捕まった女騎士

 アイリスを落ち着かせて知っている事を話してもらった。

「私がこっそり教会に戻って差し入れの準備をしていると騎士団長様の話し声が聞こえたのです。メリア様を共謀の容疑で拘束すると」

「トライソーンが教会に来ていたのですか?」

「はい、何でもゆっくり休む為とか」

 騎士達には人探しをさせておいて自分は教会で休んでいるのか。

「それで教会に連れて来られたメリア様は何も反論できずそのまま聖都に連行されました……」

 話を聞くとメリアは朝方まで俺の捜索をしていたらしい。その後捕まったとなると俺との関係は露呈していないのだろう。知っていたならさっさと捕まえるはずだ。

「メリア様はウンスイ様の協力者なのですか?」

 アイリスに質問に俺は正直に答えた。ここで嘘をついても仕方ない。

「そうです、メリア様には騎士団には内密ですが私に協力してくれています」

「それじゃあメリア様はその事がバレて捕まってしまった……」

「いいえ、まだバレていないと思います。トライソーンはメリア様を手土産にするつもりかもしれません」

 俺が出した結論をアイリスに聞かせた。

「それはどう言う事ですか?」

「トライソーンは取り逃した私を捕まえられず聖都に帰るわけにいかない。それならメリア様を私と共謀した疑いで拘束すれば多少の成果は上げた事になるはずです」

「そんなのあんまりです!私が聖都に行って抗議してきます!」

 アイリスはまたバタバタと屋敷から出ようとした。だから俺もまたアイリスを止めた。

「待って下さい!それではアイリスさんにも身の危険があります!」

「それではどうすれば……」

「今は情報を集めましょう。メリア様もいきなり何かされる訳ではない筈です。リリーさん頼み事を任せていいですか?」

 俺は大人しく話を聞いていたリリーの方を向いた。

「何でしょう?」

「聖都に行ってメリア様の状況を確認してきて欲しいのです。可能なら会って伝言も伝えられたらと」

「いいですよ。ただ聖都に行くと何だかヒリヒリして力が出ないです」

 リリーもグラジオラスと同じ事を言っている。人に危害を加えない幽霊でも女神の力は毒らしい。

「それで夜なら私も聖都の探索が出来ると思います」

「それで構いません。日が出ているうちは危険ですから。とにかく誰にも見付からずに接触して下さい」

「分かりました」

「あの、私は何をすれば……」

 アイリスは不安そうに語りかけてきた。

「アイリスさんは教会に戻っていつも通りに過ごしてください。ここに来るのは極力控える様にお願いします。何かあればリリーさんを通じてお伝えします」

「今の私には祈る事しか出来ないのですね……」

 アイリスは悲しそうな顔をしている。

「今は待っていてください。必ずアイリスさんの力が必要な時が来ますから」

 俺は真っ直ぐアイリスの目を見つめた。何事も言い切る事が大切だ。これでアイリスも元気になるだろう。


「メリア様、お食事をお持ちしました」

 扉の向こうから声が聞こえる。

「ありがとう」

 私は礼を言い扉についている小さな開け口開け、トレイに乗った夕食を受け取った。扉を開けずとも食事を提供出来るこの部屋は鉄檻さえないが牢と言って差し支えないだろう。

 トライソーンの命により拘束された私は一人小さな個室に監禁されていた。朝方に拘束されて外はすっかり暗くなってきている。何の動きもないままただただ時間だけが過ぎていった。

 見たところ夕食は他の修道士と変わらない物で待遇はそこまで悪くない。拷問をされた訳でもなく、ただ閉じ込められている。

 それゆえ今の状況が分からない。トライソーンは私をどうしたいのだ?殺すのか?何か私から聞き出すのか?それにしても一向に動きがない。

 朝方まで捜索してウンスイもグラジオラス様も見つからなかったから二人はおそらく無事であろう。

 騎士になった時から死に対しての恐怖はない。私の行いも女神様が必ず見て下さる。今まで恥ずべき事もしていない。

 ただ志半ばで死ぬのは未練が残る。教会の腐敗を知りながら死ぬのは女神様への背徳とも言えよう。

 一人になり始めて自身の無力さに憤りを感じる。やはり自分は剣を振るのが性に合ってる。大人しく座っていると余計な事を考えてしまう。

「メリアさーん、メリアさーん」

 何処からか私を呼ぶ声が聞こえた。

「誰だ!」

「静かにしてください、メリアさんでよろしいですか?」

「……そうだ」

 何処からか誰かが話しかけているがその姿は見えない。この個室では隠れる場所もない。

 すると窓の外から女性の顔が見えた。この部屋はかなりの高さにあるのに女性は平気な顔をしている。

「ど、どうやってこの部屋に!」

「だから静かにして下さい。私はウンスイ様の使いです」

 まさかウンスイが使いをよこすとは……あれ?この女性薄っすらと透けてないか?

「私、リリーと言います。既に死んでいます」

「そ、そうか……」

 少し前なら私も取り乱したいただろうがグラジオラス様やカクタス司祭に出会い耐性ができたのだろう。目の前に幽霊がいてもいたって冷静でいられる。

「ウンスイ様から伝言を預かっているのでお伝えします」

 リリーの話ではウンスイもグラジオラス様も無事であった。それが聞けただけで随分心が軽くなった。

 ウンスイの考えではまだ私とウンスイ、グラジオラス様の関係はまだ明らかになっていないそうだ。私は何の成果も上げられなかったトライソーンの手土産らしい。そう考えれば今の対応は納得できる。教会も私の扱いに困っているのだろう。

「ウンスイ様からは大人しく拘束されて欲しいと」

「私は何もするなと言うことか?」

「はい、こちらで何とかするらしいです」

 ウンスイは嫌いだ。しかし彼が何とかする言ったなら何とかなるだろう。それだけは共に旅をして分かった事だ。

「了承した」

「メリアさんは何か分かった事はありますか?」

「部屋からは出れないが待遇は悪くない。こちらの事は心配しなくていいと伝えてくれ」

「分かりました。また何かあれば来ますので、それでは」

 リリーは暗い夜の空に消えていった。ウンスイはいつの前に彼女と知り合ったのだろう。彼女もまたウンスイに救われた一人なのだろうか。

 デュラハンにリッチー、それにゴーストとはウンスイの周りには色んな悪霊がいる。だが今の彼女からは悪意も敵意も感じられない。何処にでもいるお淑やかなお嬢様だ。それはもはや悪霊では無いだろう。

 この数日間で随分悪霊に対しての認識が変わった。ウンスイ、お前は御使ではない。だがこの世界に何か大きな変化をもたらす、そんな奴なんだろう。

 


「リリーさん、ありがとうございました」

 聖都から帰ってきたリリーからメリアの情報を貰った俺は今後の動きを考えた。

「囚われていた部屋はかなり高い位置にありました。助け出すのは困難だと思います」

 リリーは自身の考えも述べてくれた。

「そうですね、強行策は通用しないでしょう。聖都ですからグラジオラスもカクタスも当てにならないですし」

「何か助け出す方法があるのですか?」

「はい、確証はありませんがやってみる価値はあります」

 俺の言葉にリリーは驚いた様な顔をした。

「どうやって助けるのですか!」

「その為にはリリーさんにもアイリスさんにもかなり働いてもらう事になります」

「構いません。私は疲れませんし時間だけはたっぷりありますから」

「ありがとうございます」

 これの作戦をやれば後には引けない。ならば教会の連中を最後まで追い詰めて、俺に喧嘩を売ったことを後悔させてやる。

 

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