インチキ霊媒師とキョウセイ異世界悪霊退治
なぐりあえ
雲水というインチキ霊媒師
「これでこの家に取り憑いた悪霊は成仏しました。これからは幻聴に悩まさせる事なく安心して暮らすことが出来るでしょう」
「ありがとうございます、雲水様」
妙齢の依頼人と固い握手して報酬が入った封筒を貰った俺はさっさとこの屋敷から出て行った。
車のインチキ霊媒師として活動している雲水は女神が罰として異世界に飛ばし、本物の悪霊を退治させる事にした。雲水には特別なスキルは無く、あるのは数々の人を騙してきた口先だけであった。中で封筒を開けると十万円が入っていた。全く適当に念仏を唱えるだけで十万なんてボロい商売だ。
妙齢のおばさんに雲水と呼ばれた俺は霊媒師を生業としている。勿論、雲水とは霊媒師として活動する為の名前である。霊媒師と言っても幽霊を見た事は一度たりとも無く、幽霊の声も聞いた事は無い。幽霊を見れないし声を聞けないので成仏したかも勿論分からない。
なのでこの仕事は除霊をするのではなく、いかに依頼人を満足させるかが肝なのだ。
大体幽霊なんかいる訳が無い。未練があるだけで幽霊になるなら世界中幽霊だらけだ。依頼人も幽霊がいるとか何とか言ってるが大体は何かの病気か勘違い、もしくは家の欠陥である。
それでも全国各地から霊媒師としての仕事が舞い込み毎日忙しい日々を送っている。
東に怨霊のせいで入院した男がいれば行って南無阿弥陀と言い、西に怨霊のせいでノイローゼになった母がいれば行って南無阿弥陀と言い、南に怨霊のせいで家庭崩壊した家族がいれば行って南無阿弥陀と言い、北に怨霊のせいで死にそうな爺さんがいれば行って南無阿弥陀と言う。
日本全国津々浦々南無阿弥陀除霊旅である。世の中不安を抱えて生きている人間ばかりだ。
俺は袈裟や着物を着ないで黒スーツに黒ネクタイと言った非常にシンプルな出立ちだ。右手首にワンポイントの数珠を着けて、髪は黒髪のスッキリとした短髪にしている。
俺から言わせれば如何にもな格好をしているとどうにも胡散臭くなり、怪しくなる。見た目の説得力が増すと人の心に安心感と信頼感を与える事ができる。
依頼人と話すときは温かい慈悲の目をして微笑んでいる。我ながら演技派である。
依頼人の悩みを聞き、寄り添い、それっぽい念仏を唱える。
依頼人は救われて俺はお金を貰える。なんて素晴らしい関係なのだろう。これだから霊媒師は辞められない。素晴らしきかな我が人生。
そしてこの仕事を長く続けるコツは目立たない事だ。決してテレビに出ず細々と依頼を受けていく。
有名なれば必ず粗を探す人間が出てきて俺の邪魔をする。インチキだとか詐欺師とか罵って集団で俺を潰しにかかるだろう。一円にもならないのに人叩く暇があるなら働けばいい。どいつもこいつも無駄な労力で無駄なことをしている。貧乏人の嫉妬であろうが、ああ嘆かわしいし鬱陶しい。
そうならない為に知る人ぞ知る霊媒師として活動していくのだ。金さえ貰えれば何も要らない。目立たず影に隠れてドブネズミのようにコソコソと生きていく。プライドや自己顕示欲は身を滅ぼす事は過去の偉人達が身の持って証明している。
俺は他の霊媒師と違って馬鹿でも見栄っ張りでもなく、依頼人と違って軟弱でも臆病でもない。賢く生きているのだ。
俺は車を走らせてサッサとこの場から立ち去った。俺は振り返らない。
さようなら名も知れぬ依頼人よ、二度と会う事は無いだろう。幸せに暮らせよ。
俺はマンションの自室で次の予定を確認していた。部屋の中は調度品も芸術品も置いてない、必要最低限の家具しかないシンプルな部屋である。
無駄なものに金を使わないのは俺のこだわりであり、楽しみは通帳に刻まれる預金残高を見る事だ。金だけを信用している。
いや金すらも信用していないかもしれない。日本円をドルに、ユーロに、金貨に、土地に、換えて資産形成している。株も過去にやった事があるが日常的に上がり下がりしている為心休まらず止めてしまった。
酒もタバコもギャンブルもしない、質素で慎ましい生活を送っているのだ。家族も結婚相手も恋人もいない、実に自分勝手の自由な生活を送っている。
最終的には有り余る金で高級老人ホームにでも入って余生を過ごそうと思っている。
三十二歳にして人生を逃げ切れる位の金は十分あるのでいつでも霊媒師を辞めてもいいが何だかんだ続けている。やはり金を信じていないのかもしれない。
「明日は少し遠いな、早く寝るか」
予定を確認し終えてスケジュール帳をテーブルに置いた。部屋着に着替えようとしスーツを脱ぎかけたその時、俺の足元に黒い渦が現れた。
俺は叫び声を上げる暇もなく渦に吸い込まれてしまった。その後の自室の様子は分からない。ただあたり一面真っ暗の空間を墜ちているのだけは分かる。
地面も掴むところも無くただ墜ち続ける俺に誰かが語りかけた。
「改心せよ」
あまりに傲慢で偉そうな声は何処から聞こえてきたかは分からない。男なのか女のなのか子供なのか年寄りなのかも分からない。
その言葉は暗闇を堕ちていき恐怖している俺の神経を逆撫でするような非常に気に食わないものであった。恐怖するのも忘れてイラつきが俺の感情を支配した。
声の主は誰かは分からないが俺をこの暗闇に引き摺り込んだ奴なのは間違いない。俺はプライドは無いがコケされて黙っていられるほど優しい人間ではない。具体的な方法はまだ決めていないが、必ずやあの不愉快な声の主に後悔させてやると固く誓った。
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