誤報告

教会で一晩明かした俺達は陽が登るとアイリスが用意してくれた朝食を食べ早々に出発した。朝は苦手では無いがこの世界の人間に比べると元気ではない。

 俺は馬車に揺られながら今後の事を考えた。街では確かに御使の噂は広がっており、すれ違う人は皆笑顔で俺達を送り出してくれた。

 一見この世界に馴染んでいる様だがそれをよく思わない奴等がいる。日本と違ってまともな警察組織等無いだろうから暗殺されても誰も異議を唱え無いだろう。つまり殺されたらそれでお終いだ。誰かが真相を解き明かすとかそう言うのは無い。死んでしまえば俺は関係ないから、だから何だって訳だが。

 聖都に着くと今度は歩きで大聖堂に向かう。ここでも皆俺達を歓迎してくれた。

 メリアと大聖堂に向かって歩いているとグラジオラスの生首を入れている鞄がモゾモゾと動き出した。

「……あまり動くな」

 俺は誰にも聞こえないよう小さな声で鞄の中のグラジオラスに注意した。

「すまん、女神様の神聖なる力のせいかどうにもヒリヒリする」

「……ヒリヒリって何だ」

「直接触れずとも聖都には神聖なる力が満ち溢れているのだろう。気を抜くと召されそうだ」

 鞄の中とコソコソ話しているが周りが騒いでいるおかげか誰も気にしない。

 グラジオラスが苦しんでいるのは目の前にある馬鹿でかい女神像のせいだろう。やはり神聖な力とやらは大きさに比例するのか?

 俺は苦しむグラジオラスを鞄の奥にしまい込んでさっさと大聖堂に向かった。


 大聖堂では俺が仲良くしていた修道士達が出迎えてくれた。やはりメリアは気に入らないのかムスッとした表情で黙っている。

 ひとしきり挨拶を終えるとメリアが質問をした。

「騎士団長に報告に上がりたいのだが今はどちらにおられるか分かるか?」

「先程フィザリス卿の執務室に行かれました」

 近くにいた修道士にトライソーンの場所を聞きそこへ向かった。枢機卿と一緒なら都合がいい。二人の様子を同時に観察できる。

 二人して枢機卿がいる執務室に向かった。歩くたびに思うが調度品がやたらと高価そうなのが気になる。随分と羽ぶりがいいのだろう。

 おそらくトライソーンがいるであろう執務室の前に着いた。メリアが扉を叩くと中から、

「どうぞ」

 中年男性の声がした。許しを得たのでメリアは扉を開けて執務室の中にズカズカと入っていった。

 俺も後に続いて入ると二人の男が部屋の中にいた。一人は書類の山が積まれている机に座っており、白髪混じりの中年太りの男。もう一人はウェーブの掛かった長い黒髪と不健康そうな顔つきの鎧を着込んだ男であった。こいつがトライソーンなのだろう。そりゃこの不気味な男とメリアを比べたらメリアが人気になるのも分かる。

 執務室の中も高価そうな調度品があちこちに置かれていた。廊下はまだしも個室までこれでは教会の金を完全に私物化している。あー嫌だ嫌だ。

 入室した時から注意深く観察していたので俺は見逃さなかった。俺達を見た瞬間、二人の表情が明らかに曇った事に。やはり俺らは嫌われているらしいな。

「メリア・アルストロ、任務から帰還しました」

 メリアが敬礼をしながらトライソーンに言った。

「よく戻ってきた。それで?監視の結果はどうであった?」

 トライソーンは俺を見ながら疑い深そうに言ってきた。一応メリアの任務は口先だけで除霊するのを確認するのが目的だったからな。

「はい、この目で見ましたが確かにウンスイは言葉だけで悪霊を鎮めていました。私も協力はしていません」

「なんと……真であったか……」

 枢機卿のフィザリスが声を漏らした。悪霊がいなくなったのだからもっと喜べばいいのに二人の表情は曇っている。コイツらちょろ過ぎるだろ、顔な出過ぎる。

「分かった。詳しい話は後で聞こう。今フィザリス卿と話をしているのだ」

 トライソーンは流れをぶった斬り退室を促した。

「失礼します」

 メリアは大人しく下がった。

「私も失礼します」

 俺も頭を下げて退室する。

 二人で無言で廊下をしばらく歩くとメリアが口を開いた。

「ウンスイはどう見る?あの二人は」

「見た通り。せっかく除霊したのにあの態度よ」

「やはりな……周囲から鈍いと言われている私でも感じられた、私達への敵意と言うか悪意と言うか……」

 自分が鈍い事に自覚があったのか。

「それでウンスイ、作戦は実行するのか?」

「ああ、カクタスに合図を送った。しばらくしたら何か動きがあるだろ」

 とりあえず俺は教会が用意してくれた部屋に行き少ない時間ながら旅の疲れを癒した。


 部屋の中の俺はベッドに体を預けた。個室で一人はやっぱり落ち着く。あの鞄の中に生首が入っていなければの話だが。

「久々の聖都とはどうだ?」

 俺は鞄を側に寄せてグラジオラス語りかけた。

「ゆっくりと見れないのは残念だが、声や雰囲気は感じられる。懐かしいな」

 グラジオラスの顔は穏やかである。このまま召されるんじゃないよな?

「それは良かった。それでまだヒリヒリするのか?」

「ああ、やはり私は悪霊なのだろう。便利なことばかりではないな」

 教会に近寄らなければ何も問題無いのだが、こんな姿になってもロータス教の信徒、それなりに堪えるものがあるのだろう。

 グラジオラスと話していると部屋の扉が突然開いた。

「ウンスイ!緊急招集だ!」

 開けたのはメリアだ。ノックくらいしろよ。生首出してたらどうすんだよ。

 ため息をつきつつ、俺は焦る事なく身を整え早足に進んでいくメリアの後を追った。

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