Episode4 追憶の彼方





 悠然と現れた4体の狼たちを、カナデは鋭く睨み据えた。

 そうしてから、軽く息を吐いて、


「フッ!」


 手に握りしめておいた石を、4体の狼たちに向かい順に投げつけた。

 投げつけた石は破裂音を立てて、“2体”の狼たちの体に次々と命中する。通常の狼と変わらない程度の大きさの2体の狼がよろめき昏倒し、残りの先程戦った狼と同程度の大きさの2体は、それを避けて見せ、距離を取って警戒するように唸り声を上げた。


「ふざけやがって……」


 カナデは歯を食いしばってうめき声を上げる。投石で2体を無力化できたとはいえ、残りの2体は恐らく強敵。


 そんな2体の狼たちは一斉に飛びかかり、カナデ目がけて襲い掛かった。カナデはなんとかそれを躱すと、同時に手にしていた木の棒で応戦する。

 そうして2体との激しい攻防が展開され、先程の戦いで既にボロボロのカナデは、徐々に体の限界が近づいてくる。


「このままだと…流石に」


 カナデは必死に考えを巡らせた。この窮地を逃れるには、何かしらの奇策が必要なのは明らかだった。


(クソッ、どうすれば、どうすればいいッ!)


 しかし、戦闘経験のないカナデにそんなものが浮かぶはずもなく、焦燥が募っていく。

 そうして──、



「グッ」


 カナデはついに限界を迎え、狼たちに突き飛ばされ宙を舞う。

 そうして、何度か地面を跳ねてから停止した。



(俺は、ここで、終わり?なのか)


 冷たい地面に身を横たえながら、カナデの身がブルブルと震え始める。


(仮に、戻っても次は現実だ…ああは動けない……イヤだ死にたくない…)



「嫌だ……俺はッ!」



 カナデがそんな、如何にもならない叫びを上げた。    


 刹那──、





 ───少女の声が頭を過った









【こんな私を貴方は助けてくれるの?】



【ふふっ、楽しいね! ─── 】



【大丈夫だよ! ─── はとっても強いもん!】



【そうやっていつも ─── は私をからかうんだからー。】



【やっぱり、 ─── は優しいね。】



【 ─── のおかげで私は今とっても幸せ。……あなたに助けてもらえて、本当によかった。…ありがとう ─── 。】



【 ─── お願い!お願いだからっ!!死なないでよっ!!ねぇ!! ─── とまだ話したいこと、一緒にしたい事たくさんあるの!!だから、だから私をまた一人にしないでよ……お願いよ…………私を置いていかないで…】



【ずっと一緒に居てくれるって言ったのに……】









突然だった


聞いたことのある声が頭の中に響いた


いや、思い出したような感覚なんだ


夢の中で何度か聞いたその声


だがしかし、実際には知らないはずの声


昔から知りたかった、その声の持ち主の正体を


不思議だ


そう、なぜだかいつもその声は自分に力をくれる、温かい気持ちにさせてくれる


そして、何故だか少し悲しい気持ちにもなる


諦めず立ち上がらなければいけない


まだ諦めるわけにはいかない


そう思う気力を自分に与えてくれる


実際には、聞いたことのないはずのその声




だがその声は何故だかとても…




(やっぱり、とても……懐かしく感じる声、なんだよな)



 僅か、刹那の間に頭に過った、先程の声に対しそう思いながら。


 カナデは痛む身体に鞭を打ち、ゆっくりと立ち上がった。



(そうだよな……生きたいのなら最後まで足掻かなきゃだよな。)


 そうやって、カナデは己で己自身を鼓舞した。そんなカナデは悲壮な表情ながらも、生き抜こうという気力のある表情にも見えた。



「最後まで…最後まで粘らせてもらうッ!!」



 そう高らかに言い放ち、その声に反応し突撃してきた1体の狼に対し棒を構える。


「ハアアァァーーッッ!!」


 カナデは叫び、突撃してきた狼に対し、痛む体に無理をしながら、全身全霊渾身のパワーを己の身の内からひねり出して、木の棒を横薙ぎに振り払う。

 それはカナデの狙い通りに狼の芯を捉えて、茂みの奥へと吹き飛ばした。


(次だッ!)


 カナデもそれに好感触を得て、残りの狼へと視線を動かす、



 ───しかし、



「いない!──ッ!」


 


 先程まで居た場所には狼は居らず、側面から気配を感じて、カナデはそちらに急いで振り向いた。

 そこには──、


 カナデとの距離を30cmほどの所まで捉え、勢いそのままに齧り付いてやろうと迫る、鋭くとても長い牙。


 平静を取り戻し立ち向かったところで、劣勢という状況が変わる訳では無いのだ。変わったのはカナデの心持ち。只それだけ。

 結局、予想された結果は覆ることなく、カナデの身に襲い掛かる。


(でも……頑張ったじゃんか、俺。そうだよな……何もせず、惨めに死ぬよりはまだ、良かった、よな。)


 死に際の、僅か、刹那の間に、

 カナデはまるで悔いがないかのように、そんな思考をして…



 でも気づく、いや本当はわかっているのだ。


 そう、視界に入る木の棒を持った己の体は…


 




 “待ち受ける死の恐怖に震えていた”




(ははは、何を強がってるんだろ、俺は…)


(やっぱり、やっぱり、まだ……まだ俺は!)




「死にたくねぇよォッ!!」














 ──瞬間、風が吹き


 ──血飛沫が舞った

 




「安心して。もう、大丈夫だから。」



 そしてカナデの耳に届く、鈴の音のような透き通った綺麗な声。


「え゛っ?」


 そんな場違いな声に対して、嗚咽混じりの反射的な声を上げたカナデは、涙でぼやける視界を腕で拭い前を見据える。


 見据えた先に居た人物は…





 優しげな顔でこちらに手を差し伸べる、右目に眼帯をつけた赤髪の少女だった。




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