インチキ霊媒師、異世界へ
暗闇から落っこちた。盛大に石畳に落ちた為お尻が痛いのなんの。
痛みを堪えてキョロキョロ見回した。ここが何処だか分からないが大きな窓からキラキラと太陽光がこれでもかと入っており、並んだ大量の長椅子に信者らしき姿、厳かな雰囲気は教会か神殿かと思わせた。
背後にはそこそこ大きい女の像が祀られておりこれが信仰対象なのだろうと直感で分かった。
もしかしたらコイツが俺をここに落とした張本人かもしれない。俺が像を睨みつけていると後ろから女性の声が聞こえた。
「御使様?もしかして御使様なのですか?」
女性は金髪で白のローブを着ており明らかに聖職者と言った格好をしていた。
正直困惑していたがこんな訳の分からない状況は仕事現場では日常茶飯事である。この間は山奥の村で村人に囲まれながら怪しい儀式に参加させられた。そんな時も嫌な顔一つせず笑顔で対応した。正直村人が松明を持ってぐるぐる俺の周りを踊っていた時は死を覚悟した。
「すいません、ここは一体何処でしょうか?」
それと比べればなんのその。俺は営業スマイルを披露して何とかこの女性から情報を聞き出さなければならない。
「は!すいません、えっとここは街のロータス教の教会で私は修道女のアイリスと言います」
アイリスは慌てて頭を下げて自己紹介した。ここが教会という事はこの女の像はやはり信仰対象なのだろう。
「そうですか、私の名前は雲水と言います」
とりあえず俺も自己紹介。こういう丁寧な対応が仕事では大切なのである。挨拶を疎かにしている若者よ、とりあえず丁寧に頭を下げとけば大抵何とかなる。覚えおくと社会に出た時助かるぞ。
「あのーウンスイ様は御使様なのですか?」
アイリスはさっきから俺のことを御使様と呼んでいる。
御使、おそらくこの女の像がここに寄越したと思っているのだろう。しかしどうしよう、そんな気もするがここで「はいそうです」と答えるとこの像の思う壺のような気がする。
「いいえ、私は突然ここに落ちてきたのです。それが貴方の言う御使なのかは分かりませんが」
とりあえず判断は保留。アイリスの反応を見てから考えよう。
「そうなのですか……でもウンスイ様が自覚していないだけできっと女神様の御導きです。だからウンスイ様はきっと女神様からの御使様のはずです」
女神様からの御使様ねぇ、そんな重要そうな事を気がするだけで判断していいのだろうか。アイリスは自分の都合の良いように考えてるだけではないか。
その俺を見るキラキラした目は仕事現場でよく見る俺を盲信している依頼人のダメな目だ。アイリスは直ぐに悪い奴に騙されるだろう。
「御使様ならきっと屋敷の悪霊を退治出来るはずです」
「悪霊退治ですか?」
悪霊退治か、何処に行ってもやる事は変わらないのか。しかし悪霊退治なら俺の得意分野だ。適当にやってサッサとこの場から去ろう。
「はい、悪霊が出て近隣の住人が困っているのです」
「私に出来る事なら協力しましょう。これでも少しだけ覚えが有るのです」
俺は営業スマイルでアイリスに微笑んだ。ここで重要なのが決して「退治してやるとか」「俺に任せろ」なんて言わずに謙虚に対応するのだ。
その後の逃げ道を残すのがその道のプロである。霊媒師に絶対など無いのだ。
アイリスは喜び早速現場に行こうと僕の手を引いた。そんなにその悪霊が怖いのか。それとも御使様とやらに会えて気分が舞い上がっているのか。
教会の扉を開けて外に出ると驚愕した。街並みは石造りの洋風のものだが歩いている住人は明らかに地球のそれと違い、やたらと背が低かったり耳が長かったり、更に顔が獅子であったりとファンタジーの世界観そのものであった。
いつものスーツがこの世界では浮いておりチラチラと皆がこちらを見ている。俺もキョロキョロと見回すが俺のような格好をしている人間は存在しない。あの気に食わない声の主は随分面倒くさい世界に俺を連れてきた様だ。
そんな俺の動揺など梅雨知らずのアイリスは元気に俺を霊が出る例の屋敷にズンズンと案内していく。首から下げている女神を形どったロザリオの様なものが意気揚々と揺れている。
繁華街を抜けて少しずつ住宅街になっていき、そして大きな屋敷が見えてきた。
ぐるりと高い塀に囲まれて大きな庭がある二階建ての屋敷である。
しかし塀も屋敷の壁もボロボロで人の手が入っておらず、長年の誰も住んでいない事は一目で分かる。
門は鉄柵でできており開かないように鎖でグルグルに閉めらている。その門の前には場違いな女神像が置かれており、この屋敷の悪霊を封印しているのだと直感した。本当に効果があるのか?
おそらく日本のお札の代わりなのだろう、何処の世界もやる事は大体同じなんだな。
「ここが悪霊が出る屋敷です。もう長年誰も住んでないはずなのに屋敷の中から叫び声が聞こえるんです」
「それは恐ろしい」
「本当は司祭様が浄化するのですか、この街の司祭様はぎっくり腰になってしまい誰も浄化出来ないのです」
ふーん、その司祭様も怪しいな。霊なんて誰にも見えないのにさも自分の力で浄化したとか言っているのだろう。
それに屋敷から声が聞こえるなんて馬鹿馬鹿しい。この手の除霊はよくやった。大抵は何処ぞの不良の溜まり場になってるだけで事件性も心霊性も無いのだ。
まあ、適当に夜張り込んで不良達にここで遊ぶなって忠告すれば終わりであろう。
「何処から入ればいいのですか?」
「えっと裏口がありまして、そこから庭に入れます」
「じゃあそこに行きましょう」
裏口が開いているなら正門を閉めても意味がないだろ。そこから不良が侵入しているのだろう。ならそこを塞げばこの幽霊騒ぎも解決だ。
ただその前に屋敷に入ってそれっぽい事をしないといけない。ここに禍々しいオーラを感じるとか、霊界への入り口が開いているとか、そんな最もらしい事を言わないと依頼人は満足しないのである。
依頼人は納得したいだけなのだ。幽霊の正体が本物であろうが、不良であろうが、猫であろうが何でもいい。俺は幽霊の仕業と言って納得してもらうだけだ。
裏口から庭に入るとあたり一面雑草だらけで全く庭の管理をしていないのが分かる。かろうじて石畳の道を進む事ができるくらいで、昔どんな綺麗な庭であったか想像も出来ないほど荒れ果てていた。まさに幽霊屋敷。
裏庭には簡素な墓らしきものがあった。この世界の埋葬方法は知らないが、屋敷の主人を庭に埋めるなんてしないだろう。この屋敷で飼っていた猫か犬かの墓かもしれない。
裏庭からぐるりと屋敷を回って玄関まで来た。さていつものお決まりの台詞を言おう。
「こ、これは……」
「ああ、禍々しいオーラを感じます」
アイリスが先に俺を台詞を言ってしまった。アンタが言ったらダメだよ。それを感じるならアンタが除霊をしろよ。
俺は咳払いを一つして改めて言い直した。
「アイリスさんも感じるのですね。危険ですので私だけで中に入ります」
「お願いしますウンスイ様」
アイリスは神に祈るように手を組んだ。
俺は大きな玄関の扉を開いた。ギシギシと音を立てて埃を落としながら扉はゆっくりと開いていく。
扉が少しだけ開きエントランスホールが見えた。そこには……
「どうして……どうして……どうして……」
半透明で禍々しいオーラを放つドレスを着た女性が座り込んで啜り泣いていた。
バタン。俺は扉をそのまま閉めた。
「ああやっぱり、女神様に愛されなかった哀れな霊がいました」
アイリスは震えながら怯えている。
「一度戻りましょう」
俺は一度帰ることにした。
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