第35話 大混乱! 王族ブラザーズ!!
ブリクサ・ヴィルケ・フィステールは、激怒した。
第一王子たる自分の派閥で、たかが男爵風情が、堂々と裏切りを働いたからだ。
自分たちの専用エリアである、大部屋。
そこで囲んだクルポルト・ヘンチュケ男爵は、涼しい顔で立ったまま。
ゴリラのような体格で、ゴリラのような雰囲気のブリクサは、眉をひそめた。
(……何を企んでいる?)
このまま殺害するか、半殺しでも、この裏切り者は誰にも言えない。
陰険な弟がよくやる、笑みを浮かべたままで孤立させての締め上げも、やろうと思えば、できるのだ。
にもかかわらず、クルポルトは何も言わず、怯えてもいない。
ブリクサは、今にも殴りかねない男たちを止める。
「やめろ! こいつの話を聞いてからだ」
彼のジェスチャーで、不満そうに距離を置く面々。
「はい」
「承知いたしました……」
全員に睨まれたクルポルトは、舞台上の役者のように会釈した後で、話し出す。
「まず、ブリクサ様のご質問にお答えします……。第二王子には、ニシザカ・ヒトシの身柄を確保することが決まったことを伝えました。ですが!」
最後の叫びで、ブリクサは怒鳴りつけることを止めた。
「……早く言え」
「私は第二王子のふところに潜り込み、混乱させる腹づもりです」
「ハッ! 現に、俺も混乱しているからな? で、弟は何をしたがっている?」
スパイとして役に立つようなら、まだ考えてやる。というブリクサに、クルポルトは説明する。
「イリナ嬢が勇者召喚を知りたがっていることを利用して、お付きのメイド2人と併せて交渉中です! おそらく、帝国との外交に使うのでしょう。私は同席しませんでしたが」
小馬鹿にした表情のブリクサは、笑った。
「そんな程度か……。使えん! 慎重な弟は、貴様に情報をわたさんだろう。しかし、今の言い訳は気に入った! 苦しまないよう、この場で――」
「先に言っておきますが、私はディエヌス帝国のイングリット・ド・アブリック辺境伯と深い関係ですぞ?」
目を見張ったブリクサは、思わず腰を浮かした。
「馬鹿な!? う、嘘を言えば――」
「イリナ嬢が私に好意的だったのは、他にどのような説明を? 全ては、私がイングリットの寵愛を受けており、その使者として彼女が来たから!」
無意識に後ずさったブリクサは、さっきまで座っていた豪華な椅子にぶつかる。
冷や汗をかきながら、必死に考える。
こ、こいつの妄想だ!
しかし、万が一、そうだとしたら!?
こいつが馬鹿でも、第二王子が主催したパーティーで、登場した直後にあんな真似を……。
ゴクリと唾を呑み込んだブリクサに、クルポルトは猶予を与える。
「私は、寛大です……。ひとまず、私が飲みたかったワインをそろえていただきたいのですが」
派閥のメンバーが見つめる中で、ブリクサは妥協する。
「ちょうど、皆に振る舞おうと思っていたところだ! 貴様に言われるまでもない!」
ブリクサは、チェアの肘掛けを握力で潰しながらも、秘蔵のワインを派閥に配ることで面子を保った。
思わぬ余禄で、場は騒がしく……。
呼吸を整えたブリクサが、先手を打つ。
「ヘンチュケ男爵! 今後も弟に張りついて、情報を探れ! 先払いで、貴様が欲しいワインをくれてやろう」
優雅に会釈したクルポルトは、笑顔だ。
「さすが、次期国王……。ありがたき幸せ」
一連のやり取りを見た、本当のスパイは、顔を青くした。
(早く、第二王子にお知らせしなくては!)
かくして、クルポルトの妄想は、王族ブラザーズを大混乱に陥れた。
裏をとろうにも、複数のルートで確認する必要があり、帝国から亡命してきた勇者一行にも目を配るため、手が回らない。
並行して、王位継承の争いもあるのだ。
といっても、王族ブラザーズの対応は、まったく同じだった。
((あいつの妄想だろうから、ひとまず放っておこう……))
けれど、本当だったら、国王になれても終わる。
王族ブラザーズのどちらも、採算度外視で願いをかなえた。
クルポルト・ヘンチュケ男爵。
彼は、男爵でありながら、王族2人に要求した傑物である。
この話題に限っては兄弟で仲良くできそうだが、事態はどんどん進んでいく。
第一王子のブリクサは、ノーマークになっている
弟の機嫌を損ねないよう、
「貴様が、ヒトシか……。ふんっ! 女の影に隠れているモヤシのくせ――」
スポンッ!
ブリクサの首から上が、掃除機で吸いとったような音と共に、消え失せた。
「殿下!? 貴様――」
スポンッ!
スポンッ!
スポポポンッ!!
首無しのデュラハンもどきが、次々に倒れ込んだ。
まだ立っている一司は、微笑む。
「何人いれば、召喚儀式の発動に足りるかな?」
その後に、様子を見に来た奴らも首なしにジョブチェンジしていく。
クルポルト・ヘンチュケ男爵が生き延びるかどうかに賭けるのなら、今のうちだ!
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