イライラ女騎士と馬車旅

異端審問後、俺が連れて行かれたのは独房ではなくそこそこ豪華な客間であった。大きな窓に大きなベッド、ソファもあるし鍵も内側についている。

 勝った。それだけである。あの異端審問の発言は全て真実になった。そうなれば俺を独房に押し込めるなど言語道断。なんちゃって御使として俺は大手を振って大聖堂を歩ける訳だ。まあここに着いた当初から堂々と歩いていたのでそこは何も変わらないが。

 対応が丁寧になったのはいいが問題は続く。この後あの連中がどう出るかだ。俺を御使として崇め奉るのか、それとも一般聖職者として扱うのか。一番嫌なのが邪魔者として消される事だろう。

 あいつらの反応が気になる。俺が本当に女神が遣わせた御使なら喜び祭りを開き三日三晩どんちゃん騒ぎになる筈だ。しかし奴らは俺を崇める事なく、何処か扱いにくそうな対応であった。

 まだまだ警戒した方がいいだろう。その為にはこの教会の内情を知るような協力者が必要である。

 それから三日ほどこの客間で生活することになった。食事は一日二食でそれなりに豪華な物である。アイリスが質素な物を食べているのに贅沢だなと教会内の格差に憂いた。

 そして聖堂内を案内してもらう事にした。一般市民に解放している時間が終わってからの探索である。それでも多くの修道士がここで暮らしており何処に行っても人がいる。俺はどんな人間にも頭を下げて挨拶した。メシを運んでいる下っ端だろうが棺桶に片足突っ込み掛けている婆さんの司祭だろうが、それはそれは丁寧に頭を下げて挨拶する。

 相手は少し戸惑いながらも挨拶を返してくれる。ただ偉そうな奴は地位かプライドのせいかは分からないが少し無愛想である。

 まあ元々お偉いさんには期待していない。そこが協力者になってくれたら話は早いが、霊媒師と活動して分かった事は一番懐柔しやすい人間は一般人である。なら懐柔すべきは多くの割合を占める下っ端である。そいつらへの心象を良くする事で聖堂での活動をしやすくする。

 数は暴力である。そこが味方に付けばお偉いさんも口出しが出来ない筈だ。その為にならいくらでも頭を下げて挨拶して、名乗られたらその人名前を必ず覚えて次に会った時に名前を呼んで挨拶する。

「ソーンさん、昨日は案内ありがとうございました」「朝ごはん美味しかったですよ、リナさん」「メイブさんの歌声は今日も綺麗ですね」

 名前を呼ばれ褒められて嬉しく無い訳がない。

 世間話ついでに教会の序列が聞けた。一番上に法王が一人、その下に枢機卿が五人いるらしい。この六人だけでの国の全てを決めている訳だ。完全に独裁である。

 

 そうやって三日間、聖堂の探索という名の草の根活動していると遂に俺の処遇が決まった。

「悪霊退治ですか、メリアさん」

「そうだ、これより馬車で五日程の場所でやってもらう」

 俺に仕事を押し付けたのはいつもの女騎士である。彼女の名前はメリア・アルストロ。これも探索中に本人から聞いてみた。彼女はどんなに俺が優しく対応してもずっと敵意を剥き出しの目をしていた。君には何もしていないだろ。

 そんなこんなであっという間に出発である。この間と同じ様に馬車に乗せられて知らない場所に連れてかれる。来た時と違うのは修道士の数人が見送りに来てくれた事である。少し挨拶しただけでこれだ、チョロすぎる。おそらくコイツらは人の悪意や下心に触れた事が無いのだろう。純粋過ぎる、悪く言えば何も考えていない。

「無事に帰って来ます、少しの間お別れです」

 俺は笑顔で対応した。流石にこの時ばかりはメリアも俺を止めなかった。別れの挨拶だ、当たり前だろう。

 馬車は出発してガタゴトと進んでいく。馬車には御者と車内には俺とメリアしかいない。確実に俺の事を嫌っている彼女と二人っきりは中々しんどい。

 聖都の門を抜けたところで俺はメリアに切り出した。

「何処に向かっているのですか?」

「ここから五日程の場所だと言っただろ」

「それでは何も分かりません。こちらとしても身の危険もありますから。少しでも知っておきたいのです」

 メリアは何も喋らない。元々分かっていたが彼女は話を聞く気がないのだ。これが一番厄介だ。相手がどんなに警戒していても、敵意を持っていっても話さえをすればいい。そうすれば必ず綻びが生じる。俺はいつもそこを切り崩して懐柔していく。

 しかしこちらに対して何一つアクションを起こさなければそれも難しい。なら俺がするべき対応はこれだ。

「随分と嫌われている様だ、流石にアンタみたいな奴は騙せないか」

 俺はいつもの営業スマイルをやめた。足も組み座り方も崩した。メリアは俺を見て睨みつけた。

「ようやくその嘘臭い笑みを止めたな」

 彼女は口を開いた。掛かった。案外簡単に釣れてしまった。

「笑っていれば大体のやつは俺を受け入れるからな、使わない手はない」

「そうやって騙して何をするつもりだ」

「別に何も。俺からは何も求めてないだろ。あの客間だって、料理もアンタらが勝手に用意してくれたんだ。この三日いい暮らしをさせてもらった」

「それはお前が異端審問で何か仕組んだからだろう、そうでなければおかしい」

「俺は質問された事に本当の事を話した。どんな仕組みか知らないが天秤は俺は嘘をついていないと判断したろ。それともあの天秤は紛い物なのか?」

「そんな訳ない。しかしお前の様な奴が女神様の御使の訳がない」

「それも言ったろ、俺は御使だと一言も言っていない」

「女神様のお声を聞き、そして突如現れた人間が御使ではないなら何なんだ」

「そんな事俺が知るか。ここの奴らは信心深くて女神様の声が聞けるんだろ?なら直接聞いてみろ」

「くっ」

 メリアは黙った。俺に口で勝てると思うなよ。さてここからは俺の時間だ。下らない質問に答えたんだ少しくらい情報を出してくれよ。

「教会は俺の扱いに困ってんだろ?ならそっちに合わせてやるよ」

「何故そう思う」

「俺が御使だとしたら都合が悪いからだ。外から突然来た謎の男に教会を引っ掻き回されたくないのだろうし、俺は読んだ事ないから分からないがロータス教の教典に書いてある事に問題があるとかな」

「教典には女神様がこの世界の終末に御使を派遣して、その者のこの世に安寧をもたらすと書いてある。お前が安寧をもたらすとは到底思えない。だから私は御使じゃないと疑っているのだ」

 これはいい事を聞いた。御使と終末。この三日色々話を聞いてみたがその事は誰も喋らなかった。確かに軽々に終末なんて口に出さないだろう。

 そして異端審問ではぐらかして答えのが功を奏した。苦難の道を示唆されたなんて終末を予言している様にも聞こえる。これは使える。

 ただ連中がこれほどまで俺を嫌っているかはまだ分からない。終末に現れた救世主なら泣いて喜ぶ筈だ。もっと彼女から聞きてみたいが深追いは危ない。話題を逸らしつつ機会を待とう。

「なるほど、じゃあこの悪霊退治は俺が本当に御使かどうか確かめる為にやるって訳か」

「そうだ、お前は光魔法も神聖具も使わないらしいな。私はそれも嘘だと思っている。だから私がこの一件でお前を見定める」

 嘘だな。いやもしかするとコイツは本当にそう思っているのかもしれない。悪霊退治で御使かどうか証明するなら大勢の前でやればいい。証人がコイツ一人だけなんてあり得ない。

 それに隣の街でさえ悪霊が出たのにわざわざ五日も旅する場所に連れて行くなんて裏があるに決まっている。となるとこの悪霊退治は俺を始末する口実だろう。

「俺がやってる悪霊退治は説得するだけだ。異端審問でも言ったろ」

「説得だと?ふざけるな」

「本当だよ、悪霊の話を聞いてそいつの無念を晴らす。そうやって悪霊を浄化させてんだよ」

「そんな事本当に出来るのか」

「出来た。だからどんな悪霊を退治するのか情報をくれ。悪霊を退治出来るなら断る理由は無いんじゃないか?そこまでやってダメなら俺は御使じゃない、ただそれだけだ?」

 メリアは考え込んだ。

「分かった、話そう」

 そう言ってメリアは悪霊の素性を話し始めた。

 悪霊の名はグラジオラス。元々は神聖騎士団の団長務めていた。二十年程前、遠征先の砦に駐屯していた夜に焼き討ちにあう。砦は燃え、グラジオラスを含め遠征していた十人全員が亡くなった。

 犯人は神聖騎士団が壊滅に追いやった異教徒であり、その残党が死を覚悟して襲ったらしい。焼き討ちに関わった異教徒は全員捕まり死刑になり解決したかと思ったがグラジオラスは悪霊となり今なお砦を彷徨っている。

「それが今回の悪霊だ」

「なんで二十年も放って置いたんだ」

「グラジオラス騎士団長は剣の達人であり、無類の強さを誇った。それは悪霊になった後でも変わらず今まで多くの者が挑んだが誰も勝てなかったのだ」

 読めてきた。俺をグラジオラスに殺してもらうって訳か。悪霊退治で出掛けた先で死ねば教会としても仕方ないで済ませられる。だって相手は剣の達人グラジオラスだから。そして死ねばそいつは御使ではない証明になる。

 本当はさっさと殺したいだろうが聖堂内で殺す訳にはいかない筈だ。なんせ女神様のお膝元だ。俺はわざわざ五日も掛けて死にに行くのだ。

 なら何でそこまで俺を目の敵にするのか。何がアイツらにとって都合が悪いのか。

「グラジオラスはどんな人物か分かるか?」

「騎士団長は信心深く、悪を許さず、そして市民に優しい誇り高き人だった」

「市民からの人気もあったのか?」

「ああ、皆騎士団長を慕い。遠征で街に騎士団長が来ようものなら人集りが出来ていた」

 メリアは気付いているのか?騎士団長と言っても二十年前の筈。現役の騎士団長がいる筈なのに今だにそう呼んでいるという事は、コイツもグラジオラスを慕っている一人なのだろう。弱みを見せたな。

 そんな話をしていると俺が最初に降り立った街に着いた。今日はここで泊まり明日の朝早くに出発するらしい。

 泊まる場所はこの街の教会だった。アイリスとここの司祭が教会の外まで出てきて俺達を出迎えた。

「メリア様、ウンスイ様ようこそおいで下さいました」

 ヨボヨボの司祭は杖をつき腰を曲げて頭を下げた。下げたと言っても腰が曲がっている最初からお辞儀をしている状態なので持ち上げた首をカクンと下げるだけである。戦力外の爺さんに女手が一人という地獄の様な教会である。

 そんな腰の状態なら教会の中でも待っていてもバチは当たらないだろう。

 アイリスは俺に何か言いそうだが一応公式の場である。黙って司祭の後ろに立っている。

 俺達の周りには今日もワラワラと人集りが出来た。

「メリア様だ」「凛々しいお姿だ」「こっち見てくれないかな」

 市民の声を聞く限りメリアもまた市民からの人気が高い様だ。まあ物語に出てくる様なお手本の様な騎士だ、人気が出ない筈がない。

「どうぞ中にお入り下さい。皆様落ち着かないでしょう」

 司祭はそう言いヨロヨロ歩きながら教会の中に入って行く。俺達も司祭の後ろをついて行く。あまりにも遅い。見かねた俺は司祭の横に立った。

「手を貸しましょう」

 いつもの営業スマイルである。

「おお、ありがとう」

 司祭の手を取りながら俺は歩く。完全に老人介護だがこれもまた好感度の為だ。おそらくメリアは胡散臭い奴だと蔑む目をしているだろう。どうせメリアには態度を崩している。何も問題はない。

 今相手すべきはこの司祭と周りの観衆である。味方は多い方に越した事はない。観衆にも疑いの目をしている奴がいる。

 わざとらしい?知るかボケ。やらないよりは百倍マシだ。日本でも俺を嘲笑する奴らは幾らでもいた。疑う者は疑っていればいい、最後に信頼されるのはどちらか火を見るより明らかだ。

 様々な目に晒されながら俺はゆっくりと司祭と共に教会に入って行った。

 

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