第2話 月華の誓い

 春も終わりそろそろ初夏に入ろうかという季節。濃い青が見える空の下、俺は今、母国から遠く離れたサルード山という高山を登っている。


 「ハァ…ハァ…ッ」


 「ヒイラギさん、大丈夫ですかー?休憩しますか?」


 慣れない環境とごつごつとした岩場の移動ですぐに息が上がる俺を見かねて、現地人かつ案内人のおさげの少女…ペルーナさんが、俺の荷物持ちとして連れていた白いリャマ、トトゥを引き留めて休憩を提案した。


 「ハァ…スミマセ…ゲホッ」


 「気にしないでください!はい、これをどうぞ。飲んだらきっと元気が出ますよ」


 俺がずれかけた眼鏡をなおし、カタコトの現地語で返事をすると、ペルーナさんは自身が持っていた水筒を俺にくれた。

 動物の胃袋でできた水筒に口付け、中のものを飲む。すると、優しい甘さの後にミントのような清涼感が口に広がった。その味は登山で疲れた体に深く沁みた。


 「アリガトウゴザイマス。コレハ、ナントイウ、ノミモノデスカ?」


 「それはアープア。私の村で飲まれているお茶です。甘くて美味しいでしょう?」


 「ハイ、トテモ、オイシイデス」

 

 ペルーナさんが笑ってそう言うので、俺も笑い返した。彼女はガメル村の村長の曾孫なので、今回俺の案内を頼まれたのだという。年齢は14歳らしいが、こうやって山の麓の馬車乗り場からの道案内もできるのだから感心する。

 近くの岩に座り、風に流されていく雲の影が色濃く落ちる緑の山々を眺めながら、俺はペルーナさんと村のことや好きなもの等、他愛無いことを話したり、トトゥを撫でさせてもらったりしたのち、登山を再開した。


 「村までもう少しなので、頑張りましょう!ヒイラギさん!」


 彼女は道の先にを指差した。遠くに石造りの家が連なる小さな集落が見える。


 「ハイ、ガンバリマス」


 俺がガメル村に行く理由。それはツクヨ・イザナ先生の「お願い」のためだ。


 「私の代わりに、作品の題材になるものを取ってきて欲しいんだよね。サルード山にある、月華草が欲しいんだ。」


 あの日、彼…ツクヨ・イザナ先生は、その月華草というのを持って来ることができたら、自身の作品の展示等の許可をすると約束してくれた。俺が想像していたよりもずっとお若く不思議な雰囲気を纏った先生は、翡翠色の目を細めて終始楽しそうにしていた。

 先生によると月華草は月夜にだけ咲く花で、しかも満月になると光り輝く不思議な花なのだそうだ。その内容はにわかには信じ難いが、しかし俺はこの時、絶対にその花を採りに行くと決めた。こんな千載一遇の機会、逃してたまるものか。

 そしてガメル村についてだが、文献によると、そこは古くから太陽神と月神にまつわる神話があり、その中に月華草が登場する。さらに祭事にも使われるらしく、その村にとってその花はかなり身近なものというのが伺えた。

 なので、そこに行けば得るのも比較的に容易だろうと俺は考えていたのだが…


 「えっ!月華草ないんですか!?」


 今年で齢90を超えるらしい、ペルーナさんの曽祖父でガメル村の村長は、現地語でない俺の言葉を聞いて、長い眉を申し訳なさそうにハの字にしていた。


 「150年前までは、満月になるとここら一帯の地面が光り輝くほど、月華草があったと言われていた。じゃが、今はもうその花を見ることは…申し訳ない…」


 「そ、そんな…」


 俺は思わずその場にへたり込んでしまった。


 「ひ、ヒイラギさん、大丈夫ですか…?」

 

 「あ、あぁ…スミマセン、ダイジョウブ、デス…」


 心配したペルーナさんが俺の背中をさすって慰めてくれた。気を遣わせてしまってなんだか申し訳ない。


「ソンチョウサン…キチョウナオハナシ、アリガトウゴザイマシタ…」


 俺はなんとか立ち上がって礼をし、村長の家を出た。

 目の前の景色がモノクロに見える。振り出しどころかもはやマイナスになってしまった気がして、ここに来るまでの疲れが一気に回った心地だった。


 「…ヒイラギさん、見せたいものがあるので、ついてきてくれませんか?」


 ペルーナさんが俺の服の袖を引く。言われるがままについてしばらく歩いていくと、そこは切り立った崖の壁面に沿うようにできた、古い聖堂だった。

 中に入ると、年月が経ち多少色馳せて入るものの、そこは荘厳かつ美麗な空間が広がっていた。高く伸びた柱や壁には、日長石や月長石等の宝飾が施されており、天井には神話のものか、絵図が展開されている。そして奥に行くと、祭壇の上にはおそらく太陽神と月神…月華草をつけている方が月神だろうか…が、天井に付かんばかりの大きさで二つ、聖堂の左右に立ち並んでいた。そしてその像の間は、アーチ状に吹き抜けたバルコニーのようになっており、そこからはちょうど、夕日に染まる美しい自然風景が一望でき、差し込む光が聖堂内を黄金色に染め上げていた。

 

 「…美しい…」


 無意識に、感嘆の声が漏れた。

 

 「ここは、日々のお祈りだったり、結婚や葬式の時に使う聖堂です。辛いことや悲しいことがあったら、私はいつもここに来ているんです。こんなに綺麗なものを見ていたら、自分の悩んでることが全部ちっぽけに思えて、元気になれるから。」


 彼女の言葉に耳を傾けながら、俺は内心深く同意していた。自分も過去、ツクヨ・イザナ先生のあの素晴らしい作品を見た時に、同じ気持ちになったからだ。当時の俺からしたらあの出会いは、あの作品の蝶は、救いの光だった。

 

 「…ヒイラギさんも、少しは元気になりましたか?」


 そう言ってペルーナさんがこちらを見た。夕日に照らされて、彼女の髪や目がキラキラと輝いている。

 それが美しいと思うと同時に、本当に優しい人だと思った。

 

 「…ハイ、トテモ、ゲンキニナリマシタ。アリガトウゴザイマス、ペルーナサン」


 俺が笑いながら感謝の言葉を述べると、ペルーナさんは一瞬固まり、そして突然慌て出した。


 「っそ、そろそろ戻りましょうか!もうすぐヒイラギさんのための宴が始まりますし!ほら、行きましょ!」

 

 「ハ、ハイ、ワカリマシタ」

  

 月華草は…少なくとも実在するらしいのは村長の話から見てとれた。ならば、この山全体で見たら月華草はきっとどこかにあるはずだ。それに明後日は満月で、月華草が光る日なのでもっと探しやすくなる。そう、絶滅したとは決まっていない。まだ、諦める時ではないのだ。

 駆け出すペルーナさんを追いかけながら、俺は改めてそう決意した。


 



 宴は村長の家の前で行われた。村人全員が集まって、料理ができるまでの合間に、歌や踊りを披露してくれた。

 

 「ヒイラギさん、これ食べて、美味しいから!あとターフィズも!」


 ペルーナさんは皿に料理を取り分けて俺に渡してくれた。それは野菜と共に大きな葉でくるんで蒸し焼きにした肉料理や、ひよこ豆や穀類をトマトや香辛料で煮たものをモロコシ粉で作られた皮に乗せたものだった。どれも新鮮な味で、美味しかった。


 「ゼンブ、トテモオイシイデス。アリガトウゴザイマス。」


 「でしょう!もっと食べていいですよ!あ、ネフィマも食べますか?」


 「ハイ、イタダキマス」


 俺がペルーナさんから料理を受け取っていると、横から小さい少年少女達がなにやらニヤニヤしながらやってきた。


 「姉ちゃん、今日ずっとヒイラギのことばっかりだ〜」


 「ら、ラドゥリ!そんなことないよ!」


 「えー?嘘だぁ。姉ちゃん、ずっとその人と話してるし、そばでそわそわしてるよ。絶対に好…」


 「ラドゥリッ!!」


 顔を真っ赤にして追いかけるペルーナさんに、少年たちはキャーキャーと蜘蛛の子を散らしたように逃げていく。それを見た村人達は、ワッハッハと笑った。そうして、その日は和やかに過ぎていった。



 翌日、俺は朝から聞き込みを開始した。小さな村なので、すぐに村人全員に聞いて回ることができたのだが、ツクヨ・イザナ先生がメモとして下さった精巧なスケッチを見せて聞いても、皆知らないという返答だけだった。一向に手がかりが掴めないまま一日が過ぎ、次の日は村近くを一人で、文字通り草の根を掻き分けて調査していた。


 「あ、いた!ヒイラギさん!」

 

 後ろから声がかかり、振り向くと、ペルーナさんがこちらに駆け寄ってきていた。

 

 「もう、あんまり村から離れちゃダメですよ!心配します!」


 「ペルーナサン…スミマセン…」

 

 ペルーナさんに叱られて、俺は頭を下げるしかなかった。


 「…他の者から聞きました。月華草をずっと探して回っていると。どうしてそこまであの花を探しているんですか?そんなに見たかったものなのですか?」


 怪訝そうな顔をした彼女にそう言われ、俺はここにただの観光で来たわけではなく、「尊敬する先生のお願いを叶えるため」に来たということ、そしてその先の自身の夢を叶えるためにも、何がなんでも月華草が必要なのだということを説明した。


 「そんな理由が…だからヒイラギさんは、そんなにあの花が欲しいのですね…」


 「ハイ、ホシイデス。ワタシノユメヲ、カナエルタメニ、ヒツヨウナノデ。」


 「…もし見つからなくても、ずっとここで探すつもりなんですか?諦めたりは、しないんですか?」


「ハイ。ミツケルマデ、サガシマス。アキラメマセン」

 

 「…そうですか…」

  

 ペルーナさんは何か考え込むようにしばし黙って俯いたが、再び俺の顔を見て微笑んだ。


 「…うん。それなら、私も手伝います。」


 「?テツダウ?」


 「はい。ヒイラギさんの月華草探し、協力させて下さい。」





 村長の家で夕食を終え、寝静まった頃。俺はこっそり泊まっている家から抜け出し、ランタンを持って村の入り口で待っていた。しばらくすると、同じくランタンと、大きな皮袋を持ったペルーナさんが、眠そうにしているリャマのトトゥを連れてやってきた。


 「すみません、お待たせしてしまって…!」

 

 「イエ、ワタシモ、イマキタトコロデス…エット、ナゼ、トトゥヲ…?」


 「役に立つかと思って。トトゥはこう見えても結構力持ちで頼りになるんですよ。ねートトゥ」


 「ソ、ソウデスカ」


 笑いながらトトゥを撫でる彼女に俺は笑い返したが、内心は気が気でなかった。手伝ってもらうこと自体は大変ありがたいが、夜にこんな若い女の子を巻き込んで、連れ回して良いものなのだろうか…これが村長や他の人にバレたら、この子も大変なことになるのではないか…というか最初から村長に事情を話して、調査のための夜の外出許可をとっても良かったのではないか…と、色々思考を巡らしたが、ペルーナさんは特に気にしてないようで俺にニコリと笑いかけた。


 「では、いきましょうか。こっちです」

 

 ペルーナさんに言われた方に、俺は大人しくついていく。空には満天の星空と、大きな満月が見下ろしていた。 

 彼女が俺を連れて向かったのは、先日訪れた聖堂だった。

 

 「ペルーナサン…ナゼ、セイドウニ…?」


 「昔ここで月華草を見たことがあるんです。」


 「!ホントウデスカ!ドコデミタノデスカ!」


 「それは…あそこです」


 彼女が指差す方を見る。それは、祭壇の上にある、二つの神像の間…吹き抜けのバルコニーのようになっているところだった。しかし、今は先日と違って扉で閉ざされており、外の景色は見えなかった。


 「アソコニ…?」


 「正確に言うと、あの祭壇の、下にあります。本当はダメなんですけど、昔、好奇心であそこにこっそり登ったことがあって…その時に、見たんです。月華草を。」


 そう言いながらペルーナさんは、トトゥを連れて祭壇に上がり、古くなって軋む扉を開け、バルコニーから下を見下ろした。


 「ヒイラギさんも来て下さい!ここです!」


 部外者の俺が祭壇に上がるのは躊躇したが、しかしもうここまで来たら今更なので彼女のそばに行き、言われた通りに下を見下ろした。


 それは俺たちのいるところから遥か下。20メートルほど先の崖の出っ張りに、確かに光る花々が咲いていた。


 「ホ、ホントウニ、アリマス…!ゲッカソウガ…!ホントウニ、ヒカッテル…!」


 俺が興奮しながらペルーナさんを見ると、彼女は持っていた皮袋から縄を取り出し、片方を石でできた柵の手すりに、もう片方を自分の腰に結ぼうとしているところだった。


 「ペルーナサン、ナニヲ…」


 「今から私が、ここから降りて月華草をとってきます。なので、ヒイラギさんは私が合図したら縄を引っ張ってもらえませんか?」

 

 「は!?」


 思わず大きな声を出した。何を馬鹿なことを言っているんだこの子は。


 「…ソレハ、ダメデス。ゼッタイニ。」

  

 「でも…こうしないと、あそこの月華草は取れません。大丈夫です!私、昔からお転婆だって言われてたし…高いところに登るとか、そういうことには慣れてるんですよ!えへへ」


 そう言って笑うペルーナさんの、縄を握る手は震えていた。当たり前だ。誰だってこんな崖の下に、縄一本で降りるなんて怖いに決まっている。


 「ワタシガイキマス」


 俺はペルーナさんの腰に結ばれた縄を解いて、自分の腰に結び直した。

 こんな小さい女の子を、そんな危険な目に遭わせられるわけがない。それも、俺の夢のためになんてもっての他だった。

 

 「ワタシガ、『アゲテ』トイッタラ、コノナワヲヒイテ、アゲテクダサイ」


 俺はかけていた眼鏡を外して服の中にしまい、ランタンを腰に下げ、ペルーナさんが持ってきていた皮袋を担ぎながら、バルコニーの柵に足をかけた。

 その瞬間、真っ黒な崖の下から冷たい夜風がビュウビュウと容赦なく吹き上げ、思わず身がすくんだ。


 「ひ、ヒイラギさん…」


 「…ダイジョウブデス。デハ、イッテキマス。」

 

 不安そうにこちらを見つめるペルーナさんを、俺は落ち着かせるように笑いかける。

 俺は、ツクヨ・イザナ先生のために、自分の夢のために、やらなければいけない。ここで、怯んでる場合ではない。

 俺はバルコニーの柵の外に身を乗り出し、慎重に崖を下っていった。

 冷たい夜風は容赦なく吹きさらし続け、体をグラグラ揺する。俺は悲鳴が出そうになるのを、唇を噛んで耐え、なるべく目の前の壁面と足元だけを見ながら、ゆっくり、ゆっくり降り…そうして、ようやく、月華草のある崖の出っ張りに足をつけた。

 

 「っ…く…は…はぁっ!は…ッ!」


 集中からか、それとも恐怖からか、いつの間にか呼吸を止めていたらしい。俺は深呼吸して少し落ち着かせてから、月華草の方を見た。

 全部で10株あるその花の根元を、俺は手で慎重に、しかし一心不乱に掘っていく。爪に固い土が食い込んで痛かったが、構わなかった。そして根の土を落とした月華草を、ペルーナさんの皮袋に入れ、腰に巻いていた縄を解き、今度はその皮袋にしっかり結びつけた。

 

 「ペルーナサン!アゲテ、クダサイ!」


 俺が上に向かって叫ぶと、皮袋を結びつけた縄はスルスルと上に登っていった。しばらくして、何もついていない縄先が、風に吹かれながらまた降りてきた。


 「っくそ、この…!」


 弄ぶように踊る縄先をなんとか掴み、俺はまた自身の腰に結びつけた。花はこれでなんとかなった。あとは、俺が上がるだけだ。

 俺を引き上げようとしてか縄を持とうとしたペルーナさんを制止して、俺は崖を登り始めた。

 

 「ふっ…ック…!」

  

 でこぼこした壁面は降りるだけならともかく、登るとなるとかなり難儀な物だった。俺は落ちないように、縄をきつく握りしめた。汗が目に染み、息が上がり、踏ん張った脚の筋肉が痙攣を起こし始める。限界がもう近かった。


 「ヒイラギさん!頑張って!もう少しです!」


 ペルーナさんが、上から手を伸ばしてくれている。あともう少し、俺も手を伸ばせば柵に届く距離まで来ていた。その時。


 柵に結んであった縄が、不吉な音を立ててブツリと切れた。


 「あっ」


 死んだ。瞬間的にそう思った。

 しかし、落ちる前に俺の腕を、ペルーナさんが掴んでいた。


 「っ、ぃ…っ!ヒイラギ、さん…っ!」


 「ぺ、ペルーナサン…!」

 

 彼女は身を乗り出すようにして、片方の手で柵を掴みつつ、もう反対の手で俺の腕を離すまいと掴んでいた。だが成人した男一人を、か弱い少女が支えられるわけがない。現に彼女の体は、宙ぶらりんになった俺を掴んでいるせいで半分ほどずり落ちている。このままだとすぐに2人とも落ちて死ぬのは目に見えていた。


 「ペルーナサン、ハナシテ!アブナイ!ハナシテ!!」


 「っいやです!!!絶対にはなしません!!!」


 俺の声よりも大きな声で、ペルーナさんは怒鳴り返した。


 「どうして…なんで…」


 「トトゥ!!お願い引っ張って!!」


 ペルーナさんの声に反応して、隣で寝ていたらしいトトゥは目を覚まし彼女の服の裾を咥えたかと思えば、ものすごい力で俺ごとグインと引っ張りあげ、俺とペルーナさんは一気にバルコニーの床に引きずり戻された。


 「はぁ…は…はぁ…」


 「は…はぁ…っ」


 助かった安堵でお互い体の力が抜けてしまったのか、ペルーナさんと2人して、手を繋いだまま床に寝転がる。俺は何も言えず、彼女の手の確かな温もりを感じながら、激しく鳴る心臓と荒い呼吸を落ち着かせるのに必死だった。紺色の空で光を讃える満月と星々を、ただたた二人で眺めていた。


 「…ドウシテ…」


 回らない思考の中、俺は言葉を吐き出した。先日出会った程度の仲の、異国人の俺を。この子は…ペルーナさんは、ずっと親切にしてくれていた。しかし、いくら彼女が優しい人とはいえ、ここまでしてくれる意味が、体や命まで張ってくれた意味が、わからなかった。


 「…ドウシテ、アナタハ、ソコマデシテクレルノデスカ…」

 

 「…」


 「ワタシハ…アナタガシヌノハ…イヤデス…ダカラ…」


 俺がそう言いながら頭を動かしてペルーナさんの方を見ると、彼女は言葉を遮るように、繋いでない方の手で俺の口元にそっと触れた。


 「私だって、ヒイラギさんに死んでほしくないよ。それに私は…ヒイラギさんの夢を、応援したいから…それだけだよ」


 そう言って、頬を撫でたペルーナさんは、ただ寂しそうに微笑んでいた。




 

 翌日。俺は起きて早々、自分の荷物をまとめた。…月華草を手に入れた今、この村にこれ以上滞在する理由はなくなったからだ。

 その後、昼頃に村人達に挨拶をして回り、昨日の月華草を村長の家に持っていった。


 「これが、月華草…!」


 村長は驚いたようにまじまじと花を見つめた。俺の見送りにきてくれた他の村人も花を物珍しそうに見ては声を上げた。また、ここら一帯を花畑にできるかもしれないと、盛り上がっていた。

 

 「まさか、生きているうちにこの目で本物を見ることができるとは…ありがとうヒイラギ殿。なんと感謝をすれば良いか…」

 

 「…デハ、コノハナヲヒトツ、モラウ、イイデスカ?オモイデニ、シタイデス」


 「ええ、ええ、勿論ですとも」


 「アリガトウゴザイマス」

 

 お礼を言いながら、俺は村人達を横目で見たが、そこにペルーナさんがいないことが気がかりだった。昨日のことは皆に内緒にしてと強く口止めされてしまったが、大丈夫だろうか。やっぱりどこか、怪我をさせてしまったのだろうか…

 

 「アノ、ペルーナサンハ…」


 「ヒイラギさーん!」


 俺が村長に聞こうとした瞬間、人だかりの向こうからトトゥに乗ったペルーナさんがこちらに向かってくるのが見えた。


 「良かった、間に合った…!」


 「ぺ、ペルーナサン…ソノ…カラダ、ダイジョウブデスカ…?ゲンキ…?」


 「?はい、大丈夫ですよ!この通り元気です!」


 俺の言葉にペルーナさんは笑って力こぶを作るポーズをしたが、彼女の目は僅かに泣いた後があった。俺は、何も言えなかった。

 

 「そんなことより、ほら、行きましょう!私が麓の馬車乗り場まで案内します!」


 「ハ、ハイ…ミナサン、サヨウナラ、ホントウニ、アリガトウゴザイマシタ!」


 俺が持っていた荷物をさっさとトトゥに積むと、ペルーナさんはグイグイと腕を引いてくる。俺はお別れの言葉もそこそこに、ガメル村をあとにした。下りはそこまで休憩も挟まず、行きの半分の時間で馬車乗り場まで降りることができた。


「はいこれ!受け取って下さい!」


 「?コレハ…」


 馬車が来るのを待つ間に、ペルーナさんが何かを渡してきた。

 それは翠の月長石でできた、腕輪だった。

 

 「お守りです!ほら、昨日行った聖堂。あそこの装飾に使われているのと同じ石のブレスレットです。」 


 「オマモリ…ブレスレット…」


 「はい。昨日あの後作ったんです。ヒイラギさんがすぐ帰っちゃうと思って、大急ぎで作ったものだから、ちょーっと不恰好かもですが…でもその分気持ちはたくさん込めましたよ!」


 言いながら、ペルーナさんは俺の腕にその腕輪をつけてくれた。


 「この先、何が起こっても大丈夫です、きっとこれが守ってくれますから。

 だからヒイラギさんは、自分のやりたいこと…夢を、叶えて下さいね。『約束』ですよ」


 「…ハイ…ヤクソクシマス。ホントウニ、アリガトウゴザイマス、ペルーナサン」


 俺がそう言うと、ペルーナさんは太陽のような眩しい笑顔で笑った。

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