第32話 全てを壊す意味では傑物! 王国の被害は考えないものとする
ディエヌス帝国と接している聖フィステール王国の街は、にわかに緊張する。
帝国から、魔導大戦で戦い抜いた勇者が来た……。
王国も一枚岩ではなく、王位継承や、派閥争いによる駆け引きが続く。
最終的にモノを言うのは――
「武力だ! そうは思わんか、皆?」
屋敷のソファに座ったクルポルト・ヘンチュケ男爵は、得意げに赤ワインが入ったグラスを掲げる。
まるで、勝利宣言のよう。
向かいのソファにいる貴族の男たちも、酔っている。
「おお!」
「それで、どうするのだ?」
「ヘンチュケ男爵のお考えを知りたい」
「第二王子が目をつけた2人とは、私が先に会った! もはや、私のことが気になって仕方ないだろう! しかし、今はマズい」
ドヤ顔で夢を語るクルポルトに、調子を合わせる友人たち。
「奴らが、見張っているだろう」
「帝国との関係もある……」
「彼女たちを従えれば、あの麗しき、イングリット・ド・アブリック辺境伯と結ばれるだろう! 彼女と共に、王国と帝国のどちらも
笑った貴族どもが、口々に言う。
「その時には、ぜひ子爵にしていただきたい」
「夢がないな? 私なら、最低でも伯爵だ」
「ハハハ!」
集まっているのは、気の置けない友人。
言い換えれば、男爵ばかり。
当然ながら、派閥も同じ……。
「クルポルト
男爵とは、貴族の最下位に過ぎぬ。
上にいる奴らに媚びへつらい、不興を買わぬよう、息をひそめる。
直接の上司にあたる貴族でなければ、名前も知らぬ。
下位貴族だけのスペースに押し込められ、
それでも、ひなびた村を治める代官が必要。
栄光とは無縁である彼らの、ささやかな息抜き。
帝国から亡命してきた勇者との接触は、英雄譚を語るにふさわしい余興だ。
友人の貴族たちは、話題を変える。
「聖フィステール王国の勇者召喚も、廃れたな?」
「ああ……。今となっては、多くの犠牲を払っての無作為がせいぜい」
「王族のような一部が、その身に刻みつつ、血の継承をするだけ」
「嘆かわしいことだ! 帝国のほうが、組織だった召還を続けているとは」
ワインが進み、勇者召喚の話も進む。
「我らが御旗である第一王子、ブリクサ様に、そやつらがついてくれれば――」
「おいおい? 彼女たちは、私に心酔したのだぞ?」
クルポルトは酔っていると思い、適当に流す友人たち。
「例えばの話だ! 気を悪くするな……」
「魔導大戦の生き残りか……。強いことは、間違いない!」
うだつの上がらない、村長と変わらぬ日々。
物心がついた時から、それを疎んでいたクルポルトは、己の生まれを憎み、貴族という名の小間使いに徹する父親を見下していた。
何本目かも覚えていないワインを飲みながら、思う。
(これは、チャンスだ! 私が全てを支配するための……)
今すぐにでも、街で遭遇した女子2人に会いたいが、そうもいかぬ。
宝石のように煌めく、才媛。
その容姿だけで皇帝の寵愛を受けてもおかしくない、イングリット・ド・アブリック辺境伯。
(あの女たちはアブリック辺境伯の使いで、私と会うためにやってきたのだ!)
その場だけのバカ騒ぎに興じる友人たちを後目に、クルポルトは決意する。
(よし! 第二王子のエルドゥアンに連絡しよう!)
大元の派閥を裏切れば、すぐに殺してくれれば御の字という話になる。
一族郎党、友人に至るまでの根切り。
なぜ、信じられないほどのバカをするのか?
彼らは点と点を結ぶことができず、これをしたら結果はこうなる、という理屈がないのだ。
点として、上手くいく。
それを自分に都合が良いように繋げるだけ。
(イングリットと会えたら、第二王子を消しておけばいい)
にやりと笑ったクルポルトは、ワイングラスを傾ける。
今の時点で言えるのは、ヘンチュケ男爵家は後継者の選定を誤ったこと。
あるいは、その教育を……。
行動力のあるバカに対する、唯一の解決策を教えよう。
それは、早めに消しておくことだ。
――王宮 第二王子が主催したパーティー
凝ったドレスを着た淑女が立ち並び、正装の男たちも笑顔を貼り付けている。
立食パーティーで、壁際にソファや椅子が並ぶ、いつもの形式。
下位の貴族たちが待機して、上の貴族たちを順番に迎えていくのだ。
大扉が左右に開かれ、口上に続いての入場。
男女ペア
子爵、伯爵……。
これらの顔と名前を覚えるのは当然として、領地の特産品や今の家族構成まで網羅するのだ。
大変だが、どうせ物心ついたころからの付き合い。
高位は高位だけ、下位も同じ下位とだけ。
やがて、吹き抜けになっている2階の内廊下から、しずしずと主役が歩いてくる。
豪華な飾り付けの服と、会場での紹介から、ホストの第二王子と分かった。
その隣で手を重ねているのは、誰あろう、足首まで隠れるドレスを着せられた
ストロベリーブロンドの長髪と併せた、ドレス。
赤紫の瞳も、ルビーの宝石による組み合わせ。
笑顔であるものの、かなりビキっていることが分かる。
お付きのように後ろで歩く女子2人は、生きた心地がしない表情。
1階のホールにいる人々が、感嘆する。
「誰だ、あれは?」
「……分からぬ」
「帝国の勇者が招かれたと聞くが」
ワイングラスを持ったクルポルト・ヘンチュケ男爵は、動揺する貴族たちの間を抜けて、ホールに続く階段を下りたイリナの前に立った。
眉をひそめた第二王子は、笑顔を作ったままで
「君は――」
それを無視したクルポルトは、第二王子の隣に立つイリナの前で
「私は、王国のクルポルト・ヘンチュケ男爵と申します! どうか、お見知りおきを……」
バカに、際限はない。
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