので、“なんとかならないですか?”とお願いした所、村の村長の家で寄留させてもらえる事となった。

 勿論、それなりの対価を支払って──、


「すみません!イルさんにだけ出して貰っちゃって、後で必ず、必ずきっちりお返ししますので!」


 そう言ったカナデは、心底申し訳なさそうな表情を浮かべていた。

 命の恩人であるイルに、宿代まで出してもらうというのは、カナデとしてはとても引け目を感じたのだ。


「いいよ、これくらいは全然。それにほら、さん付けになってるよカナデ、お互い敬称は付けないって事にしたよね。あと、敬語も。」


 それに対して、イルは”ジト”とした目をカナデに向ける。


「うっ、いや、まあそれはそうだけど……と、取り敢えず!お金の方は後できっちり返すから!」


「律儀なんだね、カナデって」


 そんな真面目なカナデに、イルが軽く苦笑した。


「普通だよ。借りた物を返すなんてのは。」


「ふーん。難儀な性格に産まれてきちゃったんだね。」


 イルがそんなふうに冗談めかして言えば、


「はは、恩義を忘れるような輩になるよりは、よっぽどいいだろ?」


 カナデも少し冗談めかして返す。


「まあ、私は好きだよ。そう言うきっちりしてる人は。」


「…………それはどうも、ありがとう。」


 予想外の返答をされて、一瞬だけ思考を停止してしまったカナデは、再始動すると、ぎこちなくもそう返した。



「で?理由を聞きたかったんだよね?」


「えっ?……あっ、イルが騎士を辞めた理由か、あぁ、何で辞めたんだ?…その、なんだ…騎士ってやっぱり大変なのか?」


 カナデの中の騎士のイメージは剣を持ち、敵兵と戦う姿である為、カナデはとても大変な仕事であろうと推測した。


「うん、まあ大変って言えば、大変ではあるんだけど、私が辞めたのはそういう理由じゃないよ。」


「やっぱり当たり前だけど、騎士って大変なのか……それで、大変なのが理由じゃなかったら、いったいなんでなんだ?」


 カナデの予想していた理由とは少し違い、さらに興味を惹かれたカナデはそう問いかける。


「うん、ほら最近布告された、あれを転機に辞めてしまおうと思ったの。」


「えっと、その布告って?」


「この三年間で、最も剣聖になるに相応しい功績を挙げた者に剣聖の座を叙位するっていう奴だよ。」


「へぇー、そんな事があったのか。」


 これもフィガルの森に続いて、地球の日本で産まれ育ったカナデには、知る由もない事だった。


「えっ?知らなかったの!?」


 そう言ってイルは目をまんまるにして、心底驚いた、という表情をする。


「まあ、遠くから来たからなぁ。」


「この国の国民は勿論、隣国の国民達にも知らない人は誰一人いないぐらい衝撃的な布告だったのに、カナデの国はいったいどれだけ遠いの!?」


「へぇー、そんなにも重大な出来事だったのか。剣聖って凄いんだな。」


 そうは言われても、それがどうして、隣国の国民達も知らない者がいないくらい、衝撃的な布告であったのか知らないカナデは、取り敢えずながらもそう返した。


「それはそうだよ。剣聖ルシウス・ジュカはこの国、ネオルテア王国の建国者で、魔帝王……そして狂乱の悪魔までも討伐した人物なんだから…そんな人が剣聖の座を譲り渡そうとしているって聞いたら、衝撃的って感じでしょ?」


 イルは、そう熱弁した。


「な、なんかホントに凄いな。」


 カナデはなんとなく凄い事を察し、そう応える。


(魔帝王とか悪魔とか何かヤバそうな単語が出てきてたしな)


「うん、本当にすごい人だよ剣聖様は。」


 そう言ってイルは、一泊置いて再び話し出す。


「私の小さい頃からの夢というか、目標が剣聖になる事だったの。それでこの世界を変えてやるってね。それで、私小さい頃から必死に剣の修行に励んだんだ、その会もあって王、直属の親衛隊にも入団できて、そこの大佐まで成り上がった。皆はその歳で凄い、天才だなんて私の事を持て囃したけど、私は薄々気づいていたの。年々自分の成長という伸びが少なくなっている事に…それで私は旅に出る事にしたんだ、自分自身の研鑽と功績を挙げるために、ね。」






_________






「凄いなイルは、ほんとに。俺とは大違いだよ。そんな大きな目標があって、その目標を叶える為に思い切った決断ができて、努力もしてるなんて。」


 先程のイルの話を聞いて、自分の私生活を思い出し、カナデは少々自分が情けなくなった。

 特にやりたいと思う事も夢もなく、出された課題をこなして、友達とだべり、息抜きに好きな本を読んで、そして学校に通う。


 すべてが漠然と、流されて、そんな毎日だったからだ。



「いや、決してそんな事はないと思うよ。私はやるべき目標にただ早く出会った、それだけ。カナデも、目標とか見つけて、それに向かってひた走ってみれば、新しい自分というか、少し違った自分になれると思うよ?…まぁ、そうやって辿り着いた結果、これじゃなかったな…なんて損した気分になる事もあるかもしれないけどね?…でも、そうやって目標に向かって努力した時間は、きっと無駄になったりなんかしない、頑張った分何かしら自分のプラスになって、その先の自分の大きな糧になってくれると思うんだ。……少し変わってるかもしれないけど、私の場合は目標が見つかって楽になったなぁ。剣聖になるって目標を持つようになる前は、苦しかったし…」


 イルは遠い眼をしながら、何処か懐かしむようにそう語り、最後にはその碧眼の奥に、毅然たる決意を湛えていた。


「目標を見つける、か……」


 そんなイルの言葉を受けて、そこでカナデは思いついた。自分が“したい”と思った事を。


(でも、迷惑になったりしないだろうか………いや、言って前に進むべきかもしれない。もし断られたとしても、自分が1歩でも前に進もうとしたこの気持ちが、一番大事な物な気がする。)


 そうカナデは心の内で整理して、イルの目を見つめ、覚悟を決めた。



「……あの俺、イルの…その、その目標の手助けをしたい。」


「手助け?」


 そんなカナデの要領を得ない言葉に、イルが不思議そうに首を傾げる。


「あぁ、命を救って貰った時から、何か手伝えれば、何かの役に立てればと思っていたんだ。」


「そんなに気にしなくていいよ?あんな状況に出くわしたら助けるのは当然だし。」


 イルは本当に当たり前のような声音と表情でそう言う。


「はは、ありがとう。」


 そんなイルの言葉にカナデは思わず微笑んだ。


「でも違うんだ。」


「違う?」


(そう、違う)


「本心から、俺がやりたいと思った事なんだ。イルが言ってたその目標ってやつ。今思いついたのがそれなんだ。俺はイルの役に立ちたい!…まぁ、目標って言うのとは、少しずれちゃってる気もするけど。」


 カナデはそこまで熱く言い切ってから、

 何故か“あっ!”とした表情をすると──、


「あ、でもイルには迷惑かかっちゃうかもしれないし、いや勿論かけるつもりはさらさら無いんだけども、でもとても身勝手な目標だから…嫌だったら断ってくれて構わないから。」


 カナデは照れ隠しをするように、早口でそう言い切る。

 そんなカナデに対してイルは、



「ふふふっ、断るなんて、そんなわけないよ。こちらこそよろしくね、カナデっ!」



 嬉しそうにして、その提案を受け入れた。




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