メリア様救出作戦

私が囚われて三日が経った。それはリリーが来てから三日は経った事と同じである。あれ以降私の部屋に彼女は来ない。

 夜なるとリリーが来ないか窓を眺めるのが癖になってしまった。一人で部屋にいると当然話し相手が欲しくなる。

 リリーを待ちながら気付くと寝てしまっていた。外はすっかりと明るくなり窓から朝日が差し込んでいる。

 大人しくしていろと言われその指示に従っているが本当に大丈夫なのだろうか。日に日に不安が大きくなる。私の心はこれ程まで弱かったのか。やはり私も何か行動を起こした方がいいのではないのか。

「早く!急げ!」

 ん?何やら扉の向こうが騒がしいな。誰かが走ってる足音が聞こえる。その足音が扉の前で止まるとガチャガチャと鍵を開ける音が聞こえた。

「メリア様、直ぐに出て下さい!」

 扉が開くと直ぐに修道士が私の退出を促した。

「あ、ああ」

 何が起きているか分からないが言われるがまま私は部屋から出ると何処かへと連れてかれた。

「私は何処に行くのだ?」

「まずは風呂です!メリア様は自由の身になるのです!」

「何だと!」

 何のことだかさっぱりだが私は釈放されるらしい。それに先に風呂とはいったい……

 急いで風呂に入り、磨き上げられた鎧に着替えされられ私は大聖堂の正門に連れて行かれた。

 突然の釈放に風呂、そして外に出ろとは目まぐるしい。

 正門に近付くにつれ何やら人々の声が聞こえる。何だ?何が起きているのだ。それも穏やかじゃない怒号や叫び声の様な物々しい声だ。

 そしてその声がはっきりと聞こえてきた。

「メリア様をだせ!」「メリア様を釈放しろ!」「なんで姿を見せないんだ!」

 正門に行くと市民を必死で宥める騎士団がいた。

「メリア!やっときたか!早く市民に説明してくれ!」

 トライソーンが私に訳の分からない命令をしてきた。お前が捕まえたのに今度は何をさせるられるのか。

「あの、説明とは?」

 私は訳も分からず聞き返してしまった。

「だから風邪で寝込んでいただけだと市民に言うのだ!教会は何にも関係ないと!」

 トライソーンはだいぶ焦っている。説明されても何も分からない。だがそんな私の事を無視してトライソーンは私をグイグイと市民の前へと押し出していく。

「メリア様だ!」「ご無事でしたか!」「よかった!よかった!」

 やはり何の事だが私は全く分からない。何故聖都でこんな騒ぎになっているのだ。


「リリーさんにはメリアが捕まったと噂を広げて下さい」

 俺はリリーに今後の作戦について説明している。

「それだけでいいのですか?」

 リリーは肩透かしを喰らったようでキョトンとした表情で質問した。

「はい、それも秘密裏に暗殺されるだとか、処刑されるとか、拷問を受けているとか何でもいいです、内容は酷ければ酷いものがいい」

「でもメリアさんは元気でしたよ?」

「あくまで噂ですから真偽はどうだっていいのです。その真偽を確かめるべく市民は大聖堂に向かうでしょう」

「それでどうなるのですか?」

「教会は市民の声に押されてメリアを釈放せざるを得ないでしょう。とにかく広めて下さい。それとアイリスさんには伝言で、この街の教会に真偽を確かめに来た人には聖都に向かう様にして下さい。この街でも聖都でも市民の力でメリアを解放させます」

「分かりました、頑張ります」

 リリーはそう言うと壁をすり抜けて出て行った。


 二日後、市民の反応は俺の予想を大きく上回った。ある程度噂が広まったら俺が煽動しようと思っていたがその必要もなく市民は大聖堂に押しかけた。

 騎士達は市民を宥めるのに必死で俺は簡単に聖都に潜入できた。こんなに堂々と歩くのは三日振りか?なんて気持ちがいいんだ。

 ここまで市民に騒がれると教会側も何らかの説明をしなければならない。それが出来ないのであればメリアを解放するしかこの騒ぎを終息させる事はできないだろう。

 街行く人の声を聞くと噂がいかに尾鰭がついているかが分かる。

「メリア様は拷問されて処刑されるらしい」「もう死んでいると聞いている」「私は毒殺され悪魔の生贄になったと」

 ただの噂ではここまで市民も動かないだろう。ひとえにこれもメリアが誠実に市民と向き合い、騎士として活躍したおかげだ。メリアは本当に市民に愛されているのだろう。

 後は俺の仕事だ。本当は矢面に立ちたくないがメリアを救い出しただけでは事態は解決しない。それなら最後まで徹底的にやるしかない。

 大聖堂の正門には詰めかけた市民が騒いでいる。いよいよ市民を抑える事が出来ない状況になると遂にメリアが姿を現した。

 市民から歓声が上がった。

「メリア様!ご無事で!」「よかった!」「大丈夫ですか!」

 メリアの表情から察するに事態を飲み込めていない様だ。どうせ事態を収めろ位しか言われてないのだろう。

 俺は群がる市民をグイグイ押し退けてメリアの前に出た。

「メリア様!ご無事でしたか!騎士団に連行された時は心配しました!」

 メリアは俺を見て驚いている。

「ウンスイ!何故ここに!」

「私も騎士団に追われている身ですがメリア様この事が心配で駆け付けました」

「いや、そうじゃなくてお前も捕まってしまうぞ」

 その言葉に市民中で動揺が広がった。

「彼も捕まってしまうのか?」「もしかして噂の御使様?」「あの人が?」

 騎士達も探し回っていた漢が目の前に現れたのに手出しできない。そんな中トライソーンだけが鼻息荒くしながら俺に近付いてきた。

「ウンスイ!ようやく見つけたぞ!この騒ぎお前の仕業か!」

「何の事でしょう?これは市民の声です。誰も命令されてここに来たわけじゃありません。皆さんメリア様の事が心配でここに集まったのです。そうでしょう?」

 俺の問いかけに市民達から賛同の声が上がる。この中の誰もが自分の意思でここにいるのだ。

「もう、そんな事はどうでもいい!お前がいるならお前を捕まえるだけだ!」

「それはメリア様と同じ様に私を監禁するのですか?」

 俺は市民に聞こえる様に問い掛ける。これは俺とトライソーンの会話ではない。俺と市民との会話なのだ。

「監禁!そ、そんな事はしていない!」

 明らかにトライソーンは動揺している。

「ですが市民は信じていない様ですよ?」

 俺が市民に目をやると市民から怒号が飛ぶ。その迫力にトライソーンも騎士達もたじろぐばかりだ。

「私はこんな騒ぎを起こした騎士団にはそれ相応の責任があると思います」

「どういう事だ!メリアを監禁などしていない!」

「そうだとしても何も無いところから噂は出ないのです。もしかしたら騎士団は何かを隠しているのではないのですか?」

「そんな訳ないだろう!」

「言葉だけではいくらでも言えます。だからどうでしょう?この大聖堂には嘘を暴く女神様の奇跡がありますよね?」

 俺の言葉にトライソーンから汗が流れた。

「おい、ちょっと待て!そんな事で使うわけないだろ!」

「いいえ、これは教会が転覆するやもしれなかった重大な騒ぎです。私はトライソーン騎士団長を異端審問にかける事を要望します」

 俺の提案に市民から賛同の声が上がる。この状況で教会は拒否する事は出来ないだろう。大きなうねりはもう止める事は出来ない。

 市民の中にリリーが混ざっている為市民の声は簡単に操作できる。俺が煽動してリリーが声を上げてそれに市民も賛同する。簡単な流れだ。

 ここまで来たならメリアの救出だけじゃない。トライソーンもその上の枢機卿だろうが法王も徹底的に潰す。

 奴等もこの騒ぎを大聖堂の高い所から見ているだろう。直ぐにそこから引き摺り下ろしてやる。

 さあ、楽しい楽しい異端審問をやろうじゃないか、トライソーン。

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