六話
コソコソ霊媒師
静まり返った街の路地裏を俺はこそこそ歩いている。時折馬に乗った騎士が道を駆け抜けていく。その度に身の屈め姿を隠し息を潜めてやり過ごしていた。
これからどうするか……街まで来たはいいが行く当てが無い。今まで泊まっていた教会には当然のことながら行くわけにはいかない。これならグラジオラスと一緒に残った方が良かったか?
いや、騎士達に囲まれた状況では俺がいたら足手纏いになる。それなら二手に分かれた方がいい。今更そんな事を考えたところで一人になってしまったのだ、先の事を考えよう。
まずは隠れ家が必要だ。何処かに空き家がないか……!鎧の音!
俺は外に無造作に置かれた樽の影に隠れた。俺を探している騎士達の話し声が聞こえる。
「見つかったか?」
「いや、教会にはいなかった」
「どうする?報告に戻るか?」
「そうだな、俺達も戦闘の後にこれだ、少し休みたいな」
「だいたい本当に御使様が魔物を操っていたのか?騎士団長が言ってるだけだろ?」
「知らんよ。でも命令だからな」
二人の騎士はガチャガチャ音を立てながら去っていった。樽の影から顔を出して周囲を確認する。
やはり教会に行ったか。どうにもトライソーンは騎士達から信用されてないらしい。日頃の行いのせいだろう。
朝になれば目立ってしまう。出来れば夜が明ける前に身を隠したい……そうだ!あの幽霊屋敷に行こう。あそこなら誰も来ないはずだ。そうと決まればさっさと行こう。
俺は周囲を警戒しつつ早足で幽霊屋敷に向かった。
幽霊屋敷に無事に着いた俺は屋敷の裏庭から中に入った。外から中を見たが当然明かりは付いていない。よしよし、ここなら見つからないだろう。
見通しの悪い庭を抜け屋敷の玄関に着いた。改めて屋敷を見るとどこか懐かしささえ覚える。初めてここに来たのが遠い昔の様だ。この数週間で色んな事が起こり過ぎた。
ギシギシ鳴る動きの悪い扉を開けると、そこに人影があった。
「うぉ……!!」
漏れそうな声を必死に抑えるが人影はこちらに気付き振り返えると、
「ウンスイ様!」
屋敷の中は暗く顔は判別出来なかったがこの声は知っている。
「アイリスさん!何でこんな所に?」
修道士のアイリスが何故か屋敷の中にいた。
「ウンスイ様を探していたのです。騎士様が夜中に教会に来てウンスイ様を差し出せと迫って来ました。それでウンスイ様に何かあったんじゃないかと思い当ても無く街を探していて……それでこの屋敷を思い出したのです。もし隠れるならここじゃないかと」
アイリスの予想は完璧であった。おっとりしている様で中々頭は回るみたいだ。
「ウンスイ様、いったい何があったのですか?何故騎士様はウンスイ様を追っているのですか?」
アイリスの疑問は当然の事である。だが素直に全てを話していいのか。どこまで話せば良いのか。ここで下手に嘘をつくと騎士達から聞いた内容と食い違う事になる。それならある程度本当の事を言った方がいいか。
「どうやら騎士達は私が悪霊と結託しており、教会の脅威になると考えている様です」
「何故そんな事に!」
「私が悪霊と話をしているからでしょう。話してみれば皆いい方なのですが……」
「分かりました!私が誤解を解いてきます!」
そう言うとアイリスは勢いよく屋敷から飛び出そうとした。俺は慌ててアイリスを止めた。
「待って下さい!落ち着いて!」
「これが落ち着いていられますか!」
「今、騎士団は情報が錯綜していて混乱しているのです。もう少し時間を置いて、冷静になるのを待ちましょう」
「ウンスイ様がそう言うのなら……」
とりあえずアイリスは分かってくれたようだ。しっかり言い聞かせておかないと何をしでかすか予想が出来ない。それも善意による行動だ、タチが悪い。
「誰?そこにいるのは?」
今度は別の女性の声が聞こえた。俺は周囲を見回したが誰もいない。アイリスも声の主を探している。開けっぱなしの玄関にも人影はいない。
「ウンスイ様!まだこちらにいらしたのですか?」
今度ははっきり声のする方向が分かった。上だ。見上げると二階の壁から女性の顔が突き出ている。
「リリー!……さん」
声の主はリリー、この屋敷で怨霊として徘徊していた女性だ。でも何でここに?
「旅に出たのでは?」
「はい、でも旅の途中に昔書いた日記を思い出して取りに帰って来たんです」
「そうですか……」
まさかの再会に驚いた。そんな再会にアイリスが口を挟んだ。
「あれ?リリー様は女神様の下へ行ったのでは?」
そうだった。どうする、説明するのが面倒くさいぞ。こんな時は正直に話そう。
「リリーさんは長らく床に伏せておりました。なので私から女神様の下へ行く前に世界を旅をしてみては、と提案したのです」
「そうなのですね!」
「ええ、こんな事をしているから騎士団に悪霊との仲を疑われ追われているのですがね……」
「いいえ、素晴らしい考えです!」
何とかアイリスの説得に成功すると今度はリリーが話しかけてきた。
「ウンスイ様は騎士団に追われているのですか?だから街中で多くの騎士達を見かけたのですね」
「話が早くて助かります、この屋敷にも身を隠すために少しお邪魔しています」
「そう言うことならいつまでも居てください」
屋敷の主にも許可を取れた。何とかこの難局も乗り越えられそうだ。
「アイリスさん。申し訳ないのですが何か食べ物を持ってきてくれませんか?ずっと逃げ回っていて力が出ないのです」
「それは大変です!直ぐに持ってきます!」
「あ!くれぐれも怪しまれない様に!教会の用事があればそちらを優先して下さい!別に私も死ぬわけじゃないんで」
「分かりました!」
アイリスはバタバタと出て行った。本当に分かってくれたのか心配だ。
「リリーさんにも会って早々心苦しいのですが、お願いがあるのです」
「何でしょう?」
「西の森に私の仲間が隠れているので伝言を頼みたいのです」
「それくらいいいですよ、ウンスイ様は恩人ですから」
「ありがとうございます」
俺はアイリスに伝言を託した。内容は俺が無事である事、これからリリーを通して伝言する事だ。
リリーにはその仲間がデュラハンとリッチーである事を伝えなければならない。少し不安だったが、
「ふふ、随分と変わった仲間ですね」
リリーはすんなり受け入れた。自身も死んでいるからなのか、それともあの一件で肝が据わったのか。
リリーは伝言を受け取ると直ぐにグラジオラス達の下へ向かってくれた。
しかし壁をすり抜けようとすると突然振り返り、
「それより何故口調が変わったのですか?」
と質問してきた。あー、やっぱり気になるか。
「一応修道士の前ではこういう喋り方なんです。これでも聖職者の様な仕事をしてるので」
「そうでしたか、その喋り方もいいですが前のぶっきらぼうな喋り方も素敵でしたよ」
「ありがとうございます」
リリーは壁をすり抜けて去っていった。残された俺はドッと疲れと睡魔が襲ってきた。徹夜で逃げ回ったのだ仕方ない。
俺は部屋の隅に隠れる様に身を潜めて仮眠をとる事にした。床も硬いし埃っぽいが安心して寝れる、それだけで今は十分だ。まだまだ考えなければならない事は多いが今は眠ろう。
どれくらい寝ただろう。外は薄らと明るくなってきた。アイリスはご飯を取りに行った筈なのにまだ帰ってきてない。
二人を待っていると先に帰ってきたのはリリーの方であった。
「見つかりましたか?」
「はい、幽霊になったおかげか同族の気配が分かるみたいで簡単に見つかりました」
そうなのか、初めて知った。幽霊は中々便利な力がある様だ。
「二人とも騎士団から逃げ切れて森の中で隠れていました。こちらの事は心配しなくていいと」
「ありがとうございます。これで一安心です」
そこまで心配はしていなかったが改めて無事が分かると安心するもんだ。
しかし俺が安心したのも束の間、屋敷の扉が勢いよく開かれた。入ってきたのは息を切らしたアイリスであった。その顔は明らかに何か焦っている。
「大変です!メリア様が、メリア様が騎士団に捕まりました!」
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