第37話 王国環状線、イリナ号(間違っても2号ではない)

 衣川きぬがわイリナたちが、宿に帰ってこない。


「さて、どうしようか?」


 コンコンコン


 外からのノック音の直後に、下からスッと差し込まれた。


 気配は、俺が出るのを待たずに去っていく。


 床にある封筒を拾えば、金の縁取り。


「……また、第二王子か」


 というか、王族の封書を床に置くのは、どうよ?


 ビジネスホテルの朝刊みたいな封筒を開ければ――


「イリナたちと会いたければ、王城のパーティーに来い……」


 首をひねった俺は、天井を見た。


「王子から、誘拐犯に転職したのか?」


 こっちに情報がないから、意味不明だ。


 第二王子の頭の中では、イリナたちが自分に膝を屈して、お前だけ放置は可哀想だから。という説明だが……。


「どーせ、イリナが暴れて、こいつから逃げたんだろ!」


 視線を戻した後に、独り言を続ける。


「俺が第二王子だったら、寝取った女を寄越したうえで説得させ、心を折るよ」


 直接会っていないが、文面から、ネチネチした性格を感じる。


 綺麗な言い回しで、よくよく考えるとすげー毒がある、ブリテンスタイルだ。


「ところで、クルポルト・ヘンチュケ男爵って誰?」


 お前も知っているであろう、と書かれても、知らんがな……。


 手紙を投げ捨て、両手を組んだままで上に伸ばしつつ、独白する。


「イリナもイリナで、勝手に動くだろ! やることは、大量に犠牲者を出す勇者召喚なのだし」


 きっと、大剣のアルキュミアで、ガリガリと地面を削っている。


 俺は俺で、第二王子の顔を見に行こう。



 ◇



 笑顔の衣川イリナは、アルキュミアの切っ先を地面に触れたまま、全力で走っていた。


 聖フィステール王国の外周で円を描いて、そこからは、円の内部を横断するように何度も……。


 いっぽう、クルポルト・ヘンチュケ男爵は王族ブラザーズから強奪したワインを飲み比べ、酔い潰れていた。


 台風の目になったことで、どちらも妨害せず。


 フラフラとしたまま、貴族用のタウンハウスから外に出た。


「おお! 空も、私の前途を祝しているか……」


 太陽の光に手をかざしつつ、外の様子を見て――


 何かで地面を引きずりつつ、走っているイリナを発見した。


「イリナ嬢! 会いに来てくれたのですね? そろそろ、イングリット様と会う段取りを――」


 彼女の進路上で立ち止まったクルポルトは――


 一瞬で空気の壁を突破したイリナと衝突することで強い衝撃を受け、一瞬で破裂した。


 バシャアッ! と血煙になった彼は、最後まで笑顔。


 同じ事故が各地で起きており、クルポルトはその1人。

 幸いにも、彼は状況を理解せず、痛みを感じる間もなく死んだ。


 ある意味では、勝ち逃げ。


 後悔があるとすれば、王国を支配してから飲むつもりだった銘柄を残したこと。


 爆風のように広がった衝撃波は、彼が泊まっていた建物も薙ぎ倒し、多くの犠牲を出した。



 ――王城


 クルポルト・ヘンチュケ男爵の死は、遠くにいた監視により、報告された。


「そうか! あのバカが死んだか! ハハハハッ!」


 報告を聞いた第二王子は、人目を気にせず、ただ笑った。


 西坂にしざか一司ひとしについて、考える。


「奴は、兄を殺した下手人……。そうするとして……」


 逃げた衣川イリナは、お付きのメイド2人と併せ、必ず確保しなければ。

 一司を服従させることで、彼女たちを誘い出す。


 おおよその方針が決まり、パーティーの進捗をチェックする第二王子。


 続けての開催は、かなりのダメージだが、ここが正念場だ!


 まあ、死んでから地位と財産は持っていけないので……。



 ◇



 パーティーに出向いた俺は、やっぱり白刃を向けられた。


 殺気を籠めた視線と、突きつけられたロングソードの剣先が、厄介オタのように取り囲む。


「貴様のせいで……」

「楽に死ねると思うなよ?」


 遠巻きに見ている貴族の奴らと、離れていく給仕たち。


 主催者である第二王子が、芝居がかった口調で言う。


「ニシザカ・ヒトシとやら! 我が兄である第一王子ブリクサ・ヴィルケ・フィステールを弑逆しいぎゃくした罪、万死に値する!! さらに――」


 話を聞く限り、俺が最初にいた宿屋で首をとった奴らの話か?


 さらに、イリナたちを洗脳して、自分のメイドや近衛騎士を殺害させたと……。


「王国とディエヌス帝国の良好な関係にヒビを入れ、あわよくば共倒れを狙わらんとする企み――」


 その瞬間、パーティーをしているホールの外側のガラスが内側に吹き飛んだ。


 散弾のように飛び散ったガラス片は、近くにいた貴族どもを襲う。


「……な!?」


 床に倒れ伏すか、しゃがみ込んだ重軽傷者の群れに、呆気にとられた第二王子は口を開けたまま。


 俺を囲んでいた近衛騎士たちは、軽装のプレートアーマーを着ており、距離が離れていたことで、ほぼ無事。


 それでも、破壊された窓ガラスを見たままだ。


 外から突っ込んできた人影は、土煙がおさまることで、姿を現す。


「やっほー、ヒト君!」


 走ってきたイリナは、片手で引きずっていたアルキュミアを肩にのせる。


「あの2人は?」

「近くで待機中! 自分の身ぐらいは、守れるでしょ」


 では、閉幕としよう。


 そろそろ、元の世界でポテチを食いたいんだよ。

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