実録!恐怖体験!

「領主様、迎えの馬車が来ております」

「すぐ行く」

 全く時間通りに来ないとはとんだ御者だ。このルーピン伯爵を待たせるとは。

 執務室から出た私はこの庁舎で働いている者から頭を下げられ出ていく。無能共ばかりだが頭を下げられるのは気持ちいい。この征服感はいつも堪らない。

 それにしてもあの教皇の犬め。少し調子に乗らせておけば好き勝手に言いよって。自分の立場を理解していない様だな。いくら教皇がこの国を支配しているとは言え、金を出している貴族には逆らえないのだ。そんな簡単な仕組みも理解出来ないとはやはり剣を振るだけしか能の無い奴等よ。

 教皇も教皇だ。飼い犬には首輪を着けて噛み付かない様に躾けてもらわないとな。明日になったら教皇に苦情を伝えるか。そうすればあの小娘も黙るであろう。

 それと気になったのがあのウンスイとか言う奴だ。本当に御使なのか?威厳も何も感じなかった。ニコニコ笑っているだけで何も言わなかったのが気になる。敵意は無いようだが小娘と一緒に来たのだ、何か文句の一つでも言うと思ったのだが。

 しかし小娘よりは話が通じる相手であった。何がしたいのだアイツは。教皇も何故あんな奴を野放しにしておくのだ。

 そうこう考えているうちに馬車の前まで来た。

「遅いぞ何をしていた!」

「申し訳ありません」

 御者は馬車の扉を開けた。動きもぎこちなく慣れていないのが分かる。やたらとブカブカの外套を羽織っているのも気に入らない。最近では仕事ができる奴が減ったな。御者一人とってもこの程度だ。

「早くだせ!」

「はい!」

 全く、どいつもこいつも私を苛立たせおって。こちらが命令しないと何一つ出来ん。これだから育ちが悪い奴らは嫌いなのだ。

 まずは屋敷に戻ってから着替えて、それから会場に向かうのだが、使用人共は気を利かせて服を用意しているだろうか。アイツらも何年働いても鈍臭くて気が利かなくて役立たずばかりだ。金でどこかの屋敷の使用人を引き抜いてもいいかもしれないな。教育するのも手間だし、金なら幾らでもある。

 ん?何だ?何処に行くんだ。こっちじゃないぞ。

「おい!何処に向かっておる!まずは私の屋敷に向かえ!何をしているんだ!この役立たず!」

「……」

「おい!聞いているのか!」

 聞こえないのか?全く面倒だ。窓を開けるしかないか。

「おい!屋敷に向かえ!何処に行くつもりだ!」

「……」

「おい!……ひい!お前……首が……無い?」

 御者を見ると身体は確かに馬の手綱を握っている。だが明らかにおかしい。何でコイツには首が無いんだ。何でだ。振り返った。こっちを見た。いや見てない、顔が無いからだ。じゃあ何で動いているのだ。何で首が。手を伸ばしてきた。

「ひいいいいいぃぃぃ!!」

 私は勢いよく馬車から飛び降りた。転びそうになりながらも何とか着地して走っていく。ここは何処だ。街の外れの森か?何でこんな所に。それより迎えに来た御者は?初めからか?そんな事どうでもいい早く逃げないと。奴が降りてきた。追ってくる!首が無い!なのに歩いている!

 辺りは暗く何も見えない。とりあえず来た道を戻らないと。幸いな事に遠くに人集りが見えた。よかった助かった。

「おい!お前ら!私を助けろ!この地の領主!ルーピンだ!」

 人集りが私に気付いた。ゆっくりとこちらに向かってくる。これだけ人がいればあの首無しに対抗出来るだろう。

 安心したのも束の間、月明かりに照らされた人集りは、

「骸骨……」

 人じゃない。スケルトンだ。何故こんな所に魔物の群れが。それより逃げないと。後ろからは首無し、前はスケルトンの群れ。今は森の中に!

 暗く見通しの悪い森の中に逃げ込んだ私は必死に走った。肺が潰れそうになっても足の感覚が無くなっても兎に角がむしゃらに進んでいく。

 行く先々でスケルトンが現れてその度に追いかけ回される。今や森の何処にいるかも分からない。何で私がこんな目に。

 森の出口も分からず彷徨っていると遠くに小さな光が見えた。誰かいる。それだけで希望が持てた。

 後ろからはスケルトンが追ってくる音が聞こえる。私は最後の力を振り絞り走った。あの光の下に行けば救われる、そう確信した。

 木々の隙間を抜けて足をもつれさせながら何とか光の下に辿り着いた。光は私の馬車の中から出ていた。

 森の中から出れた。それだけで嬉しかった。馬車に入ろう。そこに隠れてやり過ごそう。

 馬車の扉を開けようとするがいくら引いても開かない。

「開け!開け!」

 後ろからはスケルトンの音が迫っているのが聞こえる。私が必死に足掻いていると馬車の中の光がゆらりと動いた。

「どうされました」

「誰だ!さっさと開けろ!」

「少々お待ち下さい。なんせ乗り慣れていないもので」

「早くしろ!」

 振り返るとスケルトンが森の中から見えた。

「早く!早くしてくれ!」

「うーん、ここかな?」

 ガチャリと鍵が開く音が聞こえた。扉がスルリと開き私は馬車の中に逃げ込んだ。

「はぁはぁはぁはぁ」

「無事で何よりです」

「はぁ、ぉ前は……ウンスイ……」

「おや、覚えていてくれたのですか、光栄です」

 馬車にはカンテラを持ったウンスイが座っていた。何故コイツがここにいるんだ。

「そうだ!メリアは!あの聖騎士は何処だ!早く外の奴らを退治しろ!」

「メリア様はここにはおりません」

「何だと!ならお前が何とかしろ!御使なのだろ!」

「勿論何とかしてあげたいのは山々なのですが」

「なら早くしろ!金なら幾らでも払う!」

「彼らは怨霊です」

「だからなんだ!」

「この世に恨みを持ち死んでいった哀れな魂、それには実態は無く退治する事はできないのです」

「何だと!どうすればいいのだ!」

 ウンスイはカンテラを私の顔に近付けた。小さな光がチカチカと眩しい。

「恨みを晴らせばいいのです。重税を課した者への復讐ですよ。そんな哀れな魂に心当たりがあるでしょう?」

「そんな!馬鹿な!それでは私はどうなる!」

「さあ?私はこの世の人間です。あの世の事は外にいる彼らに聞いて下さい」

 スケルトンが馬車の窓に張り付きこちらを見ていた。

「ひぎぃ!お願いだ!助けてくれ!」

「なら誓うのです。これから哀れな魂を生み出さない事を。民からかき集めて溜め込んだ金を返す事を」

「いやだ!あれは私の金だ!」

「早く決断しないとどうなるか分かりませんよ?時間はあまり残されていない様です」

 スケルトンが馬車を叩く。激しい音にカンテラの明かりで頭がおかしくなりそうだ。

 ガチャ、そんな音が聞こえた。扉を見ると少し隙間が空いていた。

「おや?扉が開いた様ですね」

「待て!待ってくれ!まだ死にたくない!」

 スケルトンが私に腕を伸ばす。幾つもの腕が私に絡みつく。

「助けてくれ!お願いだ!」

 息が苦しい、腕が喉に、視界も塞がれる。

「なら誓うのです。さぁ!さぁ!さぁ!」

 ウンスイの言葉がこだまする。

「分かった!誓う!金も返す!だから!」

 スケルトンの腕が私の顔を覆う。もう何も見えない。カタカタ聞こえる骨の音しか聞こえなくなった。


「ルーピン様、屋敷に到着しました」

「うわあぁぁぁぁ!!」

 夢?なのか。窓の外を見ると私の屋敷の前であった。冷や汗で服はびっしょりだ。

「ルーピン様?どうされました」

「何でもない!」

 御者が心配そうな声を掛ける。そいつには首から上があった。やはり夢なのか。らしくない夢だ。この私が良心の呵責に耐えられるずあんな夢を見たと?そんな訳がない。あのメリアという小娘のせいで馬鹿馬鹿しい夢を見たのだ。何処まで私を不愉快にさせれば気が済むのだ。

 御者が馬車の扉を開けて私は馬車から降りた。今朝出たはずなのに屋敷を目にすると懐かしささえ覚えた。

「そうだ、ルーピン様」

 御者が私に声を掛けた。私は振り向いたが御者は扉を閉めて馬車の方を向いたままだ。お前が声を掛けたのにこちらを向かないとは無礼な奴だ。

「御使様から伝言を預かっております」

「御使様?」

 何だ。何のことだ。何も理解できないが私は嫌な予感がした。

 御者は馬車の方を向いてこちらに背を向けている。それなのに頭だけがゆっくりと後ろを向いた。

「約束を忘れぬ様に、と」

「ひいいい!!」

 私は屋敷に向かって走った。夢じゃない。あれは本当のことだ。化け物だ。私は化け物に付け狙われているんだ。

 屋敷に入り扉を閉めた。肩も足も震えて立てない。その場にしゃがみ込んで使用人が心配そうに駆け寄ってきた。

 使用人が何を言っているか分からない。ただ耳には呪いの様にウンスイの言葉がまとわり付いていた。

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