二十年前の真実

「グラジオラス、アンタはここで何をしてたんだ?」

 俺は体と頭が合体したグラジオラスに質問した。

「騎士の務めを果たそうとしていた。私はこの砦を任せれて駐屯していた。それなのに何者かに襲われてその任務を遂行できなかった」

「任務が失敗して死んだ事が心残りなのか?」

「いや違う。私は任務の途中に死んでも後悔は無い。騎士になった時から覚悟はできていた。ただ死ぬ時は戦いの中でだと思っていた。砦の中で襲われて戦う暇もなく死んでしまい、自分が情けなくて情けなくて」

 グラジオラスの体から黒いオーラが出てきた。リリーの時もそうだが感情が昂ると出る仕様なのだろうか。

「その気持ち分かります。私も死ぬ時は戦いの中で死ぬと決めています」

 メリアも騎士談義に参加してきた。いや死ぬのはいやだろ。騎士ってそういうもんなのか。

「ただグラジオラス様を襲った異教徒は全員捕まえました」

「そうか、犯人は異教徒であったか。まさか騎士団が追っていた奴らに殺されるとは」

「夜襲を仕掛ける卑怯者です。砦にも火を放ち次々に騎士団を襲ったと聞きます」

「そうか、私が死んだ後その様な事が。そうだ、団員に生き残りは?」

 グラジオラスの質問にメリアは黙ってしまった。メリアの表情を見てグラジオラスは何かを察した。

「そうか、誰も生き残れなかったか。私について来たばっかりに十人もの若い命が散ってしまった」

「グラジオラス様のせいではありません。今は慰霊碑も立ち皆女神様の下にいるはずです」

 何だか俺が出る幕が無い。これじゃあメリアが説得していグラジオラスを救済してしまう。まあ結果としてはどっちでもいいか。

 冷静に考えるとここは大量の騎士団員が殺された殺戮現場なのだな。日本でも昔ここで殺人が起きたとか言う場所に行ったがどれも嘘でそんなニュースどこにも無かった。

 しかしここでは本当に十人も人が死んだのだ。あまり心地のいいものではない。……待て十人?

 一人少なくないか?それともグラジオラスの言い間違いか?

「その慰霊碑は何処に建てられていますか?」

「この砦と村の間にあります」

「私を連れて行ってくれますか?せめて祈りを捧げたい」

 俺の返事も聞かずメリアはグラジオラスを連れて下に降りて行った。

 何か嫌な予感がしてきた。俺のこの手の勘はよく当たる。

「何をしている早く来い!」

「はいはい」

 俺はメリアに呼ばれて階段を降りていった。


 三人で慰霊碑を訪れた。俺がランプで照らして刻まれた文字を見えるようにする。

 その文字をグラジオラスは食い入る様に見ている。メリアはそれを穏やかな表情で見ている。俺には決してそんな顔は見せない優しい顔である。

「懐かしい、どれも私の部下の名前だ」

 グラジオラスの表情は懐かしむ様な後悔している様な難しいものであった。しかし何度も名前を読み返している。何か気付いたのだろう。

「トライソーンの名が無い」

 グラジオラスはボソリと呟いた。俺は誰が誰だが分からないから何の感情も筈だが、先程の悪い予感が当たりつつある事に少し動揺した。その名を聞いてメリアがぼそりと呟いた。

「トライソーン騎士団長の事ですか?」

「あいつは今、騎士団長になっているのか。いやでもトライソーンは確かに一緒に駐屯していたはず」

「トライソーン騎士団長は四十歳くらいで赤髪です」

「あの時はまだ新人騎士だから今の年齢もそれくらいだろう。髪の色も私の知るトライソーンと同じだ」

「なら生き残ったのでしょうか?でもそんな話聞いた事ありません」

 二人は悩んでいる。俺は黙って聞いていた。厄介事になりそうなのでこう言う時は黙ってやり過ごすのが吉である。

「ウンスイ、お前何か気付いているな」

 メリアは俺を睨みつけた。こいつ何で分かった。

「何も。俺はトライソーンとか言う奴知らないから黙ってるだけだけど」

「お前誰かを騙す時笑うだろ。それが癖になっているのか口角が少し上がっていた」

 こいつ本当に分かってやがる。その通りであり、たまにその癖が出てしまう。しかしそれを見破れる程長い時間人と過ごさないから今までバレた事は無かった。

「何を隠しているウンスイ」

 グラジオラスから黒いオーラが漏れ出した。目も尋常じゃないほど殺気がこもっている。ここは身の安全の為だ、気付いた事を話そう。

「分かったって。そのトライソーンって奴が異教徒を砦に招き入れた内通者じゃないかと思ったんだ」

「馬鹿な、騎士団長だぞ。何を根拠にそんな事を」

 メリアは怒っている。そっちが聞きたがっていまから言ったのに。

「何故そう思った」

 グラジオラスは話を聞いてくれそうだが目付きがおかしい。

「何で騎士団が異教徒如きに遅れをとったんだよ。どうやって砦に侵入できた。門は一つで窓は中庭向けてあるだけの砦だぞ?門を破るなら必ず騎士団が応戦する筈だ」

 二人は黙ってしまった。

「なら誰かが門を開けたんだろ。内側から」

「そして騎士達を次々に襲っていったのか」

 グラジオラスはようやく話についてきてくれた。

「後、多分アンタを殺したのもトライソーンだ。アンタがいれば異教徒くらい簡単に倒せるだろ。なんせ剣の達人だからな。だから不意打ちで殺した。おそらくデュラハンになったから首を刎ねたんだろ」

 グラジオラスは自らの首を触った。

「アンタの不意をつけて、一瞬で首を刎ね飛ばせる人間は騎士だけなんじゃないのか?」

 グラジオラスは何も言えない。そりゃショックだろう部下に殺されたんだから。

「いや待て、じゃあ何故トライソーン騎士団長はいま騎士団長になっている。そもそも何故異教徒と繋がっていたのだ。何も説明出来ていない」

 メリアは必死に反論する。メリアの言う通りだ。だが、ここからが本当に俺が言いたくない所なのだ。

「何故黙っている。やっぱりお前の考えは間違っている」

 先程俺の癖を見破ったメリアは何処にもいない。認めたくないのは分かる。しかしグラジオラスは違う。何か悟っている様だ。

「予想はついているのだろ」

 グラジオラスは俺に向けてそう言った。薄々気づいているのなら言っても構わないか。

「手引きしたのはトライソーンだが、グラジオラスを殺したかったのは教会だ」

 グラジオラスは目を瞑った。やはり本人もそう考えていたのだ。メリアは更に怒る。

「ふざけるな!何故教会がグラジオラス様を殺したがる!騎士団長だぞ!市民からの信頼も厚く、教会にはなくてはならないお人だ」

「だからだよ。グラジオラスは人気があり過ぎた。教会の上の連中は自分達よりグラジオラスが市民に慕われるの嫌ったんだ。自分達より影響のある人間なんて邪魔だからな」

「そんな事教会がする訳ないだろ」

「じゃあ俺は?」

「は?」

「おかしいと思わなかったか?俺が一人で悪霊退治なんて。本当に俺が退治出来るなら大勢の前でやらせればいい。こんな僻地でコソコソやっても仕方ないだろ。だから教会は俺もここで死んで欲しかったんだよ」

「それは、何か教会にも考えがあって……」

 メリアは言い淀む。反論ができる筈ない。

「もういい、メリア。おそらくウンスイが言ってる事は正しい」

「そんな……グラジオラス様」

「それでウンスイ、トライソーンはその後何故騎士団長になったと思う?」

「秘密を誰にもばらさず、何処にも逃さず首輪をつける為かな。自分でグラジオラスを殺したんだ。教会の怖さは嫌ほど分かってるだろう。それに言う事を聞いてくれる騎士団長はアンタと違って扱いやすそうだからな」

 ここでグラジオラスは笑った。だがその笑顔は諦めている様な悲しい笑顔だ。

「そうだな。教会にとって俺は邪魔だったろう。指令を無視を度々やっていた。ああ、私の人生は何だったのだろう。教会の為に剣を振ってきたのにその教会に殺されるとは……もう何も感情が無い。恨みも怒りも悲しみも何も湧いてこない」

 グラジオラスの体が薄く消えそうになる。

「待って下さいグラジオラス様!まだそうと決まった訳ではありません!全てこいつの作り話です」

「もういいんだ。私には騎士として果たす使命が無くなってしまった。何の為に剣を振っていいか分からない。さらばだ」

 グラジオラスは目を閉じた。そしてゆっくりと浮かび上がった。まさに天に召されると言った具合だ。だがそんな事俺が許す訳がない。

「勝手に消えるな!アンタがいないと俺の命が危ないんだよ!俺も教会に命を狙われている。まさか騎士団長とあろうお方が市民の声を無視するなんて、そんな事は無いよな?」

 グラジオラスを逃すなんて考えられない。誰も勝つ事が出来ない無敵の騎士だ。必ず俺の力になる筈。

 グラジオラスは空中で止まった。そしてゆっくり降りてきた。

「ウンスイの騎士になれと?」

「別に俺の騎士になる必要はない。ただ護衛についてくれ」

「護衛ならメリアに頼めばいい。さらばだ」

 グラジオラスはまた上に上がっていった。

「待て待て、それにアンタは俺に恩がある筈だ」

 グラジオラスはまた降りてきた。

「恩とは何だ」

「正気を失っているアンタを戻したんだ。そうしなければ今でもあの砦で彷徨っていただろ」

「それはネックレスを私に押し当てて、頭を床に投げ捨てた事か?それは恩と言えるのか?さらばだ」

 グラジオラスはまた上がっていく。こいつ屁理屈ばっかりこねやがる。どうする他に説得材料はないのか。メリアも俺を軽蔑する目で見るな正気に戻す時は不可抗力でそうなったのだ。

 そうだメリアだ。

「護衛にしろって言ったメリアの命も危ないんだよ!」

「え?私?」

 グラジオラスは止まってくれた。ギリギリセーフと言ったところか。グラジオラスは降りてきてくれた。

「何故そう思う」

「メリアも市民からの人気がある。それに今回俺とメリアだけでこの砦に来た。もしかしたらメリアも一緒に死ぬ事を望んでいたのかもしれない。メリアは神聖騎士団だ、アンタの部下だ。また部下を死なさせるつもりか?」

 グラジオラスは黙った。

「今こそ二十年前の失態を拭う機会なんじゃないのか?」

 ここぞとばかりにメリアも口を挟む。

「そうです。わたしはまだ未熟者です。グラジオラス様のお力が必要なのです」

 二人してグラジオラスを説得する。とにかく協力者が欲しい俺とグラジオラスと共にいたいメリアの思惑は一致していた。

 グラジオラスはゆっくりと降りてきて遂にその両足が地面に着いた。

「分かった。まだ私にもやるべき事が残っているのだな」

 グラジオラスの顔は少し明るくなった。本人も納得してくれてのだろう。これでいい、とにかくそばに居てくれる事が重要だ。

「この身、女神様の下に行くまで剣となり盾となり戦うと誓おう」

 グラジオラスの誓いにメリアは声を上げて喜んだ。俺も身の安全が保障されて一安心だ。

「そして教会に巣食う悪魔どもを焼き払い。我々で本当の信仰を取り戻そう」

「はい!グラジオラス様!教会をあるべき姿に!」

 いや、そこまではやらなくていい。何なんだこの狂信者共は。こえーよー。そして我々って誰だよ。俺も入ってるのかよ。

 待て、このままでは御使の預言通りになるのでは?それはダメだ。絶対嫌だ。俺は安全に暮らせたらいいだけだ。なんでこんな事になった。これじゃあ女神の思惑通りになるではないか。

 しかしそんな俺の後悔など知る由と無く二人はガンギマリの目をして決意を固めていた。

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