第24話 話し合い
暗い水の中に顔を沈めているみたいに息苦しかった。
ホームルームの時間。
教室では二週間後に控えた遠足の話し合いが行われていた。
行き先はクラスごとにそれぞれが主体的に決め、場所が決まったら、現地での行動は班ごとに行われることになっている。
このクラスはとある島に行くことになっていた。
最近観光に力を入れていて、花畑やグルメ、クルーズも楽しめるらしい。
班決めはくじ引きで行われた。
好きなもの同士で組みたいと声を上げる生徒もいたが、普段はあまり関わらない生徒とも話すきっかけになればと小春先生が強行した。
好きな者同士で班を組めば、確実に俺はあぶれていた。
もしかすると、小春先生は俺のために気を回してくれたのかもしれない。そう考えるのは考えすぎだろうか。
俺が入ったのは第三班だった。
クラスの中心の男子が一人に、中間層が三人。そのうちの二人は女子で、一人が男子。あとは地味な男子に俺という計六人の構成だった。
中心の男子は、普段仲の良い連中と班になれなかったことが不服だったのだろう。小春先生に対する不満を口にしていた。
そして早々に仲の良い連中のいる班の方に話しに行った。
残された班の面々は困惑していた。
いずれにしても、俺の境遇は変わらない。どの班に入ろうと友達はいない。居心地の悪さは変わらないのだから。
「どうしよっか……?」
「とりあえず、私たちだけで話し合うしかないね」
中間層の女子たちを中心にして、話し合いが行われることに。
行き先の候補を挙げ、それぞれの希望を出し合う。
「榎木くんは行きたいところある?」
気を遣ってか、司会の女子は俺に対しても話を振ってくれる。
実際、ここに行きたいという希望は特になかった。でも、どこでもいいと答えるのは投げやりな態度な気がした。
だから候補の中で適当な場所を答えておいた。
皆の意見を掬い取りつつ、何とか一通りの行き先がまとまる。ようやくトンネルの出口が見えてきたところだった。
「行き先、決まった?」
中心の男子が戻ってきた。仲の良い連中を引き連れながら。
「う、うん。何とか」
「おー。どこ?」
「こんな感じなんだけど」
行き先の書かれた紙を見ると、中心の男子が言った。
「なあ、海にしねえ?」
「え?」
「二班と行き先、合わせんの。そしたらいっしょに行動できるだろ」
海は元々の予定とは違う場所だった。
二班は中心の男子の仲のいい連中が多く在籍している。
気づいたのだろう。行き先を合わせれば、いっしょに行動できる。仲の良い連中と共に過ごすことができると。
「その方が絶対楽しいって。な?」
司会の女子も、班の他の面々も互いに顔を見合わせる。声を上げさえしないものの、内心困惑しているのは伝わってきた。
それも当然。行き先はすでに決まっていたのだ。それを後から来て、勝手に変更しようとしているのだから。勝手極まりない。
ただ、誰も反論はしない。クラスの中心の男子が相手だから。波風を立てたら、自分の立場が悪くなるかもしれない。そのまま進もうとした時だった。
「でもさっき、決まったから」
気づいたら、口を開いていた。
「後から来ていきなりちゃぶ台返しするのはナシだろ。それをするなら、最初からちゃんと話し合いに参加しろよ」
別に今の行き先に執着があったわけじゃない。
本当はどこでもいい。それこそ、中心の男子が提案した海でもよかった。
ただ、許せなかった。
後から自分の都合を押しつけておいて、班の皆の意見を踏み躙っても許されると思ってるその面の皮の厚さが。無神経さが。
無邪気にそれを行ってしまえる、邪悪さが。
「うお。いきなり喋った」
中心の男子はおどけたように驚いてみせた。
「榎田くん、喋れたんだな。地蔵か何かかと思ってた」
「ちょっ、地蔵は言い過ぎでしょ」
傍にいた中心の女子が笑いながら言う。
「ていうか、名前、榎田じゃなくて榎木だから。あれ? 榎本だっけ? あたしら、一年の時から同じクラスだったから」
中心の女子が「ねえ?」と俺に同意を求めてくる。同意を求められたけど、俺はそれに反応を返すことはしなかった。
「マジ? 全然覚えてなかったわ」
俺は彼らのことを覚えていた。
島田に瀬戸。
授業中につまらないことを言っては、つまらない連中と笑い合っていた。
「三班は行き先、決まった?」
小春先生が教壇から尋ねてくる。
「海でいいよな?」
中心の男子は班の面々に同意を求める。
班の皆は、その勢いを前に頷くことしかできなかった。
結局、行き先は海に決まった。
「これで決まったね」
黒板に書かれた行き先の一覧を見て、小春先生は言った。
小春先生が話している途中に、中心の男子は何かつまらないことを言った。茶々というか冗談みたいなことを。
つまらないことに、つまらない連中が声を上げて笑っていた。
他の生徒たちも合わせるように笑っていた。あるいは合わせているのではなく、本当に面白いから笑っているのかもしれない。
俺は笑わなかった。面白くないから、笑わなかった。面白くないのに笑ったら、自分の中の何かが死んでしまう。だから、笑わなかった。
「おい、直樹。榎木くん真顔だぞ」
「もしかしてさっきの根に持ってる? ごめんな?」
と中心の男子はわざとらしく謝ってくる。皆の前で粒立てることによって、冗談みたいな雰囲気にしようとしているのか。
俺は応えなかった。
いいよと言うこともなければ、根に持ってないとも言わず、作り笑いを浮かべることもせずにただ無言を貫いていた。
くだらないな、と思った。
つまらないことを言う奴も、それに同調して笑っているつまらない連中も、周りの全員が心底くだらなくて堪らなかった。
俺には皆が、まるで宇宙人のように見えた。
いや、違う。
地球人なのは皆の方で、俺だけが宇宙人なのだろう。
☆
「何かあったんですか?」
夜。厚い雲が月を覆い隠した日のベランダ。
会話の流れが切れたところで、瑠衣さんがふいにそう尋ねてきた。
「……そう見えましたか?」
「はい。私、エスパーですから。全部お見通しなんです」
瑠衣さんはタバコの煙を吹かしながら、冗談めかしたように微笑みを浮かべる。手元の灰皿に短くなったタバコを押しつけると。
「解決はできなくとも、話せば楽になることもありますよ」
「本心は?」
「面白そうだから、話を聞きたいだけです」
「正直すぎる」
思わず苦笑する。でも、心地良い。
「エスパー相手に隠し事はできませんね」と言うと、俺はこの前の班決めの時に起こった出来事について話した。
そして明日が遠足当日なのだということを。
「なるほど。それで憂鬱というわけですね」
「丸一日、苦行が続きますから」
普段の学校の時は、授業中以外は一人でいられる。けれど、明日は班行動。強制的に皆と行動を共にしなければならない。
考えるだけでも、気が重くなる。
「なら、明日は映画を観ませんか?」
「……はい?」
「明日の予報は雨なので、私も大学をお休みする予定だったんです。だから、いっしょに私の部屋で映画を観ましょう」
「遠足をサボるってことですか」
「行きたくなければ、行かなければいい。簡単なことじゃないですか?」と瑠衣さんは名案かのように指を立てながら言う。
それは笑ってしまうくらい簡単なことだった。
でも今の今まで選択肢になかった。いや、実際には思い浮かんではいたけれど、無意識のうちに除外していたのかもしれない。
授業をサボるのはまだしも、校外学習はサボれないと。それをしてしまえば、もう完全にクラスの輪には混ざれないと。
俺は心のどこかでまだ、期待をしていたのかもしれない。
学校に、教室に。あるいは世の中に。
馴染むことはできないって、分かってたはずなのに。
「まあ、考えておいてください」
「……分かりました。考えておきます」
言いながら、内心、もう答えは出ていた。
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