本編

本編(音声スポット:二階展望フロア)


 ここ、ポートタワーの二階は恋人たちの聖地だって話は知ってる?

 ある儀式が行われるようになってからすっごく有名になったんだよね。


「愛の南京錠」って儀式。


 あはは、儀式って言っても難しいものじゃないの。


 恋人たちが永遠の愛の象徴として南京錠をフェンスや門扉、橋とかにかける儀式なんだ。世界中に対象になってる場所があるんだよー!パリのポンテザールが有名かな?恋人同士のイニシャルを刻んだ南京錠を橋の欄干にかけて、セーヌ川に鍵を投げ捨てて不滅の愛の誓いとするんだって。それにならってここの二階のモニュメントやフェンスも作られたんだよね。いっぱい南京錠がかかってたフェンス、見たかな?


 そんなたくさんある「愛の南京錠」の聖地の中で、どうしてポートタワーが特別なのか。少しだけ、君に教えてあげる。


 むかしむかし、とは言っても何年か前ってくらいなんだけど。


 恋人を亡くした女の人がポートタワーにやってきたんだって。その人はどうしても死んだ恋人のことが忘れられなくて、一緒に行った場所や一緒にしたことのことを考えながら、恋人との思い出の場所を巡ってたらしいの。


 その女の人と恋人は、ポートタワーの二階で「愛の南京錠」の儀式をしたことがあったんだってさ。彼女はかつて二人でかけた南京錠を見つけて、お願いごとをしたの。


 彼に会いたい。一度だけでいいから、会いたい。声だけでも聞きたい。


 そう願って、タワーを降りたんだって。


 タワーのすぐ下には海があるでしょう?ここの工場夜景は人気だから、その女の人も恋人と見たことがあったんじゃないかな。懐かしくなったのか、恋人と見た景色をもう一度見たかったのか……とにもかくにも、その女の人は浜辺に降りたんだ。


 その日は、とっても綺麗な満月の夜だった。


 工場の光と満月が夜の海に反射して、すっごく幻想的で……この世のものじゃないみたいな景色。誰かに呼ばれた気がして、ふらふらって海の方に歩いて行ったの。このまま歩いていったら彼に会えるんじゃないか、そんな気がして。夢中で冷たい水の中を光の方に進んだ。服が濡れても、身体が重たくなっても真っ直ぐ前を目指したの。あと少しで光に手が届く、そう思って手を伸ばした。そうしたら、声が聞こえたの。


「来ちゃ駄目だ」


 大好きな、もう一度聞きたいと思っていた声だった。そうしたら、急に服の重さとか、身体の冷たさとかが戻ってきた感じがして……浜に戻らなきゃ、って思った。無我夢中で泳いで、何とか浜辺に戻ってきた女の人は海の方を振り返ったんだって。……そうしたら、ね。


 光の中で、ゆっくり手を振っている恋人の姿が見えたんだって。……満月の日って、あの世とこの世の境目が少し緩むの。死んだ恋人のことばかり考えていたから、その女の人もあの世に迷い込みかけていたんじゃないかな。そんな彼女のことを、生きて欲しい、って恋人がこの世に送り返してくれたのかもね。


 この話はこれでおしまい。……その女の人はその後どうしたのかって?……しっかり生きてると思うよ。だって、生きて欲しいって大事な人に願われたんだもの。


 ここ、ポートタワーは海と空が同じくらい近い場所だから……君の届けたい気持ちも、南京錠に込めたら届くかもしれないわね。












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千葉ポートタワーの秘密 藤田朱音 @akanefujita

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