第3話


 近場の古びた商店街に来た二人は、特に目的もなくゆらゆらと歩いている。時折春利が辺りを見回しているが彼の目に止まるようなものは無かったようだ。こうしてのんびりと歩いているだけでは何を描写したものかと悩んでいると、不意に雅が近くの建物の中に入っていく。

「おい雅?そこ行くのか?」

「あー……ごめん、トイレに行きたくて。コレは置いて行くから店内でも見ててよ」

「そうか?わかった」

 そう言って彼女は私を端末から操作してから店の奥に消えていった。ふむ、どうやら春利もマスター登録されたようである。これで私は雅と春利二人の後をついていけるようになったらしい。

「お、パトカーが4台も走っていったぞ、この辺でなんかあったのかな」

 私を見つめながら春利が言葉を投げかけてくるが、生憎私はそれに返事はできない。とは言え喋ってもらわなければ困るので一苦労である。

 さて、私達が入った建物はどうやら大きい家電屋のようである。新作のゲーム機に心を奪われている間抜けは置いておいて描写をしていこう。この階層はゲーム機が多いらしく、所狭しと大きいモニターが並べられているし、独創的な音楽や歌、キャラのセリフがひっきりなしに聞こえてくる。ゲームなんて暫く……、?いや、思考にノイズが入ったようだ。そうだ春利は……危ない。どうやら2階に行こうとしているらしく少し距離が離れてしまっていた。マスター登録者が近場に二人以上居ると自動追跡システムが作動しないのが少し不便である。

「おい離れるなよ。壊れでもしたら雅に何言われるかわかんねぇ」

 間抜けのお前に言われなくてもわかっているとも。エスカレーターで2階に向かう彼の傍らでため息を付いた。

 2階につくと、このフロアは大型家電のようだ。少し古い型のテレビが安値で売られていると思えば、70インチなんかの大型のテレビが大々的に置かれていたりもする。しかし立派な店の割には客の数が少なく、あまり繁盛していないのかもしれない。

『午後のニュースの時間です。昨夜の22時過ぎ、東京都千代田区でAIによる人間への攻撃が確認されました。現在、所有者を捜索中ですが、このAIは正規に取引されたものではないようで、操作が難航しています。続報が入り次第、随時お伝えします』

 テレビではよく見るニュースが流れている。何故かそれを熱心に見ている春利が喋らないので、最近のAI事情でも解説しておくか。

 2064年、AIを搭載した無人人型ロボットが戦争に投入されてからAI技術は飛躍的に進歩した。見た目が人間そっくりで敵の警戒心を解きやすく、重要な人物の影武者にもなれる上人権を無視して使い捨てることができる兵器は重宝されたようだ。人間というのは古い文献通り愚かなもので、争いによって技術力が爆発的に上がるらしい。次第に、人間の脳の電気信号を非侵襲的にスキャンし高度な解析アルゴリズムを用いて精密な脳内マッピングが出来るようにまでなった。そこから得られた情報を人工知能として模倣、再現すれば機械の人間が完成だ。しかしそこまで人間に似てしまうと、当然ロボットに権利の問題がー。

「なぁ、これって雅だよな」

 描写が深すぎたかもしれない。春利は今も熱心にテレビを見ているようだが、私に声をかけてきた。

「国際指名手配ってどういうことだ?」

 その言葉で咄嗟にテレビに向き直ると、そこにはまるで指名手配犯のように、いや正に指名手配犯として顔写真が映された雅の姿があった。

「雅、探さなきゃ」

 春利が勢いよく走り始める。慌てて私もそれについて行くが、この間抜けめ足が相変わらず速い。店内で全力で走るなと言いたいが、ことがことな上人も少ないから構わないかと追いかけることにした。

「雅がここに入ったの、さっきのパトカーが原因か?」

 春利が走りながら私に聞いてくる。間抜けにしては考えて喋ってるようだが、どう見てもそうであろう。雅は指名手配されているのを知っていて人が少ないところを選び、そして警察が居たから身を隠したのだろう。一体雅は国際指名手配されるほど何をしたというのだろうか。少し検索してみることにする。以下は検索結果である。

 御場雲雅(ごじょうくも みやび、2046年4月2日-)は、日本の研究者。AI技術により人格の有るAIを生み出しイノベイティブ・デジタル進歩賞を受賞(2067年11月16日)した。しかしその技術を用いて作られたAIが各国で戦争へ投入、いくつかの国で極めて残虐な戦果をもたらしたことから、開発者である御場雲雅は国際指名手配中である。この事件から現在、国際法で人格を持ったAIの作成は禁止されている。

 検索結果を見て絶句する。人格を持ったAIが開発禁止……!?では私は、禁止されている中新しく作られたのか?一体何が……!

「おい…おいって、どうした?」

 春利の声が遠くで聞こえる。そもそも会話ができないので返事はしないのだが、それどころではない。私一人になるのはマズいかと使わなかったが、マスター登録してある者は位置がわかるため追跡が可能だ。間抜けを置いて雅の元へ向かう。

「あっおい!そっちに雅がいるのか!?」

 今度は先程と変わって春利が私を追いかける。奴に追いかけられるのは如何せん苦……手……、?どうも思考にノイズが入る時が有る。春利が私の隣に追いつき、付いてくるようだ。


「雅!」

 それからすぐに非常階段で座っていた雅が見つかった。血相を変えて声をかける春利の顔から何かを悟ったようだ。

「電気屋に入ったのがマズかったかな……いや、パトカーが見えたし仕方なかったか」

「お前、どういうことだよ!国際指名手配って!」

「そのままの意味だよ。あたしが作ったAIが世界で大量虐殺をしているせいでね。有名人だって言ったろ?」

「だからってお前…!」

 春利がそこまで言ったところで雅が手を上げて彼を制する。

「すまない春利。あたしがこの辺に居ることがバレたみたいで、時間があまりないんだ。あたしの最後の頼み、聞いてくれるかい?」

 春利は最後という言葉に一瞬ビクッとしたが、少し冷静になったのか真剣な顔で小さく頷いた。

「とはいえそんなに難しいことじゃない。私の家に行って、こいつが書いた小説を私が読めるようにしてほしいんだ。逮捕されても文書の1通くらいは読ませてくれると思うし、刑務所にでも送ってくれればいい」

「……わかった。で、でもお前が直接罪を犯したわけじゃないから捕まってもすぐ出てくるよな?」

「無理だろうね。世界中であたしのロボットが戦争に使われてるし、終戦のための生贄にでもされるんじゃないかな。……いっそ今ここで死ぬのも有りかな」

「雅お前……!」

「うそうそ、じょーだん。春利に2回もトラウマを植え付けるつもりは無いよ」

 はは、と乾いた笑いを漏らして、雅は春利に向き直る。

「そいつは……春利の好きにしてくれ。私の部屋に行ったらそいつについても色々有るからさ」

 私を見ながら、少し言いづらそうに春利にそう告げた。

「今日は付き合わせて悪かった。おかげで楽しい1日が過ごせたよ、願わくば君だけは健勝でいてくれ」

「お前もな、雅」

 春利の言葉に困ったように笑う。やれやれと肩をすくめて雅は背を向けて歩き出した。

「またな、親友」

「さよなら、親友」

 そう帰ってきて歪んだ春利の顔を見ずに、雅は店に戻っていった。先程のパトカーが雅を探しに来ていたのなら、おそらく捕まるのも時間の問題だろう。

「……俺達は雅の家に行かなきゃな」

 そう呟いて、春利が歩き出す。雅の家はここからそう遠くない場所なので、日が暮れる前には着けるだろう。

「理解が追いつかねぇけど親友の頼みは聞いてやらねぇと」

 春利は震える手をぎゅっと握りしめた。

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