砦と騎士と私
「ウンスイ殿、私の代わりに悪霊を退治してくれたと聞きました。誠にありがとうございます」
よぼよぼの司祭は椅子に座りながら俺にお礼を言った。
ここは教会の食堂で、俺、メリア、アイリス、司祭が座っている。御者は馬の世話がある為馬宿に泊まっている。
「お力になれてよかったです。それより腰を悪くしているとか。まだ痛むのですか?」
俺は司祭の心配をするフリをした。
「ええ、治癒魔法で痛みは無くなったのですが、腰を伸ばせずお見苦しい姿を晒しております」
「見苦しいなんて事はありません。腰が曲がっているのは一生懸命働いてきた証拠です。農家も物書きも商人も、長く働いていれば皆腰が曲がってきます。それだけ司祭様はこの教会で身を粉にして働いてきたのでしょう」
「ありがとうございます。アイリスから聞いておりましたがウンスイ殿の言葉は心に沁みますね」
司祭は照れ臭そうに笑った。アイリスも羨望の眼差しでこちらを見ている。メリアだけが不服そうな顔で睨んでくる。
そんなメリアもこの場で俺を嘘つき呼ばわりは出来ない。それくらいの常識は持ち合わせているようだ。
「部屋を用意してありますのでどうぞおくつろぎ下さい。アイリス、お二人を案内してしてやりなさい」
「はい、ではこちらにどうぞ」
アイリスは立ち上がり俺達を案内してくれた。部屋に向かう途中遂にアイリスが話しかけてきた。
「ウンスイ様が無事で本当に安心しました」
「何も心配する事は無かったですよ。少しお話をしただけです。それよりも一つお願いをしてもいいですか?」
「何でしょう?」
「皆さん私の事を御使だとか、そうじゃないとか色々言っていまして。御使とは何なのか詳しく知りたいのです」
協力者がいるとこういう時便利だ。後でメリアに内緒で聞きに行ってもいいがあらぬ疑いを掛けられるのはゴメンである。それにアイリスの前ではメリアも止める事は出来ないだろう。
「そう言えば詳しくお話ししていませんでしたね。御使様とは女神様の終末の預言に出てくる人物です」
やはり終末か。それはメリアが言っていた事と同じだ。
「民が飢えに喘ぎ血を流す苦難の終末が訪れる。その時天から女神ロトが御使を遣わす。御使は民を導き闇を晴らす。そして王と成り地上に安寧をもたらすだろう。それが教典で御使様が出る箇所です」
「なるほど仮に私が御使だとしたらあまりに荷が重いですね。やっぱり私じゃないですね。はっはっ」
大問題だ。まず初めに民が苦しんでいる状況はまずい。この国はロータス教が治めている。その中で民が苦しんでいるのだとしたらそれはロータス教の責任になる。それは教会のお偉いさんが絶対に認める訳にはいかない。
そして次に問題なのが民を導き闇を晴らす。この箇所も市民蜂起と受け取られる。そしてその闇と言うのが現在の教会になるだろう。
そして最後に御使が王になる。これは今いる為政者を排除して御使が王に成り代わるという事だ。なんて壮大な預言であろう。
つまり御使の預言とは、腐敗した教会を打倒する為に御使が市民蜂起を促して、新たな王国を作る事なのだ。
完全に革命である。これは容認出来ない。そして今御使が現れたという事は現在の教会は腐敗している事になってしまう。教会にとっては御使は救世主ではなく死刑執行人なのだ。
俺は上手く笑えているだろうか。少しぎこちない笑顔でアイリスに別れの挨拶して部屋の中に入った。
この預言の意味を教会は完全に理解している筈だ。そうじゃなくてもこんな若造が王に成るなんて嫌であろう。
アイリスもそうだがメリアも恐らく預言の意味を理解していない。王に成る部分だけを見て俺を御使と認めていないのだろう。
これで教会が俺を排除したい理由が分かった。後は俺はそんな気は無いよと教会のお偉いさんに人畜無害っぷりをアピールすればいい。
翌日朝早く教会を出た。出発の直前アイリスが首に掛けていた女神のネックレスを渡してきた。
「このネックレスをお持ちください。ウンスイ様を女神様が守って下さいます」
「ありがとうございます、アイリスさん。無事に帰ってきますので今回は徹夜でお祈りをしないで下さいね。往復で八日も掛かりますから」
「ふふっ、そうですね、八日は無理ですね」
アイリスの心配そうな顔が穏やかになる。何か言いたげなメリアがこれ以上眉間に皺ができる前に俺は馬車に乗り込んだ。
「司祭様、アイリスさんありがとうございました。またお会いしましょう」
馬車の中から別れの挨拶すると馬はゆっくりと動き出した。
司祭とアイリスは手を振り見送ってくれた。そして車内には沈黙が訪れた。メリアは相変わらず何か言いたげである。
「何故こんな男に皆騙されるのだ」
二人になるとメリアは直ぐに俺の悪口を言う。
「騙しているからな」
「その言葉アイリス殿に言ってやれ」
「言う訳ないだろ」
俺はポケットからアイリスから貰ったネックレスを出した。女神は木でできており熱心に触っていたのだろう、所々丸くなっている。
「女神を模った物は神聖味を帯びる。此度の悪霊退治に使うなよ」
メリアは俺に釘を刺した。また知らない情報である。その神聖味とか言う訳の分からないモノが悪霊に効くのだな。
メリアが持っている剣にも女神の姿が彫ってある。そんな簡単に神聖な物が作れるなら何でこんなに悪霊がいるんだよ。俺は呆れながら窓の外を見た。馬車はゆっくりと進み街を出ていた。
それから四日間旅が続いた。行く先々の教会に泊めてもらいながらの旅に俺はヘトヘトだった。
聖都から離れる程御使の噂は聞かなくなった。反面メリアは何処の街でも人気である。俺はスーツ姿なので怪しい男認定されていた。教会が修道服を貸しくれず、ずっとスーツのままである。教会としても修道服を貸すと本格的に御使になってしまうから避けているのだろう。
それでも俺はどの街でも営業スマイルで人々に接した。そして馬車に乗り込み出発する度にメリアからチクチク文句を言われる。
そんなストレスが積もりに積もる馬車旅はようやく終わりを向かえ、お昼頃に最後の村に着いた。いや終わりではなくここからが本番である。
この村の教会に一先ず挨拶を済ませに行く。教会には司祭服を着たヨボヨボの婆さんがいた。
「これは神聖騎士さま、本日はどの様なご用件で?」
これ程聖都から離れていると俺達の事は伝わっていないらしい。ここでも俺じゃなくてメリアが話を進める。
「私の名はメリア・アルストロ。本日はグラジオラス騎士団長を女神様の下へ送る為この教会に立ち寄らせてもらった」
「そうですか、私の名前はサリーと言います。この教会の司祭です。それと村の小さな教会なので寝泊まりする部屋は無いのですが……」
「構わない。村の宿に宿泊する」
婆さんは安心したようだった。
「ところでそちらのお方は?」
婆さんは俺を見た。
「申し遅れました、私はウンスイと言います。短い間ですがよろしくお願いします、サリーさん」
「これはご丁寧に、こちらこそよろしくお願いします」
俺は深々と頭を下げて挨拶した。
婆さんが言うにはこの村には亡くなった騎士団の為に慰霊碑が建てられているらしいので、一応俺達はそこに立ち寄った。
村の少し外れに慰霊碑があり、その奥の丘の上には砦が見える。慰霊碑にはグラジオラスを含め十人の騎士達の名前が刻まれているらしい。俺は文字が読めないが名前の様な文字が十行刻まれている事は分かった。
確かメリアも十人の騎士達が亡くなったと言っていた。十人の騎士を闇討ちとはいえ殺した異教徒ってどんだけ強かったんだ。
メリアは慰霊碑の前で祈りを捧げた。その祈りは様になっており神聖騎士の名に相応しい美しさとカッコよさを備えていた。
「ここが騎士団長がいる砦だ」
慰霊碑から見えた砦はボロボロで外壁の石が至る所に落ちている。二十年前に焼き討ちにあってその後グラジオラスが占拠しているから誰も修繕が出来ていないのだ。
ボロ屋敷の時もそうだが幽霊はそこまで怖くないが崩れそうな建物に入る事に抵抗がある。
「それじゃあ行ってこい」
「え?一緒に行くんじゃないの?」
「教会から一人で行かせる様に指示された。私は外で待っている」
メリアは見届け人の設定の筈だろ。その事にメリアは何の疑問も抱いていない。騎士団長の悪霊に一人で立ち向かわせるなんて教会の連中はよっぽど俺を殺したいらしい。
日は傾き始めており、餞別とばかりにランプだけを渡されて、俺は渋々一人で砦に向かった。朽ちた門を潜ると中庭になっており、その周りをぐるりと砦が囲んでいる。この砦は四角い形の様だ。砦には対角上に二つの塔が建っており、あそこから監視をするのだろうと分かる。石壁には二つの扉がありその内一つの扉から砦の内部に入って行った。砦の中は荒れており長い年限放置されていたのが分かる。
足元に鎧や剣が落ちている。まあ襲撃があったと言う事は鎧の中には死体があるのだろう。二十年も前の事だ鎧の中は骨しか残っていないだろうが。南無南無。
一階をぐるりと一周してみたがグラジオラスはいなかった。一つ一つ部屋の扉を開けて中を確認してみたが荒らされているだけでグラジオラスはいない。この砦は外から見た感じ三階建てである。なら上の階にいるかもしれない。
階段から二階に上った。そこにもあちこちに鎧が落ちている。気が滅入る。何度も仕事で心霊スポットに行ったが死体が落ちている事は無い。
それに床の木の板が腐っており、所々焼け落ちている。歩く度にギシギシ音を立てているし今にも崩壊しそうだ。崩壊するなら俺がいない時にしてくれ。
そんな風に床が抜け落ちる恐怖に怯えながら俺は二階も一周しながら部屋を確認していった。残るは三階と塔部分である。
三階に上る階段で上の階から足音が聞こえた。ガシャンガシャンとゆっくりと歩いているのが聞こえる。
本当にいるのか。一度リリーの経験があるから悪霊が実在するのは知っているが、やっぱり何処か信じていなかった。
階段から少し顔を出して左右を見回す。いない。しかし向こうの曲がり角の奥から足音が聞こえる。
俺はそろりそろりと角に向かって歩いて行く。足音は俺から離れていく様に聞こえる。
俺は曲がり角から少し顔を出して悪霊を呼び止めた。
「グラジオラス騎士団長様ー少しお話よろしいでしょうか?」
通路の奥に鎧が立っている。明らかにあれがグラジオラスだ。辺りは暗くなってよく見えないがこちらを振り向いたのは分かった。
鎧の音を立てて軋む床を踏み鳴らす。ランプの光により薄らと鎧が照らされていく。その姿は頭の無い騎士であった。
「デュラハンだああぁぁぁぁ!!」
俺は叫んでしまった。頭が無い!あれってこっちを見えてんのか?俺の声に反応して振り向いたんだよな?じゃあ聞こえてるのか?頭が無いけど説得は出来るのか?
「グラジオラス様ですよね?少しお話を……」
そんな風に話しかけるとデュラハンはこちらに向かって走ってきた。その右手には剣が握られている。
ふざけるな、何でメリアはこんな重要な事を言わないんだ。それにあのババアもだ。俺は恐怖と怒りに身を任せながら階段を転がり降りた。
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