第2話


 二人は特に行くあてもなく閑散とした午後の街を歩いている。私もそれに追従してはいるが、書き記すのに値するような面白い事というのはあまりお目にかかることがないものだ。

「昔もよくこうして歩いたよな、懐かしい」

 春利がしみじみと口にする。幼馴染みの二人の過去のことだろうか。

「あの時は3人だったけどな、はは」

「……そうだね。楽しかった思い出だ」

「案外隣にあいつも居るかもな。幽霊にでもなって俺達の話し聞いてるかも」

「っ……!」

「だとするとやっぱ面白いこと探さなきゃだよな、あいつになんて言われるかわかんねー」

 少し翳った表情で春利は笑う。雅は何やら面食らった顔をしているが、すぐにそうだねと返した。

 それからまた少し歩くと、寂れた商店街が見えてきた。シャッターの閉まった店が多い中、道の一角で何やら座り込んでる女性が居る。

 「ん?あれ…ギター持ってるけど路上ライブでもすんのかな?」

 どうやら春利も彼女を見つけたようで、私達はその辺りに向かう。すると女性は慌ててギターを持ち直し歌い始めた。

『月の影が照らす世界で

運命の歯車が紡ぎだす旋律が響く

心の振動が波となり

デジタルな精魂が愛を紡ぎ出す』

 彼女が歌ったのは最近とても人気だが本人のメディア露出が一切ない、夜幻者という歌手の『心臓(コア)』という曲だった。幻想的な曲調の中、不自然に機械的な声の歌詞が入る難しい曲だがそれを感じさせないほど上手く、またその声はとても綺麗だった。

「すげー!聞き惚れちまった!」

「素晴らしいね」

 二人が拍手をしながら彼女を褒め称えている。テレテレと恥ずかしそうに頭をかく姿から20歳程であることが伺えた。

「もっと都心で披露すれば有名になれそうだけど。……あれ、おひねりは手渡しでいいのかい?」

「あ、だ、大丈夫です。あ、その、あり、ありがとうございます。その、た、ただ人前に出る練習と言うか……」

 彼女は雅が差し出した万札をしどろもどろではあるが丁寧に断った。別の仕事があるのか、食うに困っている訳ではなさそうだ。

「あ、なるほど。それは頑張らないとな!」

「折角だ、もう少し聞いていきたいんだけどいいだろうか?」

「あっ、も、勿論です。あり、ありがとうございます」

 その後も彼女は様々な夜幻者の曲を披露し続け、私達はその歌声に聞き惚れる。ここが田舎でなければとんでもない人だかりができていたことだろう。それ程彼女の歌声は素晴らしかったし、心が揺れ動くものであった。

『太陽がささないその世界で

 精一杯動いていた部品は

 消えること無く 壊れたとしても

 心に世界に 継がれ繋がれる』

 少し息の上がった彼女が歌い終わると、ふうとギターを置いて一礼をした。

「つ、疲れてしまったので、この辺で……すいません。あ、その、ありがとうございました」

「いや、最高だった!最後の曲なんか友達に聞かせてやりたかったくらいだぜ」

「あ、はは……。で、では私は、こ、これで……」

 もじもじしながら荷物を整え帰り支度をする彼女に二人は別れを告げて、また二人で歩きだす。

「いやーいいもの聞けたな」

「そうだね。素晴らしかった」

「お前も丁度いいネタになったんじゃないか?」

 春利が私の方を見ながら声をかけてくる。こいつに同意するのは癪だが、その通りであった。AIの私ですら心に響く歌を歌える人間というのはこの世界にどれほど居るのだろう、声や歌詞がメカニカルなのも刺さるものがあったのかもしれない。彼女の歌はまるで己で体験したかのような切に願う気持ちが響いてきたと言うか……。

「どう雅、こいつ喜んでんの?」

「あぁ、きっとそうだよ。見てわかるわけじゃないけどね」

 そうしてまた二人はのんびりと歩く。冬の風が少し寒かったが、この二人と街をうろつくのはとても幸せで暖かった。

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