第34話 「できる」という言葉はね? 彼女に伝えてはいけなかったんですよ
第二王子は、その危険を察知できない。
「フッ……。むろん、約束は守る! 例のものを」
「はい!」
壁際に控えていた文官らしき男が、持っていた本を第二王子に手渡した。
「ご苦労……」
第二王子は、すぐに戻る男を見ることなく、古い本を開いた。
すでに見当をつけているようで、とあるページへ。
「この聖フィステール王国が、勇者召喚を考案して……」
前にあるローテーブルへ、イリナたちに見やすいように向けた本を置いた。
開かれたページに書かれているのは――
「かつて行われた召喚では、聖遺物のような物質が必要だったらしい」
ページを指さしながらの説明によれば、全盛期の召喚システムは失われた。
「本来ならば、この本と実態は外に漏らしてはならぬ! その意味を理解してくれよ?」
「……そう」
いちいち恩に着せる第二王子に対して、次に開かれたページを食い入るように見ているイリナは生返事だ。
彼女の隣に座っている
(昔の本のわりに、共通語!? たぶん、全ては掲載していないか間違っている写本ですね)
自分たちが読める言語であることに、引っかかった。
(これは、私たちを引き留めるための餌……。かといって、嘘でもない)
嘘をつくだけでは、バレやすい。
言っている本人も信じていないか、説得力に欠けるからだ。
時間が経つほど、ボロが出る。
まして、第二王子が帝国の勇者と交わした約束。
(私たちの真意が分からぬ以上、外交と同じ対応をするはず……)
真実を話しつつも、相手が欲しがっている部分は与えず。
自分に都合がいい条件で、次の契約をする。
いつもの手だ。
夏夜は、第二王子が指さしているページを見て、密かに息を吐いた。
いっぽう、向かいに座っている第二王子は、滔々と語る。
「最近では、大量の生贄を捧げての召喚だが……。まあ、これは論外だ!」
苦笑した第二王子が、多くの民を犠牲にするうえ、召喚する相手もランダムと説明した。
「君たちの求めている召喚儀式だが……。今、調べさせているので――」
「ありがとう! 望み通りの方法だわ!」
満面の笑みを浮かべたイリナは、どうやら、第二王子を殺さないようだ。
夏夜は、この場での虐殺がなくなったことに息を吐くも、諦観する。
(第二王子は、叶うはずもない方法を示したつもり……。ですがね?)
横目で、自分の相方である
シュバッ
座ったままで両手をYの字に上げた彼女は、投げやりに言う。
「オワタ! アハハハハ!!」
突然の行動に、壁際にいた近衛騎士が抜剣する寸前や、飛び掛かる姿勢になったが、魂の抜けたような瑠香はすぐにダランと下ろす。
判断に困り、自分の主を見た。
無言で思案した第二王子は、先送りをする。
「ふむ……。パーティーの直後に長々と付き合わせて、申し訳なかった! お連れの方も混乱しているようだし、残りの話は次回にさせていただきたい」
「うん、いーよー!」
上機嫌のイリナは、即答した。
彼女たちが去った後に、ノックの音。
「何だ? ……入ってもらえ」
不機嫌そうな、第二王子の声。
開かれたドアから、クルポルト・ヘンチュケ男爵が入ってきた。
「先ほど、第一王子による集まりで『ニシザカ・ヒトシの身柄を確保する』と決まりました」
無表情の第二王子は、ゴミを見るような目だ。
「まあ、そうなるか……。こちらはキヌガワ子爵と交渉しているゆえ、貴殿はもう近づかないように! お付きのメイド2人にもだ」
理解できるとは思わんが、という雰囲気を隠さない、第二王子。
いっぽう、クルポルトは畏まった。
「……はい、
第二王子はパーティーでの妨害を問い詰めたかったが、口を利きたくないうえ、今は殊勝な態度だ。
はあっと息を吐いた後で、クルポルトに釘を刺す。
「いいか? 私が玉座についたら、お前を引き上げてやる! くれぐれも、裏切るんじゃないぞ? すでに兄上を裏切っている貴殿は、後がないのだ」
「承知しております」
本当か? と叫びたいが、バカを相手にしても疲れるだけ。
「もう、行け! 引き続き、兄上の動きを知らせるように」
「はい。……失礼いたします」
ドアが閉められた後で、近衛騎士の1人が忠言する。
「よろしいので?」
「どうせ、重要なことは教えん……。事が済んだら、奴も始末しておけばいい」
ぐったりした第二王子は、そう言いながら、片手を振った。
◇
廊下を歩いたクルポルト・ヘンチュケ男爵は、ストレートに第一王子の派閥が集まっている大部屋へ。
スピードに自信があるピッチャーですら、これほどのストレートは避けるだろう。
相棒のキャッチャーは、首を横に振ったまま、別のサインを出す。
(今のうちに、喜んでおけ! 第二王子として威張れるのは、今だけだ……)
もはや、王国と帝国を支配した貫禄であるクルポルトは、第一王子の派閥にじろりと睨まれた。
リーダーである第一王子が、立派な椅子に座ったままで、向き直った。
「お早いお帰りだな、ヘンチュケ男爵? それで、愚弟に何を話したんだ?」
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