二話

異端審問は蜜の味

連行されてからはあっという間だった。馬車に乗せられてズンズンドコドコ揺られながら聖都とやらを目指した。

 馬車の中で知ったのだがこの国の名前はロータス聖教国らしい。

 先程までいた街から聖都までは以外に近くて昼頃出発して夕方頃に着いた。聖都の近くの街の教会をワンオペで回しているのは如何なものか。

 聖都に入るとデカい女神像が嫌でも目についた。聖都の中心に女神像が聳え立っており、聖都全体を見下ろしている様であった。

 女神像の奥にはこれまた大迫力の大聖堂が見えてきた。信者から随分寄付を巻き上げたのだなと感心した。

 権威の象徴として人員を動員して寄付を募り巨体な女神像と大聖堂を造ったのだろう。これだけで国力とロータス教の影響の高さが窺える。

 馬車はそのまま大聖堂に向かって行って。そして信者に見せつけるが如く俺を正面玄関で下ろして連行して行った。

 パフォーマンスなのは分かりきっているが居心地は悪い。それでも俺は悠然と歩いていく。その佇まい重役出勤の如し。

 騎士を先頭に大聖堂にお偉いさんの如く歩く俺の姿は、教会のお偉いさんにとって実に不快であろう。

 そしてお偉いさん風の俺は小さな鉄格子が嵌められた鍵が外から掛かる扉の部屋にぶち込まれた。つまり監禁されたのだ。

 もっと地下にあってジメジメしてて肌寒い不衛生なとこに連れてかれると思ったが、部屋自体清潔感があり簡易な机と椅子が備えられていた。

 ベッドにはしっかりと布団が敷いており寒さに震える事はなさそうだ。これで三食出て自由にフラフラで歩けるのなら永住も検討してもいいが、対応を見るにそんな事はないだろう。

 扉の向こうから鉄格子越しに女騎士が話しかけてきた。

「明日、異端審問を行う。それまで女神様に懺悔してろ」

 そう言うとどっかに行ってしまった。懺悔なんてする訳ないが異端審問によっては処刑なんて事もあるかもしれない。

 考えても仕方ない、俺にはよく回る口先しか持ち合わせていない。相手が人間ならやる事は一つである。

 喋って、屁理屈こねて、騙くらかして、惑わせて、言いくるめて、懐柔させる。それだけだ。

 ガタゴト揺れる馬車に乗って痛めた腰を労る為に俺は早々に寝ることにした。上着を椅子にかけて布団に潜った。

 思い返せば昨日から徹夜であった。こちらの世界で初めて横になって寝ることになる。疲れもあり不安も何も感じる暇無く寝てしまった。

 

 翌日、鐘の音によって目を覚ました。窓から見える空はまだ薄っすら明るくなっている程度である。聖職者の朝はかなり早い。

 こんなに早起きするのは久しぶりだが倦怠感はまるでない。夜になって直ぐに寝た為十分睡眠を取れた。

 身体を伸ばしストレッチをした。腰の調子もいい。都内と違って空気も美味しく感じられる。

 やる事もなくダラダラと過ごしているとガチャガチャと遠くから音が聞こえてきた。ここにきて何度も聞いた鎧がぶつかり合う音だ。格子窓から女騎士が覗いてきた。そしてガチャリと扉の鍵を開けた。

「出ろ」

 それだけ言って扉を開いた。偉そうに。俺はまだ何もしていないのに何だその態度は、と思っているがそんな事は決して顔に出さず笑顔で女騎士に従った。

 女騎士を先頭に俺、後ろには二人の騎士がついて歩いて行く。着いた先は大きな扉の前、その扉を二人の騎士がゆっくり開けるとそこは法廷の様な場所であった。

 昨日異端審問をすると言っていたがここでやるのだろう。と言う事は異端審問所なのか?どう見ても法廷だが。

 女騎士に連れられて法廷の真ん中の証言台に立たされた。女騎士は俺が逃げ出さない様後ろで待機した。そんなに心配しなくても何処にも逃げられないだろ。

 周囲は取り囲む様に壁がありその上に偉そうな爺さんや婆さんが座っている。その誰しもが司祭服を着ており、装飾品がキラキラと下品に輝いている。みなさん羽振りがよろしいようで。

 証言台の前の高座にも多くの老人が座っており、更に奥には天井まで届きそうな女神像が立っていた。その女神像は礼拝堂や外にある巨大な物とは違い天秤を胸に当てて持っている。

 後ろにも席が用意されており普通の修道着を着た若い連中が座っている。その他にも一般市民がちらほら見える。

 法廷の真ん中に座っている一際偉そうな爺さんが喋り始めた。あれが噂に聞く審問官なのだろう。

「これより女神ロトの下、異端審問を執り行う」

 その言葉に反応して法廷にいる全員が一斉に立ち上がった。一番低い位置にいる俺を皆が見下ろしている。ここに立つ人間を最初から悪者に仕立て上げる様な作りである。

「この女神の天秤は全ての嘘を暴く。女神様の前で嘘偽りなく証言すると誓うか?」

 審問官は天秤を自分の目の前に置いた。特に変わったことは無い様な普通な天秤である。

「誓います」

 とりあえず話しが進まない気がするので誓った。すると俺の胸から光の球が出てきて天秤の片方の皿に乗っかった。ただの小道具かと思ったがどうやらあの天秤は本当に嘘を暴く様な力があるのだろう。あれが噂の光魔法なのかもしれない。

 審問官は空の皿に羽を置いた。天秤は傾かず真っ直ぐに横になっている。

「今異端者の魂が天秤に掛けられた、これより虚偽の発言をするとその者の魂は罪により重くなり傾く事になる。この場では一切の嘘は通用しない」

 さて本番である。その嘘を暴く天秤の性能を見てみようじゃないか。

「まずは名前を答えよ」

「はい、私は普段雲水と名乗っております」

 天秤は反応しない。雲水は本名では無いが嘘は言っていない。俺は心の中でほくそ笑んだ。勝てる。そう確信したのだ。

「ウンスイよ、貴様はあろうことか女神様の御使と名乗ったそうだな」

「いいえ、私は一度も自分の事を御使とは言っていません」

 これは本当だ。勝手にアイリスが言っているだけである。もちろん天秤は反応しない。

「なら貴様は何故御使と呼ばれている」

「気がつくと礼拝堂の女神像の前にいました。急に現れたそうで、その場を見た修道士アイリスが私の事を御使だと呼びました」

「にわかに信じられん話だが嘘は言っていないようだな、それなら誰がお前を連れてきたのだ」

 俺は微笑んだ。周りの人間は実に気味が悪いだろう。

「貴方の後ろにいるお方です」

 審問官は振り返った。そこには女神像しかいない。審問官は信じられないと言った顔で天秤を見た。天秤は動かない。

 法廷は一気に騒がしくなった。それもそうだろう、ここに立っている男は女神に連れられて来たと言ったからだ。

「そんな信じられない」「本当に御使なのか」「馬鹿を言うな」「そんな訳あるか」「しかし天秤は動かないじゃないか」「じゃあどういう事か」

 騒ぎは一向に収まる気配はない。審問官は大声を出して収束を図っている。

「鎮まれ!鎮まれ!神聖な異端審問の場である!」

 こんな悪趣味な催しを神聖と言っていいのか。審問官が何度も叫びようやく法廷は落ち着きを取り戻した。その空気は始まった当初に比べて明らかに浮ついている。

「信じられんが審問を続けよう。女神様に連れてこられたと言ったが、その時女神様から何かお言葉を授かったか?」

「私個人に向けたお言葉なので許可なく言いふらすのは憚れます。強いて言うならこれから私には苦難の道がある事を示唆されました」

 観衆は俺の言葉を聴きながら天秤を凝視しながら騒いでいる。実に滑稽だ。ああ愉快、愉快。

「本当にお言葉貰うとは」「こんな男が?」「まさか預言者なのか」

 審問官が改めて観衆を注意する。

 俺への悪口も言いようだ。まるで女神が俺を案じているように聞こえる。それに加えて何処か応援してるみたいだ。

「ウンスイ殿は屋敷の悪霊を退治したと聞いたが光魔法は使えるのか。光魔法はロータス教の者が修行しないと使えない筈だ」

 呼び方が貴様からウンスイ殿に変わっている。もし仮に女神からの遣いなら、失礼な態度を取るわけにはいかないのだろう。

「いいえ、私は光魔法は使えません」

「それなら女神様の祝福を受けた神聖具を使ったのか」

「それも違います。私は一度もその様な物を使った事はありません」

「なら悪霊を退治したのは真では無いと言うことか?」

「屋敷を見れば分かります、あの屋敷にはもう悪霊はおりません。その魂は救済されました」

「一体どうやって」

「悪霊の声を聞きその無念を晴らしました。ただそれだけです」

 天秤は微動だにしない。法廷はまた五月蝿くなった。これまで異常にザワザワと騒ぎ立てている。

「まさか、そんな事で?」「ありえない」「ならどうやって」「私が知るか」

 もう異端審問どころではない。審問官も頭を抱えている。その間俺はただ堂々と立っていた。実に気持ちのいい空間である。

 まさに愉悦、愉悦の極み。

 あの女神の可愛い可愛い信者どもが慌てふためいてる。女神が余計な事をしたから自らの首を絞める事態になっているのだ。ああなんて素晴らしいのだろう。人生でこれ程まで清々しい気持ちになったのは初めてかもしれない。

 俺の胸から出た光の球はフヨフヨと俺の下に帰って来た。これが魂なのか分からないが、無くても喋れたし動けたから何かそれっぽい物なのだろう。それに自分で言うのもあれだが俺の魂がこんなに綺麗な筈が無い。

 審問官が女騎士を呼び何か指示を出している。その指示を聞いて女騎士は俺を法廷の外に連れ出そうとした。

 これで本格的に異端審問は中止であろう。俺は女騎士に逆らわずに歩いてく。しかし扉の前に来ると俺は振り返った。

 その時あんなに騒がしかった連中が口を閉ざした。俺は嫌疑、好奇、嫌悪、恐れ、畏れ、あらゆる目に晒された。

 俺は一つ礼をした。ただそれだけをした。連中はそれを、ただそれだけの事を固唾を飲んで見守った。そしてまた振り返り外に出た。心の中に邪悪な笑みを浮かべながら。

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