逆転の異端審問
異端審問は開催される事になった。トライソーンはかなりごねたが市民の圧に教会が折れる形となった。
異端審問の場は異様な空気に包まれていた。勿論この場に俺も参加していた。隣にはメリアも座っており異端審問が始まるのをじっと待っている。
メリアにはここに来る間にこの三日間に起きた事を軽く説明した。驚いた表情をしていたが、
「ありがとう、助かった」
そう一言お礼を言われた。メリアは俺の事は嫌いだがこういう筋はしっかり通すのを俺は知っている。
会場の中央を見ると証言台には剣も鎧も外されたトライソーンが立っている。その顔色は生きているのに死んだグラジオラスより真っ青になっている。
これまでの行いを考えればここで暴かれる罪は到底受け入れられないだろう。そりゃああんな生気のない顔にもなるさ。
騒ついていた会場は扉が開き入ってきた老人を見た瞬間さらに騒ついた。
会場の空気など無視して誰よりも豪華で偉そうな服に身を包んだ男は悠々と中央にある一番高い位置にある席を向かって歩いていく。
「アコナイト様だ」「法王様自ら異端審問を取り仕切るのか」「こんなの前代未聞だ」
奴がアコナイトか。こちらをチラッと見たが明らかに俺を敵視し見下す様な目をしてやがった。本当にムカつく野郎だ。
「今回の異端審問は事の重大さを考え私自らが異端審問官として取り仕切る事になった」
アコナイトはもっともらしい事を言っているごそんな事は無い。アコナイトは何を考えている。何か自分にとって都合のいい質問をするのか?
「法王様!私は何もしていません!」
トライソーンはすがる様にアコナイトに弁明している。
「そなたの働きは私がよく知っている。だからこそこの場で身の潔白を証明しようではないか」
アコナイトの言葉にトライソーンは落ち着きを取り戻した。アコナイトとトライソーンがグルな以上、核心に迫る質問は決してされないとたかを括ったのだろう。ここでトライソーンの悪事がバレればアコナイトの身も危ない筈だ。
じゃあアコナイトはどんな質問をするんだ?それともトライソーンは俺がやった様に微妙に論点をすり替える事が出来るのか?奴にそんな器用な真似が出来るとは思えない。何かあの嘘発見器に奴だけが知っている秘密があるのだとするとまずいかもしれない。
俺はメリアにこれまでの違和感を小声で話した。
「メリア、法王のあの自信はどこから来る?」
「分からん、だがこのまま異端審問が始まれば確実にトライソーンは不利になる。そうなると必ず法王にも疑惑の目が向くはずだ……」
メリアにも法王の考えは分からないらしい。
「メリア、出口の近い席に行け」
「お前は?」
「俺はここまで来たら引く事は出来ない。俺はどう転んでも堂々としてないといけないし、遠くからでは口を挟めないからな」
「分かった、だが流れが悪くなれば直ぐに逃げろよ」
「分かってる。捕まるのはごめんだ」
メリアは席を立ち出口近くに向かった。日本にいた頃は他人を信用するなんて怖くて出来なかったが、この世界に来て俺も少しは変わったのかもしれない。
さあ、アコナイト。どんな手を使う?
「それでは女神ロトの下、トライソーン騎士団長への異端審問を始める」
アコナイトは高らかに宣言した。
「この度の異端審問は異例中の異例であるが、市民の強い要望によって開かれた。トライソーン騎士団長には無実の罪でメリア・アルストロを拘束し監禁した疑いが掛けられている」
アコナイトの言っている事は何も間違っていない。アコナイトは天秤を取り出して目の前に置いた。
「この女神の天秤は全ての嘘を暴く。女神様の前で嘘偽りなく証言すると誓うか?」
アコナイトの言葉にトライソーンは下を向いて震えている。
「……ち、誓います」
震える声で宣誓したトライソーンは滝のような汗を流している。やはりトライソーンは何も知らない様だ。それじゃあアコナイトの勝算は何なんだ?
トライソーンの胸から光が出て天秤の片方の皿に乗っかった。
「今トライソーンの魂が天秤に掛けられた、これより虚偽の発言をするとその者の魂は罪により重くなり傾く事になる。この場では一切の嘘は通用しない」
異端審問の定型文であろう言葉をアコナイトが喋り、いよいよ異端審問が始まった。
「まずは三日前、メリアの姿が見えなくなったあの日、そなたは西の森に出現した魔物を討伐しに出動した。間違いないな」
「は、はい、その通りです」
アコナイトの質問にトライソーンは素直に答えた。もちろん天秤は動かない。
「その日、メリアは騎士団としてその討伐任務に参加していた」
「はい、メリアは出動していました」
「その討伐任務が終わったのは次の日の朝でそなたは私の下へ任務の報告をしに来たな」
「はい、聖都に帰り法王様の下へ行きました」
ん?時系列としては聖都に帰る前にメリアを拘束して、聖都に帰った筈だ。重要な部分を飛ばしたな。だがそれだけでは身の潔白にはならない。
「私のその報告でウンスイが悪霊と結託し魔物を操っていたと聞いた。間違いないな」
「はい、確かにこの目で見ました。悪霊と話し、魔物を操っていると言っていました」
天秤は動かない。それはそうだ真実だからな。会場の視線が一斉に俺の方を向いたが別になんとも思わない。俺は堂々と座っている。
この告発で俺を悪者にしたい様だがその天秤の回避方法は知っている。証言台に立っても何も問題ない。自分の都合のいい真実を話すだけだ。
空気が変わったのを感じたのかトライソーンの表情は余裕が見える。
「そして、私はそなたから更なる報告を受けた。ウンスイは悪霊と共に魔物を操りこの聖都を襲い。そこに生きる全ての人間を魔物の生贄に捧げる事を」
は?何を言っているんだ。その質問ではトライソーンが答えられない。そんな事実は無い。何を考えているんだ。トライソーンも想定外の質問なのか焦っている。
「え、それは、えっと……法王様……」
トライソーンが言い淀んでいると。当然だそんな事はないからだ。しかし観衆はそうは思っていない様だ。俺を警戒し恐れている。
これがアコナイトの狙いなのか?だがこれからどうするんだ?分からない。何を考えているんだ。
「どうした?トライソーン?答えられないのか?」
アコナイトが質問するとトライソーンの足元からドス黒いオーラが溢れ出した。そしてそのオーラから複数の手が伸びトライソーンを押さえつけている。何が起きているんだ。
「これは!アンデット!何故!法王様!助けて下さい!」
トライソーンはアコナイトを見た。アコナイトは驚いた様な表情で俺を指さして叫んだ。
「これがお前の魔物を操る力か!まさかこの場で口封じをするつもりか!直ぐに奴を取り押さえろ!」
アコナイトの命令に待機していた騎士達が一斉に俺を取り押さえた。
「助けて!苦しい!誰か!」
トライソーンはアンデットに首を掴まれてもがき苦しんでいる。会場は混乱し悲鳴や怒号が飛び交っている。
「さあ!早くトライソーンを解放しろ!このままでは死んでしまう!頭を殴れ!気絶させろ!」
トライソーンは騎士に命令している。会場が俺とトライソーンに注目している中、俺はアコナイトを睨みつけた。その袖の中で怪しく黒く光る物が見えた。
トライソーンは絶望した表情のまま動かなくなっている。殺されたのか。
次の瞬間、後頭部に強い衝撃が走った。くそ、誰か殴りやがった。
俺は薄っすらと消え行く意識の中でトライソーンの言葉を思い出した。
――まさか法王様と同じでお前達も操れるなんて……
ああ、くそ、そういう事か。ハメられた……
インチキ霊媒師とキョウセイ異世界悪霊退治 なぐりあえ @79riae
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