霊媒師か探偵か相談員か
アイリスに案内された役場で俺は受付嬢に用件を伝えた。悪霊が出るから屋敷の持ち主を調べて欲しいと。しかし、
「実は私共もその件に関しては承知しておりまして、ただ持ち主の貴族様が手出し無用と言っておりまして」
なんと家主は知っていたのだ。知っていて放置している事になる。
「近隣住民から教会に救いを求める声が届けられました。出来れば屋敷の中に入りたいのですが、もし許可なく入って処罰される訳にもいかないのでどうにかその貴族様に話がしたいのです」
俺は更に懇願してみた。既に屋敷の庭には入っているがそれは黙っておこう。屋敷には入っていないから嘘は言ってない。
「こちらとしても教会の活動を援助したいのは山々なのですが、貴族様の命に逆らえないのです」
あれだけデカい屋敷だ、それなりの地位の人間が持ち主だろう。そして一般市民と貴族では住む世界が違う様だ。
「どうにかなりませんか?迷える魂を救済したいのです」
アイリスも懇願しているが快い返事は返ってこない。
だが方法はある。あくまで俺が知りたいのは屋敷の持ち主の情報ではなく、悪霊の正体が誰なのかだ。
「なら、そこで働いていた使用人は紹介出来ますか?その人に貴族様に繋いでもらえる様に取り計らってもらいたいのですが。それなら貴族様の許可は必要無い筈では?」
「しかし、使用人と言えど貴族様の許可無しには」
「ではこう言うのはどうでしょう。私は新しく使用人を雇いたいのです。誰かいい人を紹介する事は出来ますか?」
「それってつまり……」
「何も言わないで下さい。私はただ人を紹介して貰いたいだけなのです。貴方はたまたまその人を紹介しただけです」
「うーん分かりました。ただ使用人程度では貴族様に取り継いでもらうのは難しいかと」
「少しでも可能性があるなら」
俺は営業スマイルで微笑んだ。
受付嬢が奥に引っ込んでしばらくすると古い紙の束を持ってきた。就労届けの様でそこから屋敷で働いていた人物を探しているが中々見つからない。
こちらの文字は俺は読めないので完全に受付嬢頼みである。ようやく一人だけ使用人として働いていた人物を特定出来た。ローラと言う女性でこの街に住んでいる老人らしい。
受付嬢にお礼を言って俺たちは外に出た。
「ウンスイ様、本当に貴族様に会えるのでしょうか?」
アイリスは心配そうに聞いてきたが何も問題無い。
「悪霊の正体を探るのが目的なので事情を知る者であれば誰でも良いのです」
「なるほど」
アイリスは納得してくれた様だ。そして一人でフンフン言って考えている。
俺達は住宅街にある小さな家の前に着いた。ここが紹介された使用人の家である。
「アイリスさんが呼び出して下さい。私の格好だと不審がられるので」
「はい」
アイリスは扉に付いているドアノッカーで扉を叩いた。しばらくすると扉がゆっくりと開き中からお婆さんが顔を覗かせた。
「あら、どちら様?」
「私はロータス教の修道士、アイリスと言います。ローラさんで間違いないですか?」
「はい、あっておりますが修道士様が何の御用で?」
「実はある屋敷で現れた悪霊についてお話したいのですが」
アイリスの言葉に反応してローラの顔は少し曇った。やはり何か事情を知っている様だ。
「どうぞお入り下さい。中でお話を聞きます」
ローラは俺達を部屋の中に案内してくれた。部屋はこぢんまりした作りで、テーブルには椅子が四脚備えられていた。
ローラに席に座るよう言われた俺達は遠慮なく座り、ローラはお茶の用意をしてくれた。
「さて、何をお話しすればよいのですか?」
ローラは明らかに暗そうな顔をしている。ここからは俺の出番である。
「あの屋敷では悪霊が出ると近所で騒ぎになっています。私は悪霊は何かこの世に未練や恨みがある為女神様の下へ行けないと考えております。ローラさん、悪霊について何か心当たりはありますか?」
「その悪霊と言うのは女性ですか?」
「はい、ドレスを着た白い髪の女性の霊です」
「あぁ、なんていうこと……」
ローラは手で口を押さえた。その表情は絶望している様な悲しげな表情であった。
「何か心当たりがあるのですね?私達はあの悪霊となった魂を救い女神様の下へ送ってあげたいのです」
俺は営業スマイルだけではなく営業シリアスモードも出来る。今の俺はそれはそれは真剣に魂を救いたいと願ういい男に映っているだろう。
「これは四十年程前の話です……」
そうローラは切り出した。
あの屋敷の持ち主はヴァントル・ネーロと言う貴族で今から四十年前にリリーと言う令嬢と結婚した。
リリーは病弱で一日の大半を床で過ごした。そんなリリーと何故ヴァントルは結婚したのか、それは借金である。当時多額の借金をしていたヴァントルはリリーと結婚する条件に借金の肩代わりをリリーの実家に頼んだのである。
リリーの実家も娘を煩わしく思っていたので快く快諾して金と一緒に娘を嫁に出した。
借金を返済したヴァントルにとってリリーはもう用済みなので屋敷の一つをリリーに与えてた。外に出れないリリーは実質軟禁状態になってしまった。使用人もローラとその旦那の二人だけしかおらず最低限の生活をさせるだけであった。
一方ヴァントルは他所で愛人を作り結婚式以来リリーと顔を合わせる事は無かった。
結婚から十年後リリーは流行病で息を引き取った。リリーの実家は遺体の引き取りを拒否し、ヴァントルさえもネーロ家の墓にリリーを埋葬する事を拒んだ。
リリーは屋敷の庭に埋葬されてた。葬儀には葬儀屋と司祭、そしてローラと旦那しか参列しなかった。親族おろかヴァントルさえも顔を出さなかった。
リリーの死後ヴァントルは愛人と再婚して今なお生きている。
「これがあの屋敷で起こった事です」
悪霊になる位だ何か恨みつらみがあるだろうと踏んでいたが胸糞悪い話だ。日本でも霊が出るとその理由を聞かされているが、実際目の当たりにすると気分が悪い。
「ひどいです……そんな事」
アイリスも目を真っ赤にさせている。やはりそこの所の感覚は俺と変わらないらしい。
「ここ最近リリー様の霊が出現する様になったのですが何か心当たりは?」
俺は更にローラから情報を引き出す。
「もしかしたら私が墓参りに行けなくなったからかもしれません。毎年奥様の墓参りに行っていたのですが主人も亡くなって、私も足を悪くして誰もお墓を管理していないのです」
なるほど、よくある話だ。しかしそれでは墓を管理する人間がいなくなればまた出てきてしまう。それは一時的な先延ばしに過ぎない。
それに今更墓に花を供えたところで大人しくしてくれるとは限らない。
「それとこの件に関しては貴族様から手出し無用と言われているのですが」
俺がそう言うとローラは黙ってしまった。そしてゆっくりと口を開けた。
「ここから先は老人の妄言と受け取って下さい」
「分かりました。妄言なので聞き流しましょう」
「ヴァントル様はお金に執着しておられました。司祭様に除霊を頼むと教会に寄付をするのが一般的です。勿論貴族は礼に多額の寄付金を納めるでしょう。ヴァントル様は奥様に金貨一枚だって使いたくないのかと思われます」
確かにこれは年寄りの妄言だ。貴族に対して金を払いたくないケチと言っているのだ。表で言ったら何をされるか分からない。
「どうか奥様を女神様の下へ送って下さい。亡くなってもまだ苦しんでいるなんて……あんまりです」
ローラは深々と頭を下げた。見慣れた光景だ。俺の仕事はいつもこう言う奴を相手している。それなら簡単だ、俺が婆さんにかける言葉はただ一つ。
「安心して下さいローラさん。貴方の願いはきっと女神様に届きます」
俺は優しく語りかけた。ローラの目は涙で潤んでいる。アイリスも潤んでいる。
俺達はローラに見送られ外に出た。日は沈みかけ空を茜色に染めていた。
「ウンスイ様!必ずやリリー様の魂を救済しましょう!」
アイリスはやる気十分である。しかしアイリスが同行されると邪魔なのでここは帰ってもらおう。
「アイリスさん、屋敷には私一人で行きます」
「何でですか!危険です!」
「だからです、前途ある若者を危険に晒す訳にはいきません。アイリスさんは教会で女神様に祈りを捧げて下さい。リリー様が女神様の祝福を受けれるように」
アイリスは号泣している。
「分かりました。ウンスイ様が戻ってくるまで何年でも祈り続けます」
もう怖い、それじゃあ俺の信者だろ。しかしここで引いてはいけないので俺は優しく微笑んだ。アイリスは何度も振り返りながら去っていく。俺はその姿が見えなくなるまで見送った。
アイリスと別れて屋敷に向かう。
日は落ちて辺りは暗くなってきた。街灯りだけが道標になってくれている。
人生で初めての除霊である。しかし相手が元は人間ならやる事は変わらない。
今までは依頼人を納得させる仕事だったのが、今回は幽霊を納得させる事に変わっただけである。
自称神には恨んでいるがどこかこの状況を楽しんでいる自分がいた。本心からは絶対にお礼は言わない。あいつに対して言う事はただ一つ。
「思い通りになると思うなよ」
呟きは誰もいない夜道に消えていった。
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