Episode5 物語の主人公ならば
「安心して。もう、大丈夫だから。」
「え゛っ?」
そんな場違いな人の声に、カナデは涙を浮かべながら間抜けな声を出して、腕でその涙を拭い瞼を開く。
するとそこには、
赤髪に碧眼、そして右眼に眼帯をした。自分と同い年くらいであろう少女が、心配そうな様子でこちらに手を差し伸べていた。
そんな状況の中でカナデは、彼女の差し伸べられた手を取るでもなく、謝辞を述べるでもなく、彼女を瞳に写して只々ほうけていた。
そう、さながら物語の主人公のように颯爽と現れた少女は──、
まるで、天使の様だったのだ。
木々の葉の隙間から僅かばかりに零れる木漏れ日が、少女の美しさを讃えるように少女の髪を照らし、その髪は美しく煌めき、また少女の碧眼は、まるでこちらの心を見透かしているかの様な、美しく透き通った、だが、深く深く掴めない、そんな碧さを持つ眼である。
そして少女の持つ白磁のような肌が、少女の神々しさをより一層際立たせ、その白い肌に嵌め込まれた唇は、苺の様な艶やかな赤みを持っている。
吊り橋効果なんて安っぽいものは働いていない。いや、働いていたとしても、それは微々たるものであろう。
これほど長々と言葉を並び立てたが、要約すれば彼女はそれほど、“ただただ純粋に美しかった”のである。
_________
数十秒後、
「おーい、ねぇ、大丈夫?」
少女に見惚れた状態で、いつまで経っても停止しているカナデに、変わらずの心配そうな表情を向けながら赤髪の少女が尋ねる。
「っん、まあ、あぁ、ほんとに、だいじょうぶ………ん?あっ!いや、そんな事よりあの狼はッ!!」
そんな彼女の問いに、徐々に思考を正常に戻し始めたカナデが、状況を整理出来ていないままに叫ぶ。
「それなら、ほら、もう大丈夫だよ。」
彼女は随分な慌てようを見せるカナデを落ち着かせようと、少し横に移動し、後ろの光景をカナデに見えるようにした。
「…これは……この、この狼達は!…君が、いや、あなたが倒してくれたんですか?」
彼女に促されて向けた視線の先には、先程まで文字通りカナデに牙を剥いていた、狼達の死体が転がっていた。
よくよく見てみれば、カナデ自身が昏倒させた個体も少し離れた所で息絶えている。
そんな狼達の亡骸を見て、カナデはこれ以上無いだろうと言うほどに深く安堵した。
「うん、まぁそうだけど『ほんとに………本当に。ありがとうございました。本当に、助けて頂き、ありがとうございます。』」
カナデは少女の言葉を聴き取って、喰い付くように、彼女へと心の底から感謝の念を込め、深々とお辞儀をしながら感謝の言葉を告げる。
そんなカナデの目尻には、僅かばかりの涙が零れていた。我慢したのだが零れてしまったのだ。
それは安堵からの涙だった。
カナデはフラッシュバックするように、あの狼の自分に襲い来る鋭い牙が、鮮明に脳内に焼き付いて離れなかったのだ。
(もし、あのまま食い殺されていたら…)
カナデはそう考えて身震いした。
もしそうなっていたら──、
(どれ程の痛みに苦しみながら、俺は…)
「本当にありがとうございました。」
カナデはもう一度、自分は生きているんだという事実を噛みしめるかのように、彼女に感謝を伝える。
「ふふっ、いえいえ、これは私の仕事だし、何か大きな声が聞こえたからこっちに来てみたらね。間に合って良かった。」
少女は、微笑みながらもそう答えた。
そんな少女の微笑みが、カナデにはとても輝かしく感じた。
だが、
(……ん?)
少女の言葉を振り返り、反芻して、そうして彼女の言葉の中の一つが、カナデの内で引っかかる。
「仕事、ですか?」
こんな森であんな猛獣と対峙して、助けることが“仕事”。
なんていうものは、カナデの内では思い当たらなかったのだ。それの答えを求めるように、思わずカナデは問いかける。
「あっ、なんか抜けきらなくて。あ〜、私、これでも元騎士だったんだ。」
(…騎士?……いや、エフィが魔力だとか言ってたし、色々変だとは思っていたんだ。なるほど俺は、…………異世界に転移でもさせられたっぽいな。ハハハ……はぁ、そんな訳あるか。)
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