Episode3 死闘の末に




「虚構の扉よ──開け」



 カナデはその文言を3回口にした。

 すると、途端にカナデは顔色を悪くし、口元を手で抑える。


「これはきついな。精神的にも肉体的にも。」


 そうポツリと漏らしてから、

 カナデは狼を見据えつつも、しゃがみこんで、足元に落ちていた石ころを左手に。そして鬱蒼としているだけあって、そこらじゅうに落ちていた落ち枝にしてはしっかりとした、武器を右手に取った。

 そうして──、


「サードタイムだッ!行くぞッ!」


 高らかに言い放ち、カナデは狼に向かって駆け出した。


「ッ!…速い」


 そうやって少女が驚くのも無理はないと言うほどに、カナデは陸上選手も真っ青な速さで持って、狼に肉薄する。


「ハアァァ!」


 狼は獲物に過ぎないと思っていた、カナデの予想だにしない動きに驚きつつも、反射的に大きな口を開いて噛みつこうとした。

 しかし、カナデはその動きを見越しており、狼の顎が閉じる瞬間をすり抜けて横へと滑り込む。


「ここだッ!」


 カナデは持っていた枝で狼の側面へと叩きつけ、そうして怯んだ狼の眼へと、至近距離で石を投石する。


 しかし、狼の反応は速く、皮膚を掠めていきながらも、かろうじて避けられてしまう。

 それでもカナデの攻撃は、狼に小さくない衝撃を与えたようで、痛みに怒った狼は、より一層猛烈にカナデに牙を剥く。


 カナデはそんな狼の襲撃をかわしながらも、果敢に立ち向かった。狼の牙が彼に迫る度に、カナデの瞳には決死の覚悟が宿る。


(こんな所で、負けてやるわけにはいかないんだよッ!)


 身をよじり、狼の牙が肌をかすめていくだけの間合いで、カナデは相手の攻撃を躱していく。

 その動きはまるで風のように素早く、狼ですらまともに捉えるのが困難なほどのものだった。


「ハアァッ!」


 そうして畳み掛けるように、狼の少しの隙を狙って、カナデは狼の頭部へと素早く蹴りを放つ。

 そんなカナデの攻撃に、狼は激しく咆哮を上げながら、痛みによってバランスを崩した。


「これで終わりだ!狼野郎ッ!」


 カナデはそれを逃すことなく、加速して近づき、木の棒を狼の頭部へと振り払う。


 しかし──、


 なんとか体制を立て直してみせた狼は、逆にその攻撃を躱してから、カナデの腹部に爪を突き立て前足を振るった。

 瞬間、鋭い痛みがカナデの全身を貫く。


「ッ!──クソッ」


 しかし、カナデは歯を食いしばりながらも、悲鳴を必死に抑えこむ。



「や、るな…」


 カナデは狼との死闘の中で、自身の限界へと手を掛ける。


(息苦しい、心臓の鼓動もうるさい、でも)


 脈拍が加速し、汗が流れ落ちる中、それでもカナデは立ち向かう。


 そんな中、心の内で自らに問う、“何故、戦うのか”と。

 死にたくないから、まだやりたいことがあるから、そんな理由も確かにあった。

 だが一番は──、


 (“あの人”との約束を俺は反故になんて、したくないんだよッ!)


 己の生にしがみつくだけではなく、少女を守りきってみせるのだと、カナデはそんな使命感に駆られていた。


「ここが、正念場だ!」


 カナデは大声で叫び、そして、彼の攻撃はより一層熱を帯びていく。

 “巨大な体躯だからって関係ない、戦闘経験がないからって関係ない”、そう言わんばかりにカナデは果敢に攻撃を続ける。





「…凄い…まるで、」


 ポツリと言葉を漏らして、カナデの戦いを見つめ続ける少女は、痛々しく傷つきながらも諦めずに立ち向かうカナデの背に、語り継がれる“勇者”の姿を見たかのような心境だった。





「フッ!」


 カナデの投げた石が、人の膂力から放たれたものとは思えない速度で、狼の頭部を捉える。

 それに思わず、鳴き声を上げて蹌踉よろけた狼の隙を突いて、カナデは猛烈な勢いで近づき、


「ハアァァッ!」


 そしてついに──、



 ──尖った木の棒を狼の頸元へと、上向きに刺し込んだ。

 

 刺し箇所からは、絶えず滂沱の血が流れ出て、木の棒の先が頭蓋まで到達していたのか、狼は鳴き声さえ発さずに崩れ落ちる。


「…やった、か」


 ついに勝利をもぎ取ったカナデは、勝利の感慨に浸るように呆然とその場で佇む。

 今まで生きてきて、戦闘経験のなかったカナデは、“勝てたんだ”という、ちょっとした達成感に打ち震えていた。

 だが、カナデはそんな感慨もそこそこにして、


「大丈夫か?」


 少女の安否を確認しようと、少女の方へと心配そうに駆け寄った。


「ありがとう…ございました。」 


 そう優しく発されたカナデの言葉に、少女は感謝の言葉を伝える。そんな彼女の瞳からは、安堵感からか涙が溢れ出ていた。


「…気にすんな、ちょっと自分に課したことの通りに動いただけだから。」


 少女から感謝され、少々気恥ずかしくなってしまったカナデは、照れ隠し気味にそんな返答をした。


「…あぁ、そういえば聞きたいことがあるんだけどさ、」


 そうしてから、“人里のあるところへ”という念願を叶えようと、


「この近くに人里とかな──」


 そう彼女に聞こうとした、タイミングで──、




〘〘〘〘 ウオオォゥーン 〙〙〙〙



 聞き覚えのある遠吠えが重なるように、四つ放たれる。


 カナデは思わず、背筋が凍った。

 そして、“なぜ、失念していたのか”と、内心で自分自身を叱責する。

 狼という動物は、基本的には単体で行動することはなく、“群れ”で行動することを自分は知っていただろうと。


「逃げろっ!遠吠えの聞こえ方的にも、多分そんな遠くない、早くこの場から離れたほうがいい。」


 カナデは焦るように、少女に促した。

 一方の少女はといえば、


「嫌ですっ!」


 カナデの腕をしっかりと両腕で抱きしめて、離そうとしなかった。


「二人で逃げればいいじゃないですか!私、村の位置ならわかりますから。」


「駄目だ。村の位置がわかるのなら、余計に一人で逃げたほうがいい。それが一番助かる可能性が高い。」


「嫌です、嫌です!」


 カナデが“それが最善だ”と諭しても、涙を流しながら駄々をこねるようにカナデの腕から離れない少女。

 それにカナデは少し困った表情を浮かべて、


「なぁ、君の名前は?」


 そうやって全く関係ないことを問いかけた。


「え?……エフィです…お兄さんの、お名前は?」


 そんな突然の問いに、ハトが豆鉄砲を食らったような表情をした少女は、涙を瞳に浮かべながらも素直に名前を答えて、

 そうしてから、同じようにカナデに名前を尋ねた。


「俺はカナデという……なぁエフィ、約束する。あの狼たちと、かたがついたら、俺はすぐにエフィの背を追おう。大丈夫だ、さっきの見てたろ?数が何匹増えようと、勝つのは俺だ。だから先に行っててくれないか?」


 そうやってカナデが話を持ち出すと、少女は少々ためらう様子を見せる。


「でも、それじゃ」


「楽勝だから、すぐに追いつくって。だから、な?エフィ約束だ。」


 カナデのこれは、エフィを助ける為の方便でしかない、カナデの力にだってやれることの限界はあるものだ。


(この回で、終わらせられなければ。次は現実。自分のことながら絶望的だな。)


 そうやって思考しながらも、カナデは覚悟を決めた。


「ほらっ、早く行きな!エフィを守りながらだと戦いづらいんだ、あんな狼たち倒してすぐに追いつくから。」


 言われて少女は、カナデの腕を“ぎゅっ”と強く抱いてから、名残惜しそうに離して、


「カナデ…お兄ちゃん、待ってます。」


 それだけの言葉をカナデに告げて、茂みの中へと消えていった。



「あぁ、待っててくれ。」


 既に姿の見えなくなった、エフィの背に向けてそう言葉を返して…



 そうして、エフィの消えた茂みとは反対側から、悠然と現れた4体の狼たちを、カナデは鋭く睨み据えた。



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