霊媒師として生きて行く

ボロ屋敷から帰ってくると礼拝堂にはアイリスが女神像の前で祈りを捧げていた。本当に寝ずにやっていたのか。これで女神の声が聞こえないなんて何か間違っているだろう。俺が入ってきた事も気付かないくらい真剣に祈りを捧げていた。

「アイリスさん」

 俺は優しく声を掛けた。ようやく俺の帰還に気付いたアイリスは涙目になりながらこちらを見て、また女神像に向かって祈りを捧げた。

「女神ロト様、ウンスイ様をお守りくださりありがとうございます」

 そう言うと直ぐに立ち上がり俺の下に駆け寄った。

「ウンスイ様、ご無事で本当によかったです。外で悪霊が出たと言う騒ぎが聞こえて、ウンスイ様に何かあったかと不安で不安で」

 その騒ぎはヴァントル邸でリリーが暴れたやつだろう。早々に引き返したので知らなかったが、街ではそれなりの騒ぎになっていたのか。

「それでリリー様の霊は?」

「安心して下さい。無事旅立ちました」

 説明が面倒臭いのであえてリリーが成仏しなかった事は言わない。

「そうですか、これでリリー様も女神様の下へ」

 アイリスはちゃんと勘違いしてくれた。嘘は言ってない。本当に旅立ったのだから。

 俺達は教会の中にある厨房で朝ごはんを食べた。流石聖職者、食事も質素である。

 アイリスは寝ていないのに教会の仕事を始めた。礼拝堂の掃除に訪ねてくる信徒の案内。うとうと眠そうにしながらこなしていく。

 司祭がぎっくり腰で動けない為全ての仕事がアイリスにのしかかる。酷いワンオペである。いい人ずらしている俺も掃除を手伝った。俺も徹夜なので眠いが一人で寝ますとは言えない状況である。

 そんな二人でうとうとダラダラ仕事をしているとローラが息子夫婦と一緒に教会に訪れた。

「アイリス様、ウンスイ様、本当にありがとうございます」

 会って早々にローラは頭を下げてお礼を言ってきた。

「今朝奥様が私の下に来ました。それはそれは晴れやかな顔で、あんな奥様一度も見たことがありません。最後に元気な奥様に会えて本当に感謝しています」

「グスン……それは良かったです」

 アイリスは涙ぐんでいる。ローラの目元も赤くなっており、ここにくる前に泣いていたのだろう。

「こちら少ないですが私からの気持ちでございます。どうぞこれからも迷える魂をお救い下さい」

 ローラは巾着袋を取り出してアイリスに渡した。仕事柄よく見る光景である。

 アイリスは頭を下げて巾着袋を受け取った。

「ありがとうございます。女神様のご加護が皆様にあらんことを」

 アイリスは手を組み一家に祈りを捧げた。一家も目を瞑り祈りを聞いている。

 最後にローラ達は女神像の前に行き祈りを捧げて帰っていた。

 これで万事解決である。と言いたい所であったがそうはいかなかった。

 くすねた宝石を換金する為にそれとなくアイリスに売れるところを聞いて店に訪れたが。

「あー旦那、これ宝石じゃなくてただの綺麗な石だよ」

「ふあぁ?」

 馬鹿みたいな声が漏れてしまった。

 ヴァントルは結婚指輪までケチって紛い物をリリーに贈ったのだ。冗談ではなく本当にガキでも買える代物だったのだ。

 許せんヴァントル。俺に恥をかかせた罪をいつか償わしてやる。どうする、リリーに頼んで一度カチコミをしてもらうか。

 俺は怒りの炎を燃やしながら教会に帰った。だが決して表情には出さない。演技のプロだからだ。それでも奥歯はギリギリと噛み締めている。

 教会の前には人集りができていた。何か悪い予感がした。霊感なんて無いし第六感の様なものも感じない、それでも俺は勘は信じていたりする。

 人集りの一人が俺を見付けて指を指した。そうすると人集りが一斉にこちらを向いた。怖い。

 人集りが二つに割れて間から真っ白な鎧を着た女性が歩いてきた。女騎士だ。

「貴様がウンスイか?」

 女騎士は俺を睨みつけた。全身を隈なくみて目ぶみしている様である。

「はい、そうですが」

 あーこれはダメなやつだ。俺の経験と勘がそう告げている。

「貴様を異端審問にかける為連行する」

 やっぱりね。碌なことじゃないと思った。

 教会の中からアイリスが飛び出してきた。

「ウンスイ様!」

「これ以降この男との接触を禁じる。連れて行け」

 女騎士が命令すると俺は両脇を騎士に配置されて連れて行かれた。まあ仕方ない。日本でも警察沙汰は何度もあった。親族が警察を呼んで揉めるなんてザラだ。

 こんな時は逆らわず丁寧な対応をするのが得策である。そしてオドオドしない。俺は何も悪い事はしてませんよと周囲にアピールするのだ。

 だから俺は身だしなみに整えて、胸を張って騎士を両脇に従えて自分で歩いた。

 騎士はまるで要人警護の様になってしまい。焦っている。それでいい。これで周囲にはどっちに非があるか分からなくなるのだ。

 いつの間にか立場が逆転している不可思議な状態のまま俺は騎士に従い歩いて行った。

 

 

 

 

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