異世界に逃げ場はない

教会に戻った俺は椅子に座りながら考えていた。

 マジでいた、初めて幽霊を見た、聞いてない、いや初めから聞いていた筈、でも本当にいると思わないだろ?どうする?逃げるか?そもそも除霊ってどうやるんだよ?マジでいるの?

 あれこれ思考が頭をぐるぐる回転している。それでも不安な表情は表には出さない。なぜなら直ぐそこでアイリスが目を輝かせながら見ているのだ。

「ウンスイ様、それで悪霊の浄化は上手くいきそうですか?」

 出来るわけないだろ。こちとらインチキ霊媒師だぞ。

 だがどうする。ここで出来ませんと言ったら。俺はこの教会から追い出されて、このファンタジー紛いの世界で一人で生きていくのか?

 いや無理だ、それならダラダラとそれっぽい事を言いつつアイリスを利用するのがいいだろう。この俺を盲目的に信用しているアイリスなら俺を養ってくれるに違いない。

 まずはこの世界の浄化とやらを聞き出そう。もしかしたら念仏を唱えれば何とかなるかもしれない。

「アイリスさん、一つ質問をしていいですか?」

「はい、なんでしょう」

「いつもは司祭様が浄化をしていると言っていましたが、それはどの様な方法であの悪霊を浄化しているのですか?」

「司祭様は光魔法が使えるので悪霊に光魔法を放つのです」

 無理だ。そんな暴力的に浄化するのかこの世界では。そもそも何だ光魔法って。光魔法を放つって何なんだ。手からビームでも出るのか。全く参考にならない。

「他の方法で浄化は出来ないのですか?」

「神聖味を帯びている武器で倒すとかです」

 もう嫌だ。そんなゲームにみたいな理屈を現実に持ち出すなよ。俺は高校受験をきっかけにゲームは止めたぞ。この世界の住人はゲーム脳なのか?

「それとあの悪霊をそのままにしておくとどうなるのですか?」

「悪霊は今はまだ屋敷にいますが、そのうち屋敷から飛び出して人を襲うかもしれません」

「それは危険ですね」

 悪霊が屋敷から出てしまうなら余計に退治しなければならない。退治したと嘘ついてそっとしておく事は出来ないと言う事だ。

「あの?ウンスイ様?」

「はい、なんでしょう?」

「もしかしてウンスイ様は別の方法で浄化するのですか?」

 まあ、そうっちゃそうだが、そうじゃないと言えばそうでもない。ここはいつもの如く口先で乗り切ろう。

「はい、私は悪霊の言葉を聞き、そして悪霊がこの世に縛れている原因を取り除く事でその魂を救済しているのです」

 ここで重要なのが浄化するとか成仏させると言わないと事。魂の救済と言う曖昧な表現を使ってはぐらかすのだ。

「そんな、悪霊は女神様を信仰しない者の成れの果てなのでは?だから死んでも女神様の祝福を受けられずこの世を彷徨っていると」

「その女神様は慈愛に溢れているはずでは?」

「はい、その通りです」

「なら全ての者に祝福を与えるはずです。もしかしたら悪霊は何らかの理由で現世に縛り付けられているだけかもしれません。私はそんな哀れな悪霊の魂を消滅ではなく救済をしたいのです」

 出るは出るは思ってもいない事が口からスラスラと。長年霊媒師をやっていると自然とそれっぽい事が出る様になる。言い淀んだり考えたりしてはいけない。さも当然の様に、常識の様に、真理であるかの様にでまかせを言うのだ。

 そんななんちゃて説法を聞いたアイリスの瞳から涙が溢れ落ちた。そしてスンスンと泣き始めた。

「ウンスイ様はなんて清らかな心の持ち主なんでしょう」

 こいつチョロ過ぎる。

「私が間違っていました。悪霊を悪と決めつけ消滅させようとしてたなんて。それでは苦しみは消えず本当の意味での救済にならないのに」

 悪霊への説得は割とポピュラーな方法だと思っていたが違うのだろうか。いや、こっちの世界のやり方が暴力的過ぎる気もする。

 それにしてもそんな簡単に宗教観を曲げていいのか?人生かけて信仰してきたのではないのか?それを文字通りポッと出のオッサンの言う事に感動するなんて、もしかしてアイリスはヤバい奴なのでは?

 アイリスはヨロヨロと女神像の前へ行き跪いた。そして胸の前で両手を組み祈り始めた。

「ああ、女神ロト様。これまでの私の浅はかな考えをお許しください。全ての人間に等しく慈愛を持って包み込む女神様を疑ってしまった事をお許しください」

 祈りと言うより懺悔をアイリスはしている。このままでは話が進まないのでサッサと切り上げさせよう。

「女神様もきっとアイリスさんを許してくれますよ」

「ありがとうございますウンスイ様」

「私もアイリスさんの為に女神様に祈りを捧げましょう」

 俺は女神様の前に跪きアイリスの見様見真似で祈り始めた。これくらいやっておけばアイリスは俺を放り出したりしないだろう。これで寝床の確保はできた。

 後はどうやって日本に帰るかだ。あの声の主を探し出さなければならない。

「その必要は無い」

 この尊大で傲慢そうな声は一度だけ聴き覚えのある忘れられない声である。

 顔を上げるとそこは真っ白な空間になっており、目の前に女神像と同じ顔の女性が浮いていた。

「お前か、俺をこの訳の分からない世界に連れてきたのは」

 俺は立ち上がりそいつを睨みつけた。人を見下す様な表情は俺を更にイラつかせる。

「人を欺き、私腹を肥やし、神の名を語る愚か者よ。改心する気はなったか?この世界ではお前の虚言は通用しない」

「改心?何で俺が。」

「虚言により人々を騙した罪を忘れたと言うのか」

「はっ、相手は満足してるのだ、何の問題はない」

「それが嘘であってもか」

「そうだ、嘘も方便。家族も、医者も、行政も、誰も解決出来なかったから私がそれを引き受けただけだ。そんなに俺が活躍するのが嫌ならお前が助けてやればいい」

「神は干渉しない」

「俺には干渉するくせにな」

「お前は罪人だからだ」

「救いはしないが制裁は与えるのか?随分自分勝手な神だな」

「その不遜な態度、いつまでも続けられると思うなよ」

「ご忠告どうも、そんなに心配するなら俺を家に帰しな」

「ならん、この世界で己が行いを悔いるがいい」

 俺はいつの間にか教会で跪いた姿勢に戻っていた。アイリスの様子を見るに、それなりに話したつもりだが時間は経っていない様だ。

 全く自分勝手な自称神だ。この世界で反省しろってここは地獄か何かなのか。好き勝手に言うくせに俺の質問に一向に答えようとしない。

「女神様への祈りは終わりました」

 俺は立ち上がり微笑んだ。女神だろうが利用出来るもんなら何でも利用してやる。

「ありがとうございます。ウンスイ様は女神様のお声を聞いた事がありますか?敬虔な信徒は祈りを捧げるとそのお声を聞く事が出来るらしいのです。私はまだまだ修行の身なので聞いた事は無いのですが……」

 どこの世界にもそんな事を言う奴がいるのか。

「いいえ、私もまだ女神様のお声を聞いた事はありません」

 なにしろ俺は敬虔な信徒ではない、となると女神様の声を聞く事はできない筈。それならさっきの奴は女神様じゃない事になる。完璧な証明である。

「そうですか。聖都にある大聖堂の法王様は聞くことが出来たと言っていたのですが」

 そいつはおそらく嘘だろう。誰にも聞こえないなら幾らでも嘘をつける。

「女神様のお声が聞けなくても貴方の行いは必ず見てくれている筈です。大切なのは聞こえるから信じるのではなく、聞こえなくても信じる事です。アイリスさんの信仰が試されているのです」

 十八番の説法はアイリスの胸を打ったらしく感動している。このままでは霊媒師でなく教祖になってしまう。

 さて、祈りも終わり本格的に悪霊をどうするか考えなくてはならない。まずは情報が欲しい。説得するにしても武器でブン殴るにしても。

 そもそもあの霊は誰なんだ?元々は生きていた人間だよな?霊だけが自然発生する世界なのか?

「アイリスさん、あの悪霊と話す為にまず情報が欲しいのですが、あの悪霊は誰だか心当たりはありますか?」

「すいません、私にも分からないです。あの屋敷は随分前から誰も住んでいなくて」

「そうですか。それでは屋敷の持ち主を調べるにはどうしたらいいですか?」

「それなら役場に行けば居住届が残ってるかもしれません」

 なるほど、世界でもしっかりと役所は仕事をしているのだな。それなら何か分かるかもしれない。

「なら早速役場に行って聞いてみましょう」

「はい!」

 俺たちは教会から出て役場に向かった。

 正直あの悪霊が何なのかはどうでもいいが、兎に角時間を稼いでこの世界の事を知る必要がある。それに上手く行けばアイリスを利用して暮らしていけるかもしれない。

 あの自称神の思い通りになってたまるものか。改心?ふざけるな。何としてもアイツの期待を裏切らないといけない。俺はどの世界に行こうがやる事は変わらない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る