第4話


「雅の家に来るのなんか何年ぶりだ…?」

 春利の言葉に私も懐かしさがこみ上げる。幼い頃、ここで遊んでいた時につけた壁の傷が残ってー……、?こ、この記憶、は……?

 「な、そ、そんなことって……」

 ノイズに気を取られていると、春利が机においてある1枚の手紙を読んで何やらおかしな反応をしていた。そしておもむろに起動しっぱなしの印刷機の方に歩いていくと、そこから出力されているもの、私が書き起こしているものに目を落とす。

「はは……マジで見覚え有るような文章だなこれ、この書き方……」

 それを見て春利は呟いた。そして近くの机の引き出しを開け、メモリーカードのような物を取り出す。

「これ、お前のらしいぜ」

 そしてそれを私の体にそれをセットさた。その瞬間。

 ー言葉に出来ないほどとてつもない量の情報が流れ込んでくる。一体これは、いや、そうか。24年分の情報だ。おそらく私を形成する人格の、元の人間の全ての記憶。

 幼い頃から遊んでいた私達3人、雅が誘拐されたことや、春利が家出をしたこと等そんな記憶達が、そして私が事故に合うその日までの全ての記憶がー……。

「どうよ、良樹」

 花上良樹、それが私の名であった。

 別になんてことはない、本当にただ事故にあっただけ。3人で歩いていたら

  

 コピー機から出力される私の言葉に、春利は目から水滴を零す。

「久しぶりじゃん」

 泣きながら無理に笑顔を作るその顔がとても不格好で彼らしいが、私にも顔があれば今そんな顔をしているのだろう。

「雅のやつとんでもねぇな。こんなもんまで作れんのか」

 人間の脳をそのままトレースして記憶を司る部分だけを外していたのだろうか。世界中を調べてもそんな技術は記録にないし、おそらく彼女にしかできない技術なのだろう。

「良樹が書いた小説がもう一回読みたいって、ずっと言ってたからな」

 しみじみと呟きながら春利は読んでいた手紙を机に置いて、私に問いかける。

「良樹はまかせたよって書いてたけど、どうしたらいいと……いや、お前はどうしたい?」

 ……静かに思考する。この体のおかげかいやに明瞭な思考だが、それでも尚考えずにはいられなかった。私は……生きていてもいいのだろうか。いや、そもそもこの体は生きていると言えるのか?

「体の事なら、こんなご時世だしそこまで気にすることでもないと思うけどな。VRとかと対して変わんねーだろ」

 出力される文字を読みながら春利が声を掛けてくる。記憶が戻るまでは当然のことだったけれど、思考をそのまま読まれるのは少し気恥ずかしい事に気付いた。どうしようもないのだが。

 さて、体に関しては、正に春利の言う通りである。VR技術は40年程前に飛躍的進化し、1人につき2つの体なんて言われている昨今、私が機械の体でこの先時を経ていく事に違和感はそれ程無いのかもしれない。

「そうだって。雅も多分のんびり暮らしてる方が喜ぶよ」

 ……その言葉に、私は雅の顔を思い出す。趣味や嗜好は全く合わなかったが、とても気の合う親友であった。そして目の前のこの不躾で無遠慮なバカも、なんだかんだと長い時間を共に過ごした親友だ。

 雅は私が死んだせいで類稀なる技術力で私を作り上げてしまうような天才だし、春利は先ほどもそうであったが感情豊かなバカである。おそらく、二人とも私の葬式の時は涙を流してくれたのだろう。

 であれば、だからこそ、私は大人しく死んでいるべきである。

「え、よ、良樹?そんな、なんで」

 理由?そんなもの……いやまて、春利お前まさか、私がお前に送った小説、読んでないんじゃあるまいな?

「へ?あ、いやー……貰ったは良いんだけど活字って苦手でさ」

 ……はぁ。理由が知りたければ、私を停止させて、落ち着いてから読むといい。

「え、良樹お前ほんとに……!?」

 何度も言わせるなバカ。……2度も私の死に目に立ち会わせて、すまないとは思っているよ。

 それを読んで、春利の顔が歪む。やはり感情豊かなバカは面倒くさいようなので、もう少しだけ後押ししてやる事にする。

 私はもうすでに死んでいる身だ。お前が私を殺した事にはならない。どうしたいと聞いたのはお前だし、なにせ親友の頼みだ。聞いてくれるな?

「……わかった。くそ、俺が断れない頼み方しやがって」

 伊達に長年一緒にいたわけじゃない。ここ数年で何一つ変わっていないようでなによりだ。

 さて、最後に聞きたいことは有るか?

「あー、そうだな。死ぬのってどんな感じだった?」

 別に。事故の痛みが有って、それからは無だ。何も感じない。小説に書いたら2行も要らんようなものだった。

「……そっか」

 春利が私の電源ボタンに手を添える。その表情は泣きそうで、しかし綺麗に笑った顔で。本当に、感情豊かな奴だ。

「良樹、それじゃ」

 あぁ、元気で。

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